ほんと、僕の人生ってついてない。
文久3年、卯月(4月)。
京の都では攘夷志士に紛れて、夜中魔物が徘徊するようになっていた。
―――ギャアアアアアアアアアッ
遠くで聞こえる、男性の断末魔。
『また、か……早くどうにかしないとなぁ』
ひとりの少年が、ぽつりと呟く。
『なんだって、僕が先祖様の尻拭いを・・・・・・(ブツブツ)そもそもアイツ等を滅するんじゃなくて、追いやるなんて甘っちょろいことをしたからこんなことに・・・・・・』
腰には少し、真剣とは形状の異なった獲物をぶら下げていた。
カキーンッ カンッ カンッ バシュッ
「くそっこいつら、斬れねえ!!どうすりゃぁいいんだっ」
得体の知れぬモノと対峙しているのは、浅葱の羽織。
ぼろぼろになったそれを羽織った男たちは、何者かわからない、相手に苦戦していた。
「くっ、組長!このままでは、此方ばかりが被害を受けます!」
緊迫した状況で、助けを求められた男。
組長、と呼ばれたのは新撰組随一の剣豪、永倉新八。
「もうちょっとで佐之たちの組が来る!それまで持ちこたえるんだ!」
普段の市中見回りは、二班制であるため、西と東に分かれて見回りをしていた。
永倉新八率いる二番組は西廻り、原田左之助率いる十番組は東廻り。魔物と遭遇した段階で、隊士の一人を走らせ応援を要請していた。
「くそっ、おらぁっかかってきやがれ!!」
気迫は上等、打ち込みは激烈。
しかし、体力は減っていく一方で、不利なのは目に見えていた。
『あー、お兄さんたち、そいつらは普通の刀じゃ斬れないよー』
カキンッ シュッ
遠くから声をかけると、その声は自分でも驚くほどの棒読みだった。
「ああ!?こんなところで何してんだ餓鬼っ、さっさと逃げねえと命の保証はしねえぞ!残念ながら、俺たちにもお前を守りながら戦う余裕がねえ、暮六つ(18時)以降外に出るなって母ちゃんから言われなかったのか!?」
強面な、侍さんが吠える。
言っていることは、力強く怖いだけで、もっともなことを言っている。
『ああ……面倒くさい……、餓鬼って……結構気にしてるんだよ……、僕小さいし……。落ち込んできた、さっさとおわらそ……』
そういって、僕は太い刀は使わずに、安倍家に代々伝わる陰陽術を、呪符に書き、それを唱えた。
『急急如律令!』
―ガアアアアアアアアアアアアアッ
基本中の基本である、簡単な呪文を唱えると、魔物は苦しみながら消滅した。
「なっ、貴様今何をした!!」
突然のことに驚いた声を上げた隊士。
一般では使われないこの力。
陰陽師自体、今の時代にはそぐわないと認識している。
『刀では斬れないので呪文使いましたー』
「呪文だと!貴様、我々を愚弄しているのか!!」
はい、熱血だねーお兄さん。どうしてそんなに頭に血が上ってんの……
お兄さんは、馬鹿にされたと思ってか、僕に刀を向けてきた。
おいおい、一般市民にそんな簡単に抜刀してもいいわけ?
『なんだよー、助けてやったのに刀向けるとか……ないわー。僕一般市民なんだけどな』
「あんな珍妙な術を使うもんが、一般市民なわきゃねえだろうが!」
これだから、頭の固い連中は嫌いなんだよ。
ああもう、面倒くさいなぁ……
そんなとき、ザッザと、地面を擦る音がいくつも聞こえてきた。
「おう、おまえら刀しまえ。左之たちの隊も到着したようだしな」
そう、この隊を収めている感じの人がいった。
というか……応援遅いよ。
「わりぃ、新八。こっちも別件で浪士どもに囲まれててよう、捕縛するのに時間かかっちまったんだわ、……というか、お前ら全員無事じゃねえか、よく斬れない魔物相手に重傷者出さなかったな」
ガタイのいい、お兄さんが新八、と呼ばれた人に話しかけた。
「あーまあそんなことだろうと思ってたけどよ、俺たちが全員生きてるのはまあ、このガキのおかげなんだよ」
そう言って、新八さんは僕の背中を押して、左之さんの前につきだした。
『うわっ』
よろけて飛び出てしまったため、一人隊の真ん中に出てしまって少し恥ずかしい。
僕を見る視線が、ばしばしと刺さる。
「こんなガキが、俺らでも手こずってる魔物をやっちまったっていうんじゃねえだろうな」
少し、小馬鹿にした雰囲気で言い放った。
「いや、実はそのまさかなんだよなぁ。おい、あの珍妙な術はなんて言うんだ?」
その問いかけも、すごく今更な気がするけれど。
きっと、説明したところでこの脳みそ筋肉馬鹿っぽい人たちにはわからないんだろうなと、初対面の僕にもわかってしまった。
『今のは、代々、僕の家、陰陽師一族の阿部家に伝わる陰陽術のごく一部です。皆様、陰陽師という言葉を聞いたことは?』
「「いや、初耳だ」」
堂々と、胸を張って言いやがった。
やっぱりね……うん、知っていた。知っていたよ。
『では話が長くなるのでこれ以上説明しません、面倒くさいので。僕はこれで失礼いたします、先を急いでおりますので』
できれば、面倒事には関わりあいたくない。
ただでえ、この魔物退治も面倒なのに。
「おっと、そういうわけにもいかねーんだよ」
そういって腕をがっちりと掴まれた。
『ちょっと、痛いんですけど、なんですか、これ以上何かようでも?』
「大有りだ。あ、そういえば自己紹介をしてなかったな、俺は京都守護職お預かり新撰組。二番組組長、永倉新八だ」
「同じく新撰組十番組組長、原田左之助だ」
自己紹介をされたからには、僕もしなくちゃいけない、よね。
『ご丁寧にどうも、僕は阿部苑流と申します』
「苑流だな、じゃあちょっくら屯所まで一緒に来てもらうぜ」
はい、面倒事巻き込まれたー。
ものすごく、人懐っこい笑みを浮かべて、死刑宣告を言い放ったのだ。
『えー、僕何も悪いことしてないですよ……いって早々、切り捨て御免とか言われても困りますからねー、まだ当分死ぬ気ないんで』
僕にはまだやらなきゃいけないことがあるんだから。
この騒ぎを起こした馬鹿野郎を一発ぶん殴ってから、滅する!
僕の平和をぶち壊しにしやがって、絶対許さないんだから。
ああ、さっさと片付けて故郷に帰りたいなぁ。
「まあ、新撰組もあの魔物には手を焼いていてんだ、それを倒せるやつが現れたんだから、簡単には殺さねーさ。ただ、ちょっと手伝ってもらうけどよ」
『もー、どうにでもしてくれ……』
僕はこの男前なお兄ちゃん……確か、二番組の新八さん、に連行され新撰組の屯所へと連れて行かれる羽目になった。