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ミュンとギルド

 先払いで払ってあった分の宿代が切れたそうなので、追加で何日か分払っておくことに。

 ヒナミちゃんのこともあるし、まだしばらくはこの街にいるだろう、というアルアの判断だった。

 わたしが宿のご主人と世間話をしながら支払いをしてると、宿の裏手から剣呑な声が……。

 数人の酒やけした声に、ひとりが冷静に言い返してる感じだけど、その冷静な方の声に聞き覚えが……。


「ほい、これで部屋の更新は終わりだな。ありがとうよ、嬢ちゃん」

「……、店の裏手、ちょっと汚しちゃうかもです、ごめんなさい」

「あ? おい、嬢ちゃん!?」


 杖を再生しながら宿の裏手へ走る。

 予想・アルアがチンピラに絡まれた。

 正解・アルアがチンピラに絡まれた。そして全員気絶させてた。


 展開の速さは予想以上。呆れ顔で彼らを見下ろしてたアルアが振り返って、ため息をついた。


「俺のせいじゃねえぞ? こいつらが絡んできたんだ」

「いや、まあ、それはわかるけどさ……」


 いかにもチンピラです! みたいな三人組の若者は、目を回して転がってる。

 そのままにしとくのもかわいそうなので三人一緒に壁際に寄せといてあげた。


「不思議だよね……。なんでアルアってこんなに絡まれるんだろ……」

「ちょっとでも剣術かじってる奴なら、俺にちょっかいだそうとは思わないはずなんだけどなあ」


 俺ってそんなに弱そうに見えるか、と聞かれてあらためてアルアを観察してみる。

 あんまり手入れされてない銀髪は好き勝手に伸びていて、総髪というかざんばら髪というか、とにかくワイルドな感じ。

 黒目に黄色い肌は大陸東部ではよく見かけるけど、この辺じゃあんまり見かけない、オオヤシマの特徴。

 わたしよりも結構年上なのに、背はそこまで高くなくて、線は細い。でもなよっとしてるわけじゃなくて、引き締まってる感じがする。

 顔は中性的で、化粧でもすれば女の子でもいけそう。それに、童顔。


 結論。たしかに、あんまり強そうには見えないかな。


「うーん、わたしはアルアはそのままの方がいいと思うなー」

「答えになってないだろ」


 苦笑しながら、そういえば、と歩き出す。


「支払いは終わったのか?」

「うん。銀行ギルドに行かなくても、手持ちだけでなんとかなったよ」

「そか。まあそろそろ手頃なクエストで稼いどくか。わざわざ預金引き出すの面倒だし」

「そうだね。報告に行くついでに、何か探してみようか」


 大通りに出て、冒険者ギルドを目指す。


「さっきの三人、なんでアルアを襲ったのかな。何か欲しかったのかな」

「遊ぶ金に困ってたみたいだぞ。『跳んでみろ』ってなんのことだ?」

「あー、それはまた古典的な……」

「? 跳ぶとどうなるんだ?」


 やってみようか、と実演してみる。さっきの支払いのお釣りも持ってるから、うまく鳴るはず……。


 チャリチャリ。


「なるほどなあ。これで金持ってるかどうかわかるってか。ほお~」


 しきりに感心するアルア。

 ふと気づくと周りの人たちが怪訝な目でわたしたちを見ていた。

 かたや、突然ジャンプしてニコニコしてる。

 かたや、それを見てしきりに頷いてる。


 変わり者コンビで目をつけられちゃう!


 わたしはまだほ~、とかへ~とか言ってるアルアを引っ張って真っ赤な顔で駆け出した。



☆ ☆ ☆



「……行ったか?」

「……ああ、みたいだな」


 ミュンたちがいなくなってから、三人組のチンピラはもぞもぞと起きだしてきた。

 お互いに怪我もアザもないことを確認してから、誰からともなくため息をつく。


「なあ、この連絡方法、いい加減になんとかならないのか? 毎度毎度のされてちゃ、こっちの身がもたないぞ」

「確かになあ。月に一度とはいえ、流石にこう何度も何度もやってりゃ、姫様にも気づかれちまうだろ」

「だが、伯爵もアルアの旦那も気に入ってるからなあ、これ。『受け身のいい訓練になるだろ』って言われたときは絶句したぜ……」

「絶対サドだよな、あの二人……」

「というか、俺は姫様そろそろ気づけよと思うんだが……」

 言った一人を他の二人が殴って蹴った。妙に堂に入った受け身をとった彼は、複雑な顔をしながら、受け身、うまくなったなあ、と嘆息。

「気づかれたらおしまいだろうが。なんのために毎回小芝居打ってると思ってるんだ」

「だけどよお。俺ら最初の頃こそ変装とかしてたけど、今じゃもう、何もしてないのに……」

「俺らって、そんな影薄いのか……?」

「……」

「…………」

「今日は、飲みに行くか……」

「そうだな……」

「そうしよう」


 はあ、と三人揃ってため息をついたとき、一陣の風が裏路地を吹き抜けた。

 次の瞬間、もうそこには誰もいなかった。

 不思議な三人組を見た人間は、誰もいない。



☆ ☆ ☆




 冒険者ギルドはいつもより賑わってた。

 クエストボードの周りには、クエストを追加するギルド職員とそれを片っ端から持っていく冒険者たちであふれてる。


 中途半端な時間なのになんで?


 理由はすぐに分かった。

 クエストボードの上の方、一枚だけ大きな紙に赤い字で、コンペ開催中って書いてあった。

 クエストの難易度に応じて加点されるギルドポイントを競うコンペは、各街のギルド支部がそれぞれ独自に行うイベントで、上位に入賞するとけっこうイイコトがある。

 商品、賞金が出るのはもちろんのこと、ランクを上げるのに必要なギルドポイントも余分にもらえる。

 ギルド側が不定期に開催するこのイベントは、ランクを手っ取り早く上げたい初心者冒険者たちにとって、千載一遇のチャンスなのだ。

 ちなみに、不定期とギルド側は言ってるけど、実は達成が難しかったり後回しにされがちなクエストがたまったとき、そういうのを一気に解決するために行っている、というのは公然の秘密。


 わたしとアルアはランクをすぐに上げたいわけじゃないけど、前にちょっとした事故があったとき、アルアがぽつりと『ランクAにしとけばなあ……』って言ってたことがあった。

 ということで、わたしはアルアに内緒でお使いクエストとかの簡単なのを暇を見つけてはやってる。


 いつの間にかちょっとずつ溜まってたポイント。

 突然上がったランク。

 驚きながらも喜ぶアルアがふと気づく。

『こんなに早くたまるわけがない。もしかして……』

 そこで『できる女』のわたしはもちろん自慢なんかしない。ドヤ顔もしない。

 良かったね、って一緒に喜ぶだけ。

 真相は闇の中。だけどアルアはその日、ちょっとだけわたしに優しくしてくれる……。


 という、計画。

 完璧としか言い様がない。

 さすがわたし。


 もちろん今回のコンペだって利用する。まだまだランクが上がるまでは遠いから、万に一つも今回の件でランクが上がっちゃうなんてことはないはず。

 コンペでランクが上がったら、アルアが不思議に思わないもんね。

 いつものように、ギルド内のバーの方に行くアルアと別れて、もみくちゃにされながらクエストボードにたどり着く。

 下位ランクの方に、内容の割に報酬がいいのが二つほどあったけど、せっかくだから報酬は無視してポイント重視でいこう。

 そう思ってランクBとかAのクエストをさがす。

 当然だけど、上位のランクのクエストは少ない。

 もともとの依頼数が少ないのだ。

 上位のランクのクエストはほとんどが討伐系。

 そうしょっちゅう討伐しなきゃいけない害獣とか魔獣が出るわけじゃない。

 だいたいの冒険者は、探索とか採掘、採取と伐採、あとはそんなに危険じゃない獣を狩ることで生計を立ててる。


 命のやりとりをしなきゃいけないほどの討伐系は、そもそも受注する人が少ない。

 戦闘専門で討伐系だけを受注する冒険者は『傭兵』なんて呼ばれて特別扱いされたりもするけど、それは決して尊敬とイコールじゃない。

 命知らずな大馬鹿者か、それ以外に取り柄がない犯罪者もどき、みたいな感じに見られることが多いのだ。

 もちろん、わたしとアルアは普通の冒険者、と言いたいところだけど。

 ちら、とバーの方を見ると、アルアはすぐに見つかった。

 初対面の人と仲良くなるのは苦手だけど、情報を聞き出すくらいは普通にやってくれるアルア。今日も真面目に、いろいろ話を聞いて……。

 いなかった。今日は昼間からカクテル飲んでる……。

 これはあとで、アルスさんに報告だな。

 

 真昼間からお酒をあおってるようなアルアは、傭兵とまではいかないけれど、普通の冒険者よりも遥かに多くの討伐系のクエストをこなしてる。

 アルア自身も、どっちかって言うと戦闘があるようなクエストの方がいいらしい。

 戦闘狂ってわけじゃないけど、戦うのは楽しい、って言ってた。

 だからわたしが選ぶクエストも討伐系が多い。

 まあ、あんまり背伸びしないように気をつけてはいるけれど。

 前にわたしが無茶したせいでアルアにこっぴどく怒られたことがあるのだ。

 もう二度とあんな怖いアルア見たくないから、クエスト選びは慎重に。


 と、あれでもないこれでもないと探してたわたしの視線が、一枚の紙で固定された。

 

 『イビルハウンド狩り』

 ・ランクはB。

 ・報酬は少なめ。

 ・内容は『カルケドリアの黒き森』でイビルハウンドの群れを壊滅させること、及びリーダー格のイビルハウンド亜種の討伐。


 イビルハウンドの群れは多くても十頭程度。討伐難易度はDだ。

 場所は昨日と同じだし、『黒い獣』ももういないからそこまで危険じゃない。

 なにより、イビルハウンド狩りならアレが使える。


 わたしは即決でそれに決めると、一応予約済みの印が押されていないことを確認してから、勢いよく紙をはがした。

 またもみくちゃにされながら人垣を出て、アルアを呼びに行こうとしたところで、ふと気がついた。

 昨日の報告、まだやってないや。

 くるっと方向転換。そのまま窓口の方へ行く。

 コンペ用に臨時で増設された窓口に並んで、カバンからヒナミちゃんから預かった『黒い獣』クエストの紙と、アルアが削り取った、宝石みたいなロックドラグの核石を取り出す。

 てきぱきと仕事をこなす窓口のお姉さんが、わたしの前にいた冒険者たちを送り出した。


「次のお方、どうぞ~。……、あれ、あなたは昨日の……!」

「あ、ヒナミちゃんを探してた……」


 驚いた顔のお姉さんは、昨日わたしたちを送り出した人だった。


「あの、あの子は……?」

「はい、クエストはやっぱり間違えて持っていっちゃったみたいですけど、無事でしたよ」

「そ、そうですか……。良かった……」


 ほっとため息をついたあと、あ、と頭を下げるお姉さん。


「ごめんなさい、あなたたちにとっては迷惑なことでしたよね」

「いいえ、全然。わたしも彼女が無事で本当に良かったと思います」

「ありがとうございます。あの、彼女に会ったら、ちゃんと続きの説明を聞きにくるようにお伝えしていただけませんか?」

「分かりました。ちゃんと伝えておきます」

「お願いします」


 深々と礼をされて、ちょっと照れる。


「それで、本日は例のクエストの報告、でよろしいですか?」

「はい。それと、他のクエストの受注も」

「了解いたしました。それでは、先に報告の方を済ませてしまいましょうか」


 わたしはクエストの紙と黒曜石みたいな核石をお姉さんに渡す。

 それを受け取った彼女は、奥へと持っていく。奥にはギルド専属の鑑定士がいて、討伐した魔獣の核石を鑑定してくれるのだ。

 核石は魔獣の心臓みたいなもので、これがないと魔獣は生きていけない。

 だから、これを渡すことによって討伐の証になる。

 しばらくして戻ってきた彼女の手には、核石の代わりに革袋があった。

 結構、膨らんでる。

 そういえば、このクエストの報酬ってどれくらいだったんだろう。聞いてなかった。

 まあ、あとでアルスさんに聞けばいいか。


「お待たせしました。こちらが報酬になりますね」


 う、重い……。


「それにしても、謎の黒い獣の正体がロックドラグだったなんて……。討伐、大変だったでしょう?」

「ええ、まあ……」


 アルアは一太刀だったけどね……。


 あれ、そういえば、わたし何も考えずにロックドラグの核石を渡しちゃったけど、あれで黒い獣だって特定しちゃって良かったのかな。

 そのことを聞いてみると、核石に呪いの痕跡が残っていたので、それが原因で黒くなってた、ってことはすぐにわかるからいいのだそうだ。

 そのへん、おおらかだよねー、ギルドって。

 

 そのまま『イビルハウンド狩り』の方も受注して、お姉さんに送り出してもらう。

 いつの間にかアルアはわたしの後ろにいて、大きな報酬の袋を持ってくれた。

 わたしのウエストポーチは冒険者カバンと同じ機能があって重量とかを軽減してくれるけど、入らないものは軽量化のしようがない。

 冒険者カバンは宿に置いてきちゃったし、重くて腕がプルプルしてたから助かった。

 

 なんでもなさそうに袋を肩に担いだアルアが、わたしの持ってる紙を覗き込む。


「へえ、犬狩りか。久しぶりだな」

「コンペは明後日までだし、今日はこれを確実に終わらせるから」

「おお、ミュン、やる気だな」

「当然。アルアはコンペ、やる気ない?」

「別にどうでもいいかな。ま、ミュンの好きなようにやってくれ」


 許可が出たから存分にやらせてもらおう。


「じゃ、先にヒナミちゃんの家に行こう」


 言って、アルアの言葉を思い出す。

 暗くなりそうになったけど、でも、ひとりで暗くなっても意味がない。


「行こう」


 口の中でつぶやいて、わたしたちはギルドを出た。

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