ミュンとネックレス
翌朝。
いつもよりも早く目が覚めたから朝の散歩でもしようと思って宿を出た。日が上ってからまだそんなに時間が経っていないけど、街には早くも活気が溢れてる。町人さんたちの朝は早い。寝坊助が多い冒険者とは大違いだ。ご多分に漏れず、アルアも朝は弱い。
わたしは吸い寄せられるように活気のある方へ歩いてく。露天が立ち並ぶ通りに出て、ローブから顔がのぞかないように意識しながら掘り出し物を探す。旅から旅への毎日は大変だけど、行った先で珍しいものを見つけることができるのは楽しみでもある。アルアはあんまり付き合ってくれないけど。
銀製の小物や魔物避けのアミュレット、東方原産の珍奇なお札や書物などなど。そこそこの大きさの交易都市であるこの街は、大陸の東西南北から物が流れ込んでくる。旅で必要なものの買い替えやメンテナンスなんかもしとくべきかもしれない。
古くなったテントを買い換えようかどうか悩んでたら、前から来た人とぶつかってしまった。慌ててごめんなさいと謝ると、あれ、と聞き覚えのある声が降ってきた。
「おはようございます。朝、早いんだね、ミュンさん。アルアはどうしたんだい?」
「あ、おはようございます、アルスさん。アルアはまだ寝てると思います」
「あ、やっぱり? 朝弱いのも変わってないんだね」
アルスさんは軽く笑うと、ご一緒していいかな? と聞いてきた。もちろん、断る理由はない。
「朝ごはん食べた?」
「まだです」
「そう。この先に美味しそうな露天があったからそこで一緒にどうだい?」
「はいっ」
とりあえずそこを目的地にして、二人で露天を回る。わたしが気になったものに、アルスさんが横から「あれはね」と注釈をつけてくれる。
「アルスさん、物知りなんですね」
「はは、アルアたちと一緒に大陸各地を巡ったからね。そこから先、ひとりでも結構回ったし。嫌でも詳しくなるよ」
と、不思議な光沢を持つ細工物を扱う露天に、ひとつ目を引く小物があった。ネックレスで、ねじられて八の字みたいになっている輪がついてる。
「これ……」
「ああ、『ウロボロスの円環』だね。材質は……、珍しいな。銀と何かのの合金だとは思うんだけど」
「…………」
『ウロボロスの円環』。懐かしいマークだ。昔、わたしがまだ小さかった頃、たくさんの旗に堂々と描き込まれてた意匠。永遠の象徴……。
「おじさん、これもらえますか?」
「ハイよ、ゲルミア銀貨で一枚だな」
「ゲルミアか。相場がわからないんですけど、カーバル銅貨でいくらですか?」
「カーバルなら十三枚ってとこだな。一枚おまけして十二枚でいいぞ」
「ありがとうございます」
わたしがぼんやりしてるあいだに、アルスさんは支払いを終えてしまった。アルスさんに背中を支えられて歩き出したわたしの手には、ウロボロスのネックレス。
「あっ、これ……、すみません……」
「気に入ったんでしょ? 僕に付き合ってくれたお礼ってことで」
「あ、ありがとうございます……」
「いいのいいの。気にしないで。独り身だとお金の使いどころがなくてね。こうやって定期的に散財しないと、財布が破裂しちゃうんだ」
アルスさんがわたしの手の中を見る。
「『ウロボロスの円環』。永劫回帰、全知全能の象徴。そして……」
「わたしの家の紋章、です」
「…………」
「あっ、本当に、気にしないでください。普段はこんな感傷的な女じゃないんですよ?」
「だけど……」
「もう、次にそんな風に暗い感じになっちゃったら、怒りますよ? いいんです。遠い昔の話ですから」
「……、そうだね。ごめん」
悲しそうに微笑むと、アルスさんはわたしの頭を撫でた。自然な感じで撫でてくれるんだよな、この人。なんか慣れてる感じがする。
「あ、見えた。あそこだよ」
「うわー、美味しそう」
わたしはもらったネックレスを大事にしまってから、アルスさんと楽しく朝食をとった。
「『三日月と風の旅団』?」
「そう、そこが僕とアルアの古巣なんだ」
食事を満喫してから、わたしの宿までの道。アルアと合流して、そのまま冒険者ギルドに顔を出す予定なのだ。その道すがら、わたしは気になっていたアルアとアルスさんの昔の話を聞いてみた。
「PTがいくつか集まってクランを作ることがあるのは知ってるかな?」
「はい、知ってます。有名なところだと『ベスタ猟友会』『アルバート剣士会』『ハルモンディア連盟』とかですよね?」
「そうだね。そういったクランは、今の三つのようなPTを十も二十も集めたような大規模クランから、二つ三つが集まった小規模クランまで様々だ。僕らが所属してた『三日月と風』はPT六つ分が集合した中規模クランだった……」
だった……?
「クラン自体はもう解散してしまっているんだ。構成してたPTのいくつかはまだ残ってるみたいだけどね」
「なんで解散しちゃったんですか?」
「リーダーが死んじゃったんだよ」
「……、それは、すみません」
「ああ、別に殺されたとかじゃないから心配しないで。もうお爺さんだったからね、メンバーに看取られて、大往生だったし」
「そうだったんですか」
「僕とアルアは特によく目をかけてもらっていてね。よく二人一緒に稽古を付けてもらったものさ」
「へえー」
「でも彼、リーダーのアッバースが死んでから、どうもまとまりに欠いちゃって。副リーダーはクラン運営そっちのけで戦ってる戦闘狂だったから、解散も早かったよ。そこから先、僕は解呪しながら旅していたし、アルアは武者修行してて、君を見つけた」
「…………」
「あいつは、さ。昔からよくわかんないやつだったよ。剣の腕は凄いのに、金がほしいわけでも名誉がほしいわけでもない。ただ、必要なときに、必要なだけ剣を振る。それで誰よりも情に厚く、仲間を大切にするやつだった」
「…………」
「こう言うと失礼かもしれないけど、ミュンさんがあいつに会えたことは、本当に幸運だと思う」
「……、はい、わたしもそう思ってます」
だってわたし、今こんなに幸せなんだもの。
「君は精霊に愛され、人々に愛さるように生まれてきた。だけど、誰かを愛することができるということもまた、恵まれたことの一つなんじゃないかな」
ちょっとクサかったかな、と頬をかくアルスさん。誰かを愛するって……。
「アルア、鈍感だから大変だと思うけど、頑張って」
「え、ちょ、いつから気づいてたんですかっ!?」
「一日一緒にいて、気づかないほど僕は鈍感じゃないよ。アルアと一緒にしないでほしいな」
うっそぉ、そんなにわかりやすいの、わたし……。
ちょっとショック……。
宿でもそもそと朝食をむさぼっていたアルアと合流して、荷物を持って冒険者ギルドへ向かう。アルスさんのクエストを受諾してそのまま討伐へ、という流れらしい。大きな荷物は宿に預けたままだけど、一通りの魔術が使えるだけの触媒などはウエストポーチに入れてきたし、相棒『プログレスⅢ』も小さくしてブレスレットにつけてる。忘れ物はない。
「臨時のPT編成の登録なんかもしないとね」
「そのへんは全部アルスに任せた。いつもミュンに任せてるからな。俺はよくわからん」
「ダメじゃないかアルア。ミュンさんに全部丸投げじゃあ」
「だってミュンがやるって言うからさー、なあミュン?」
「えー、アルアがめんどくさいって言うからやってあげたのに、そういうこと言うんだー」
「う、悪かったよ」
冒険者ギルドについた。アルスさんのクエストは『予約済み』の状態でクエストボードに張り出してあるらしいから、それをさがすところから始める。
「毎度思うんだけど、このクエストボードってやつ、もっと整理して張り出せばいいのにな」
「なんか伝統らしいよ。僕もそう思うけどね」
「うーん、ないですねえ……」
「そんなことないと思うんだけどなあ……」
アルスさんが窓口の受付嬢に声をかける。
「あのう、三日前に僕が予約を出しといたクエストがあったと思うんですけど、今見たらないんです。どうなってるか分かりますか?」
「はい、分かりますよ。予約名をお伺いしてもよろしいですか?」
「アルス・クルーガーです」
「アルス様ですね? 少々お待ちください」
受付嬢が書類を探しに奥に消えるのを見送って、アルスさんがため息をつく。
「万が一誰か他の人に取られてたら、嫌だなあ。もしかして神官がいる高位PTが来てたのかなあ」
「そんなPT、滅多にいないだろ」
「まあ、解決してくれるんだったら別に僕じゃなくてもいいんだけどね……」
と、奥から受付嬢が戻ってきた。困ったように眉をひそめてた。
「すみません、予約を受け付けたのは記録に残っているのですが、そこから先の記録はございません」
「ということは?」
「まだクエストボードに、『予約済み』の印が押された状態で張り出されていると思うんですが……」
「おかしいなあ……」
「もう一回探すか?」
そうだね、とアルスさんがうなずいたとき、受付嬢があっ、と叫んだ。
「もしかして、あの子……。そのクエストを持っていったんじゃ……」
「? あの子?」
「あ、いえ……。実は先ほど、登録したばかりの冒険者の方が説明の途中でいなくなってしまって……。何か焦ってるみたいだったし、クエストの紙をそのまま持っていったのかも……」
途端にアルスさんの顔が険しくなる。イマイチ理解していないアルアがわたしの肩をつついたので、落ち着いて整理する。
「クエストはクエストボードに張り出された紙を持って、受付に提出して認可されて、受諾ってことになるでしょ? そのときに注意事項とかも聞くんだけど、同時にPTランクと難易度の比較もされて、受諾できるかどうかが決まるの」
「……?」
「例えば、わたしとアルアのPTのランクはB。ランクBが受けられるクエストの難易度はAからE。だけど、その新人の子はもしかしたら、アルスさんの受注予定だったランクAのクエストを勝手に持ってっちゃったのかもしれない、ってこと」
「それは……、ヤバイな。AランクPTが苦戦した相手だろ? 今日冒険者になったような奴がどうこうできる相手じゃない」
「うん……」
アルスさんはうつむいて何かを考えていたけど、やがて顔を上げると、わたしとアルアを見た。
「ごめん、万が一に備えてこのまま様子を見に行きたい。その新人の冒険者が無茶をしてないとも限らないし」
「そうだな。早いほうがいい」
「ミュンさんもいいかな?」
「もちろんですっ」
「というわけで、行ってきます。対象は移動してませんよね?」
「は、はい。そういう報告は来てません」
じゃあ行こう、とアルスさんが駆け出す。頑張ってくださいっ、という受付嬢の声を背中で聞きながらわたしとアルアも追いかけた。
わたしの胸元で、ネックレスがちゃりんと音を立てた。