ミュンとアルス
わたし、ミュン・ホーエンツォレルンはいま、ベッドの上でうなってる。
目の前には二着の服。どっちも動きやすさを重視した機能的な服で、装飾にもあまり違いはない。ないんだけど……。
「むう……」
はてさて、どっちの方が野暮ったく見えるだろうか……。
片や、春らしい若草色。片や、東方原産の『サクラ』をイメージした色。危険なのは『サクラ』の方だ。いかにも人目を引きそう。
本当は『サクラ』を着たい。朴念仁のアルアがもしかしたら反応してくれるかもしれない。だけど危険はおかしたくない。バルガスの一件からまだ大した時間が経ってないのだ。ああいう面倒くさい目にはあいたくない。
あの時は失敗だった。珍しくアルアが服を褒めたので、浮かれてそのままの格好で酒場へ行ってしまったのだ。ヤバ、と思ったときには男どもに囲まれて、その中にいたバルガスがアルアにいちゃもんをつけ……。一方的に熱くなって決闘だなんだとなってしまい、わたしの抗弁もむなしくアルアはいたいけな女の子を奴隷として『飼う』悪漢にされてしまった。引っ張られていくアルアのげんなりした瞳は、思い出すと今でも胸が苦しくなる。ごめんなさい……。
わたしは無意識に首元に手をやっていた。冷たい感触。禍々しいルーンが刻まれた鉄の首輪は、わたしが所有される奴隷であることを示している。付けられた当時は嫌で嫌で仕方がなかったコレだけど、いまはわたしとアルアをつなぐ絆の一つでしかない。アクセみたいなものだ。外せないけど、別に困らないし。
本来なら、奴隷に言うことをきかせるために苦痛を与える機能とかもついているらしいのだが、わたしは身をもって体験したことはない。アルアが使わないから。というか、アルアはわたしのことを奴隷扱いしたことがない。同じPTのメンバーとして扱ってくれるし、それ以下でもそれ以上でもない。わたしは『目指せそれ以上』だけど。
わたしが奴隷とか侍女の真似事をするのは、アルアをドキドキさせたいがためなのだ。本職の人に失礼かもしれないけど、今時奴隷なんて流行らないし、わたしの『なんちゃって侍女』を笑っているほど本物のメイドさんは暇ではない、だろう。
わたしは何故かわからないけど、やたらと男の人に目をつけられやすい。ちょっとでも派手な格好をしようものなら、ひっきりなしに男という男がわたしに話しかけてくる。別にそれはいいんだけど、そこから先が問題なのだ。具体的には……。
①わたし、話しかけられる(アルア、となりにいるだけ。ガン無視)
②話しかけた男の人、わたしの首輪に気づく(アルア、あくび)
③ナンパ男、アルアにいちゃもん(アルア、超迷惑そう)
④わたし、アルアを弁護するも、正義漢はアルアに襲いかかる(アルア、抜かずに対応)
⑤正義漢は涙ながらに地に伏し、わたしとアルアは居心地悪く去る
と、これが鉄板のパターンだ。気まずいから同じ街にいられないし、よって次から次へと移動しなければならない。アルアは文句らしい文句を言ったことがないけど、それを思うたび、わたしの胸は申し訳なさではちきれそうになる。
だから少しでもその危険性を減らすために、なるべく野暮ったい服を着て、上から魔術師がよく着るローブを羽織る。人ごみではフードもかぶって、うつむきがちに歩くようにする。これでなんとか人並みに生活できるのだ。
自分のよくわからない体質が憎い。以前、知り合いの賢者に相談したら、それはスキルのせいだと言われた。彼女曰く、わたしには『魅了』というはた迷惑なスキルがあるらしい。『まあそれだけじゃないんだけどさ……』とわたしの顔をジロジロ見ながら彼女は言っていたが、要するに、異性にやたらと『モテる』スキルらしい。超、いらない。
そもそも、何故アルアに効かないのか。アルアは実は女の子でした! とかいうオチでないことはすでに確認済みだ(もちろんえっちい手段ではなく、男風呂に堂々と入っていくところを目撃しただけだ)。ならば何故効かないのか。賢者の彼女曰く『耐性じゃない? 女の子慣れしてる、っていうのもあるかもだけど』らしい。耐性であってほしい。女の子慣れとか、しないでほしい。
わたしの『魅了』は女性慣れしていない男の人ほど強く発動するらしい。そのせいで、結構ひどい目にもあった。だけどその度、アルアが助けてくれた。ほんと、頭が上がらない。
彼にはなるべく可愛いわたしを見てもらいたい。だけど、それが彼に迷惑をかけてしまう。
わたしはため息を一つついて、若草色の服を手にとった。『サクラ』はしまう。わたしたち旅する冒険者御用達のマジックバックは見た目以上にたくさんのものが入るし、重さも軽減してくれる。そのなるべく奥に、また見つけて悶々とすることがないように、大切にしまっておく。
手早く着替えて、一夜お世話になったベッドをきれいにして、部屋を出る。一階の酒場からは朝から冒険者たちの野太い声が響いている。お仕事しろよ、と思わないでもないけど、わたしたち冒険者の仕事はこういう酒場にお金を落とすことにもあるんだそうだ。景気よく戦って、景気よく飲み食いする。勤勉に働いてケチケチするのは逆に迷惑なんだとか。杖を持った最初の頃、アルアが教えてくれた。
剣の腕も大したものなんだけど、頭もいいんだよねー、とちょっと誇らしく思いながら階下に降りる。もうフードは装着済みだ。ぬかりはない。
アルアは、と探すまでもなく見つけた。珍しく相席をしているのか、対面には金髪の青年が座っていた。アルアは基本的に人見知りだから、初対面の人とそう仲良くするとも思えないんだけど……。
近づくと、青年の方が早くわたしに気がついた。わたしの顔を下から覗き込むようにし、納得するように頷いている。なんなんだ。
アルアが振り向いて、おはよ、と挨拶。わたしは青年の行動に戸惑いながら、同じように返した。
「昨日はよく眠れたか?」
自分の隣の席を示しながら、アルアが聞いてくる。こういうときは機嫌がいい時だ。声もどこか弾んでいるようだし、何かいいことがあったのだろうか。
「うん、まあ」
「そっか」
それだけ言って、アルアは店員さんを呼んでランチを頼む。アルアと青年の前には空になった器があるから、もう食べ終わったのだろう。わたしは予想以上に長く迷っていたらしい。
さて、とアルア。
「紹介しないとな。ミュン、こいつは俺の古馴染で、魔法士のアルスだ。アルス、こいつがさっき言ったミュン。しばらく前から俺の相棒」
「や、納得したよ。たしかにこの娘は『魅了』のスキルの持ち主だ。美しい」
美しい、とか。
「ミュンさん、初めまして。アルアの古い友人のひとりで、アルス・クルーガーって言います。以後お見知りおきを」
「あ、こちらこそ、よろしくお願いします。ミュン・ホーエンツォレルンです」
「ホーエンツォレルン……。そうか、君はあの国の……」
いたましそうに目を伏せるアルスさん。そっか、この人は知ってるのか。随分遠くまで来たから、知らないと思って名乗ったんだけど……。失敗したかな。
「それで、奴隷か……。酷いな……」
悔しそうに歯噛みするアルスさんに、申し訳ない気持ちになる。わたしはすぐにこの人のことがいい人だと分かった。初対面の他人のことをこんなに思いやってくれるのだ。悪い人なはずがない。
「あの、気にしないでください。今のわたしは幸せですから」
「そ、そうなのか。それを聞いて安心したよ。聞けば君は、未だに奴隷の首輪をつけているそうだからね。アルアのことだから万が一はないと思っていたけど、君の口から聞けて安心したよ」
そう言って微笑むアルスさん。きっと、この人のことが好きな娘は多いだろうな、とそう思わせる笑みだった。わたしもアルアがいなかったら危なかったかもしれない。
「さ、堅苦しい話は終わりだ。アルスもこいつの出自はあんま気にするなよ。ここにいるのはただの魔法士、ミュンだ。間違っても元王族の娘じゃない」
「そう、だな。あらためてよろしく、ミュンさん」
「こちらこそ、アルスさん」
ちょうどいいタイミングでわたしのランチが届いた。わたしは二人に断ってからフォークを手に取り、二人は旧交を温め始めた。出てくる名前はどれも知らないものばかり。どうやらわたしと会う前のアルアはたくさんの人たちと旅団のようなものを組んでいたらしく、他のメンバーのその後のことをお互いに確認しているらしい。何人か、亡くなった人もいるみたいだけど、不思議と二人とも穏やかに話していた。なんだか、妬けてしまう。
「そういえば、アルアとアルスって名前、似てますよね」
わたしは新鮮な牛の乳を飲み干してから聞いてみた。アルスさんが笑いながら、口元にヒゲができてるよ、と教えてくれた。恥ずかしい……。
「僕とアルアが出会ったのもそれが原因でね。たしかあれは……、ファンデル王国の武闘会だったっけ?」
「そうだな。俺とアルスの名前が似てて、受付のやつが間違えたんだ」
「僕の相手は女の人のはずだったのに、いざ呼ばれてみれば出てきたのは筋骨隆々のおじさんだったからびっくりしてね」
「俺の方も、名のあるオッサンだったから楽しみにしてたのに、レイピア使いの女が出てきたな」
「で、お互い運営に文句言いに言って、そこで会ったんだ」
「懐かしいな」
「ちなみに、僕らは両方とも勝ったけどね」
「決勝で会ったときはなんの因果かと思ったぜ」
へえ、アルアが勝ち残ったのはわかるけど、アルスさんも強いんだ。わたしの視線を感じたのか、アルスさんは手を振って苦笑い。
「僕はそんなに強くないよ。ただ、魔法士相手にちょっとした反則技を持っててね」
「うそこけ。それでなくても、おまえは充分強いだろうに」
「アルアほどじゃあないよ。ねえ『千剣』?」
「また古い二つ名を出してきたな『魔法殺し』?」
「ふふ」
「はは」
むう、なんか面白くない。二人はとても絵になるのだ。いかにも、強そうなオーラを出してる。
「ああ、そうだ。ミュン、実はこいつの『反則技』がおまえのスキルをどうにかするのに役立つかもしれないってんで、話してたんだ」
「え、ホントッ!?」
思わず身を乗り出すと、アルスさんが慌てて首を振った。
「そんなに期待しないでね、あくまでも、もしかしたら、って話だから」
もしかしたらでも期待しないわけにはいかない。この迷惑なスキルさえなければ、わたしはアルアにもっと積極的にアピールできるのだ!
「アルスは今、あるクエストを請け負ってるらしくてな。それを俺らが手伝う代わりに、その『反則技』をお前に教えてもらおうと思ってな」
「別に僕はタダで教えてあげてもいいんだけどね、アルアがどうしても手伝ってくれるっていうから……。ミュンさんはわざわざ手伝ってくれなくてもいいよ?」
「そんな! わたしも手伝います! わたしのことなのに、ひとりでお留守番なんて嫌です!」
はっきりと言い切る。な、こういうやつなんだ、とアルアが笑って、アルスさんがアハハ、と苦笑する。
「じゃ、お願いするよ」
「おう」
「はい!」
こうして、わたし、アルア、アルスさんの臨時PTが結成された。