ミュンとご主人様
純粋なファンタジーが書きたかったので書いてみました。プロットが変更に次ぐ変更なので不安ですが、どうぞお付き合いください。なるべく定期更新を目指したい……、ですね。
わたし、ミュン・ホーエンツォレルンはいま、伝説を目の当たりにしてる。
伝説の名前は『剣匠 バルガス』。正確な重さはよくわからないけれど、今まで見てきたどんな剣よりも太く、重そうな両刃の剣を振り回してる。両肩の筋肉は山のように盛り上がり、しゅうしゅうと湯気が立ってた。玉のような汗が浮かんでは消えていく。
聞いた話では、討伐難度Bランクの竜種『ロックドラグ』の甲殻を両断したらしい。『剣殺し』の異名を持つモンスターの外皮は魔法でダメージを与えるのがセオリーで、間違っても一剣士が斬撃でどうこうできるものじゃないはず。それを一刀両断。並外れた膂力と剣の重厚さがなせる技だ。
わたしは駆け出しの魔法士として、また冒険者として、伝説や勇者たちには並々ならぬ思いがある。いつか、わたしも彼らと同じように吟遊詩人によって語られたい、なんていうのは、誰にも語ったことのない夢だった。だからこそ、彼のような現役の伝説と出会えるのは喜びこそすれ悲しむことじゃない。
なかった、のに…………。
「ウオラアァ!!」
バルガスの口から裂帛の気合がほとばしり、重剣『噛砕のガイオン』が轟音とともに大地をえぐる。わたしのPTメンバーが紙一重でかわして口笛を吹いた。
「ひゅう、おっかねえ」
飄々とした態度で次々と繰り出される一撃必殺の刃をかわし続ける彼、アルア・I・サクラバは何を隠そう私のPTメンバーだった。何がどうしてこうなった。いまやわたしは、憧れのひとりと敵対する立場にあるのだ。
「畜生ッ、ちょこまかと鬱陶しいッ!! テメエ、いい加減に逝けやコラァ!!」
憤怒の形相で叫ぶバルガスに、やれやれといった調子で首を振るアルア。小馬鹿にしたようにトントンと額をつつくと、これまた小馬鹿にしたようにバルガスを見た。
「お宅、さっきから言ってることループしてんぞ? 脳みそまで筋肉って噂、本当だったみたいだな」
「なんだと!!」
ぶちっ、というあまり心臓によろしくない音がして、バルガスの剣戟が一層激しさを増した。頼もしいことに、わたしたちPT唯一の前衛(というかわたしたちは二人だけのPTなんだけど)のアルアは、未だに剣を抜いていない。
『無刀』のアルア。わたしは密かに、彼のことをそう呼んでる。
と、相変わらず間一髪でバルガスの攻撃をかわしているアルアが、二回指を立てた。彼らが戦っている森の中の広場から離れたところで魔法を準備してる、わたしに向かっての合図だ。ちゃんと打合せしといて良かった……。
正直、こういう形で介入するのは気が引ける。バルガスが一方的に仕掛けてきたとはいえ、勝負の形式はタイマン。横から妨害するのは御法度だ。だけどアルアは抜く気がないみたいだし、わたしとしても『憧れ』が負けるところは見たくない。だから、彼らの勝負は『突然起こった原因不明の地震』でうやむやになってもらう。
わたしは樹齢千年を超えるスギの木から削り出したマン・メイドの杖『プログレスⅢ』を構える。詠唱はすでに終わり、あとは固有の魔法名を唱えるだけで発動する。任意の地域に小規模の地震を起こす魔法『クエイク』はわたしの得意な魔法のひとつだし、万に一つも失敗はないだろう。
遠く、バルガスに謝ってから、わたしは小さくその名を唱える。わたしに魔法の力を与えてくれる精霊の名を。
「『ノーム』よ、汝ら土の守護者にして、鍛冶を司る小人。我にひと時仮初の力を与え、奇跡をこの手に。『クエイク』っ!」
突き立てた杖から地面に魔法陣が広がり、蒼く輝く。精霊に力を借りる魔法は適性が必要だから使える人間は少ないけど、消費魔力が少ないから非常にエコな魔法だ。その分詠唱が長くなるけど、こういう、アウトレンジからの援護には向いてる。
わたしも楽だしね。
ゴゴゴゴ、という不穏な音とともに大地が揺れ始める。わたしは範囲外にいるからなんともないけど、アルアたちのいるあたりは立っているのもキツイはず。
「な、なんだあ!?」
「(ニッ)」
体勢を大きく崩して倒れてしまうバルガスを尻目に、アルアはとっとと背中を向けて走り出した。強烈な揺れが襲うなか、その足元は軽やかで、悠然と木々のあいだへと消えていく。それを呆然と眺めていたバルガスが悔し紛れに雄叫びをあげた。ゴメンネ、バルガス。
「よ、行くぞ」
いつの間にかアルアがそばに立っていて、暇そうにあくびをしていた。わたしは精霊語でお願いして、あと少しだけ地震を継続してもらうようにしてから、アルアのとなりに並んだ。バルガスの巨体では、あの地震の中を突破し、わたしとアルアに追いつくことはできないだろう。申し訳ないけど、ここでお別れだ。
「お疲れさま」
「ん」
わたしが一応ねぎらうと、アルアはなんだかよくわからない声を出しただけで終わってしまった。ちょっとつまらない。こんなでも、一応感謝はしているのだ。バルガスが絡んできたのは、九割がたわたしのせいなのだから。
「アルアっ」
立ち止まって呼びかけると、なに、とでも言いたげに眠そうな半目がこっちを見た。お母さんが東方出身というアルアは、髪こそ抜けるような銀色だけど、肌と目の色は『オオヤシマ』の人たちのそれだ。ちょっと女の子っぽい顔立ちを彼は嫌うけど、わたしは結構好きだ。
「…………、ありがとうございましたっ、ご主人様!」
ペコリ、と頭を下げて、きっかり三秒で戻る。アルアの目が大きく見開かれていた。よっしゃ。
何か言いたそうに口をもごもごさせていたアルアだったが、やがてため息をつくと腕を組んで歩きだした。どうしておまえはそういうことを、とか、それじゃバルガスを笑えない、とかぶつぶつ言ってる。わたしはニヤつく口元を抑えながら、次の街へと歩く彼についていく。
アルアの頬がちょっと赤くなったのが、今日の戦果だ。