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 パジャマから洋服に着替えて部屋を出ると、下の階のバーから良い匂いがし始めてきた。久しぶりに食欲が湧いてきて素直に本能のままに、バーへと向かった。


「おはよう。よく眠れたかい?」


 キッチンの中から顔をだしたマキさんは明るい笑顔で、その笑顔にほっとして頷いた。ついでに腹の虫まで鳴って笑われた。


「二人を起こしといで。朝ご飯にしよう」


 私はまた階段を上って、私の部屋の隣の扉をノックする。確かこの部屋で二人は寝ているはずだ。しばらくして寝癖のひどい鏡弥がのそりと顔を出した。アホ毛のような立ちっぷりに、思わず笑うと「笑うな」と不機嫌そうな抗議の言葉が返ってきた。

 鏡弥の後ろからも笑い声が聞こえてきた。どうやら優弥も起きたらしい。


「鏡弥。洗面所行ってきなよ。笑えるから」

「またかよ……。なんで俺だけ……」


 ぶつぶつ言いながら鏡弥は洗面所へ向かった。ひょっこり中を覗くと、ゆっくり優弥がベットから立ち上がるところだった。ふらつく足取りに思わず手を支えようとすると、「大丈夫」と言いながら遮られた。


「ずっと寝てばっかりで体がなまってたから、リハビリに少し歩いた方がいいんだ」


 はらはら見守っていると、優弥は一歩づつ自分の脚で階段を下りていく。苦しげな呼吸なのに、それでも私に甘えようとしない所が、優しそうに見えて芯の強さを感じさせた。

 バーフロアにたどり着くと、力尽きたように椅子に座り込む。


「結花。そっちに食事運ぶの手伝って」


 マキさんに声をかけられて、優弥の様子を気にしつつもカウンターの方へ向かう。優弥の様子はただの風邪とかそういう物には見えなかった。どこが悪いのか? なぜ二人はここに住んでいるのか? 改めて気になり始めた。



 食事が終わったらみんなで食器を洗って掃除。といっても優弥はまだ休んだ方がいいからと自室に戻らされたし、鏡弥は左手に上手く力が入らないようで、右手一本でモップを使って床掃除をしていた。

 マキさんと二人で食器を洗いながら、鏡弥に聞こえないように小声で話しかける。


「鏡弥さんと、優弥さんはどうしてここに住んでいるんですか?」

「何日くらい前かな……路地裏で拾った」


「拾った?」

「鏡弥が瀕死の優弥を引きずって歩いてたから放って置けなくてね」


「お医者様には……」

「見せてない。何か事情がありそうだしね。どう見ても双子だろ。っていう事はどちらかが越境したわけだ。まともに医者には診せられんね。幸い優弥は栄養失調以外はたいした怪我じゃなかったし」


「怪我!」

「うん。まあ殴られたり、蹴られたり、体中あざだらけ。あれは日常的に何かされてたね。だから帰すべきじゃないと思った」


「それだけ?」

「それだけ。それ以外何も知らない」


 それだけ何か事件性がありそうなのに、何も聞かずに手許に置いてかくまう、マキさんの懐の深さには驚いた。自分自身もマキさんの優しさに甘えているわけだが。


「しかし結花も気にしてたんだね。あんまり他人に興味ないタイプかと思った」

「そう……ですか?」


 マキさんは手を洗ってタオルで拭くと、私の前髪を横に流して言った。


「こんな分厚い前髪で顔を隠して、自分の殻に閉じこもってるタイプに見えたからさ」


 マキさんに図星を指されて慌てる。今までの私だったら人の事が気になっても、話しかける勇気が無くて結局知らぬままだった。

 たった一晩の家出とはいえ、こうやっていつもと違う環境にいるせいか、なぜか大胆になれた。それはマキさん達みんなのやさしさのお陰かもしれない。


「さてこれが終わったら買い物に行ってきな。服がそれしかないと不便だろ。それに買い出し頼みたい物もあるし、ついでに買ってきて」


 確かに着の身着のまま出てきてしまったので、色々と不便である。一度こっそり家に帰ろうかとも思ったが、見つかって捕まって戻れなかったりしたら嫌だ。


「ありがと……」



 私がお礼の言葉を口にしかけたその時、かたんと店の扉が空く音が聞こえた。

 まだ明るい昼間で、開店時間でもないのに誰?

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