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朝起きたら別の自分に「変身」していた。なんて作り話みたいだけれど、私はまだそんな奇跡が起こらないかと夢みている。
そして毎日、朝目が冷めて学校に行くたびに、変わらない自分の存在に軽蔑するのだった。
分厚い前髪と眼鏡で目もとを隠し、立てた本で口から下を隠す。完全防御姿勢で私はこっそりと教室を見渡した。退屈な授業から解放された生徒達は、短い休み時間を友人とのコミュニケーションという実に有意義な使い方で過ごしている。
あの中に混ざりたいと願いつつも、話しかけるどころか、防御姿勢を崩す勇気さえない私は臆病者だ。
本ばっかり読んでる根暗で空気みたいにどうでもいい存在。それがクラスメイトの私に対する評価だと思う。実際は本なんてポーズだけで全く読んでないし、出来ることなら明るくはきはきしゃべって楽しく過ごしたい。
でもできない。それが現実だ。
「音無さん、音無結花さん」
突然間近で話しかけられて、びくりと体を震わせる。おそるおそる観察すると、一人の少年が隣に立っていた。顔を見てすばやく頭の中で検索する。
結城海斗。爽やかな顔立ちで、クラスの委員長をしていて、人望があり友達も多い。私とは真逆の存在。そんな人が私に何の用があるというのだ。
名前を呼ばれただけで、緊張で手は汗ばみ、目が泳ぐ。
「図書委員だったよね。今日の放課後、臨時の総会があるって」
なんだ。ただの伝達事項か。しかしこれをきっかけにコミュニケーション出来ないだろうか? 例えば「臨時の総会ってなんだろう?」とか、「図書委員じゃないのによく知ってるね」とか。
頭の中で台詞は浮かんでくるものの、喉がつまったように声が出てこない。焦れば焦るほど余計に返事が出来なくなる。結局私は分厚い前髪を押さえながら、「うん」とだけ答えた。
私が返事をした事で、用事は済んだと判断したのか、結城君は去っていった。いなくなって初めて、せめて礼ぐらい言えば良かったと後悔する。
そしてその一言が、今日私が学校でした唯一の会話。これが私の日常だった。
影が濃く長くどこまでも伸びてくる。鬱陶しい……私みたいだ。オレンジ色の夕日を背に浴びながら、私は俯いてとぼとぼと歩いていた。
心の中はもやもやした気持ちでいっぱいで、思考が内面へ沈みながら歩いていたから、それ、に気がついたのは遅かった。
後ろから足音が聞こえる。しかもそれ、は私の歩調にあわせるような速度だ。
気のせい。きっとたまたま同じ方向なだけ。自意識過剰だ。そうは思うもののついつい歩く速度があがる。そして釣られたように後ろの足音も早くなる。
何度も道を曲がってるのについてくる足音に、私は恐怖を覚えた。後ろを振り向いて確認したい……でもできない。私はもはや走ると言ってもいいスピードで歩き、必至に家へと急いだ。しかし後ろの足音はさらに速度をまし、徐々に近づいてくる。
ぽんっと肩を叩かれ反射的に振り返って、思わず魂が抜け出そうなほど驚いた。
振り向くとそこには私がいた。いや、私よりも明るい笑顔で佇む私の理想の姿だった。
最初に頭に浮かんだのはドッペルゲンガーという都市伝説だった。その姿を本人が見たら死ぬ……そんな事を思い出し私は歯を打ち鳴らして震えた。
「あはは。驚いた。っていうか驚きすぎじゃない」
無邪気に明るく笑う影は、私そっくりな容姿なのに、表情は全く似ていない。服装もださい校則きっちりの私と違って、今時のおしゃれな感じだ。
「はじめまして結花」
どうして私の名前を知っているんだろう? ドッペルゲンガーだから? などという非科学的な事より、現実の問題として恐怖を感じた。これは幻じゃない。……だとするなら……。嫌な予感がする。
「私は麗花、あなたの双子の妹よ」
私の嫌な予感が的中した。しかしそんなわけがない、ここにいて良いはずがない。だって双子なら隣の地区にいるはず。それがここにいると言うことは……。
「越境……」
私が呟いた言葉は非難めいた色を含んでいた。それに気づいた麗花は鼻で笑った。犯罪行為のはずの越境を、まるで大したことがないというように。
「別にもう犯罪者だし、罪状一つ増えるくらい大したこと無いわよ」
犯罪者……その言葉がずしりとのしかかる。私が双子として生まれたことは知っている。でも生まれてすぐに引き離されたのだ、私は麗花について何も知らない。赤の他人も同然だ。しかしまさかこの年で犯罪者になってるだなんて。
わざわざ私の前に現れた犯罪者の妹。嫌な予感しかしない。
こうして私は強風に吹き飛ばされる木の葉のように、逆らうことも出来ず運命の嵐に翻弄されるのだった。