どっちを信じればいいの?
牛鬼と人間、どちらを信じるのでしょうか?
(う~ん・・・・・・。ここは、何所?)
和葉が目を覚ました時、そこは大きな洞窟の中だった。
地面は土で湿っており、周りは大きな岩の壁に覆われて部屋のようになっている。和葉が見た限りでは出口が見えないほどの大きな洞窟である。
そんな中で和葉は無造作に寝かされていたのだ。
「そうだ、私。牛鬼に連れ去られて・・・・・。それから・・・・・・」
和葉はこれまでの事を思い出し、絶望した。
牛鬼とは獰猛で凶悪な妖怪であり、それに連れ去られた自分にもまた、死が近付いている。それを悟ってしまったのである。
(嫌だ、私死にたくない)
自分が置かれている状況に気がついて、和葉は恐怖の涙を流した。
こうなる事は最初から分かっていた。しかしいざ死が目の前に来ると怖い物は怖いのである。
「何か、武器になるものは・・・・・・・・」
慌てて和葉は武器になりそうな物を捜すが生憎、周りは何もない洞窟である。そんなものがあるわけもない。
唯一持っていた日本刀も牛鬼の眉間に突き立てて、失ってしまっている以上、今和葉が持っている武器と呼べる物は封印の刀が宿った右手しかなかった。
「やってやる。最後にあいつの目玉だけでも潰してやる・・・・・」
ギュっと手を握って和葉は牛鬼がやって来るのを待った。
そして遠くから聞えてくる足音、それはどんどんと近付いているようで徐々に大きくなっている。
その足音が止まった時に、和葉は右手を構えて振り翳した。
「覚悟しろ牛鬼! 私はただじゃ死なないぞ!」
その拳は今まさに、和葉がいる部屋のような洞窟の一角に、入ってきた男の顔を捉えた。
「ごふぁぁぁ! 今のは効いたぜ・・・・・・・」
男は顔を抱えて蹲り、暫く悶えていた。
「えっ、嘘・・・・・。人間?」
現れた予想外の存在に、和葉は呆気に取られている。まさか牛鬼の巣穴で人間を見かけるとは思わなかったのだ。
里で見慣れた和服を着た男は、蹲ったまま和葉を見上げると、恐る恐ると話しかける。
「流石だな和菜。今のパンチは前よりも強烈になっていたぞ」
「はい? 私は和葉だよ? てかその和菜っての、まさか・・・・・・」
和菜、それは先ほど牛鬼がしきりに叫んでいた名前である。
それを目の前の男は口にしたのだ。となれば考えられる事など一つしかない。
「お前が牛鬼かぁぁぁぁぁ!」
和葉は続けざまに蹲っている男に蹴りを叩き込んだ。
突然の不意打ちに男は避ける事が出来ずに直撃して吹き飛ばされる。
「どっ、どうしてだ和菜・・・・・。お前、俺の事を忘れたのか?」
「知るかそんな事! 私は和葉だしお前みたいな化け物の事なんて知らないよ! てかその和菜ってのはなんなの!? いい加減煩わしいんだけど!」
「なんだと、煩わしい・・・・・・・・・・」
ピシャッ! 男、牛鬼は固まった。余程今の言葉が効いたのだろう。石のようになって動いていない。
「なんだか分からないけど今のうちに・・・・・」
「逃がすか!」
逃げようとした和葉の足を牛鬼は掴んだ。
「いいか良く聞け、和葉っての! 和菜は俺の妹だ! 何故だか知らないけどな、お前は和菜にそっくりなんだよ!」
「あんたの妹にそっくり! ふざけないで! 私はお前みたいな醜い化け物じゃないわよ!」
牛鬼はとてつもなく醜い姿をした化け物である。それとそっくりなどと言われたのでは、女である以上和葉も黙っていられないのだ。
しかし黙っていられないのは牛鬼も同様である。自分の妹を醜いなどといわれて怒っているのだ。
「ちが~う! 俺は元人間だ! 和菜も人間、可愛い姿をしている! 今の俺を馬鹿にされるのなら耐えられるけど、和菜まで馬鹿にされたんじゃ黙ってられないぞ!」
「なに言ってるの!? 人間が牛鬼みたいな強い妖怪になれるわけないじゃん! あんた馬鹿でしょ、もう少しまともな嘘を言ってよ!」
和葉は心底牛鬼を馬鹿にした目で見た。牛鬼の力を身をもって思い知った和葉としては、無力な人間がそんなものへと変化できるとは思えないのだ。
しかし牛鬼はそれを聞いて、心底馬鹿にした目で和葉を見返した。
「馬鹿はお前だ。昔からな、強い怨霊や怨みを宿して死んだ人間が、妖怪になることはよくあることなんだぞ。もっと歴史を勉強して来い」
「何を~! だったらどんな具体的な例があるのか言ってみなさいよ!」
「いいぜ言ってやるよ。人間だったときに、学校一の妖怪マニアにして歴史マニアと言われた俺の知識を舐めるなよ!」
二人はどんどんと熱くなっていき、歯止めが効かなくなっていく。というか今牛鬼が学校という言葉を口にしたのだから、それは和葉のいた世界を知っている事に違いが無い筈なのに、二人はそれにすら気付いていなかった。
「一番有名なのは崇徳上皇だ。崇徳上皇はな、保元の乱で敗れて以来島流しの刑をくらって讃岐に流されて、そのまま流刑された先で死んだんだ。その時の崇徳上皇の怨霊は後に妖怪となって、日本三大悪妖怪の一角、崇徳大天狗と呼ばれるようになったんだよ」
「・・・・・・崇徳上皇? 讃岐? 日本三大悪妖怪? なにそれ? ゲームか何か?」
かなり歴史的な知識を含んだ牛鬼の説明に、勉強の中でも特に歴史が苦手だった和葉はまるで着いていけていない。もはやチンプンカンプンでこんがらがっている。
「は~、お前馬鹿だな。てかこんなとこまで和菜に似てるのかよ」
「何を~、誰が馬鹿だ! 妖怪に馬鹿なんて言われたくないわよ!」
「・・・・・その発言が馬鹿だって事に気付けよ」
牛鬼は頭を抱えた後、難しい話は理解できないと思ったのか、直接自分に関する話を始めた。
「俺はな~、一年前この世界に来た時に、家族を全員妖怪に殺されて、自分も牛鬼に食われたんだよ」
「一年前? そう言えば確か・・・・・」
洋介が言っていた牛鬼が変わった時期、それも一年前である。今のところその話と矛盾点は見当たらない。和葉は大人しく聞くことした。
「でもな、牛鬼は俺を丸ごと食っちまったんだ。そして俺は家族を奪った妖怪に対する強い怨念と、大きな憎しみを持っていた。それが牛鬼の持つ妖力より勝って、乗っ取ったって訳だ」
「だとしたら何で里の人たちを襲ったの!? あの人たちも人間なんだよ! 何で元人間なのに妖怪より酷い事をするの!? ねえ、なんで!?」
和葉は今の話で気持ちが暴走して、牛鬼に掴みかかって激しく尋ねている。牛鬼が元人間だとするのならば、なお更同じ人間を虐殺した事が許せないのだ。
しかし牛鬼は和葉の激昂を冷静な返事で返した。
「奴らも妖怪だ。連中は食人鬼と言ってな、人間のふりをして人間を油断させ、太らせてから食う種族なんだ。俺の両親も奴らに食われた」
「嘘だよそんなの! 人里の人たちは皆いい人なんだよ! そんなことしない!」
「・・・・俺もそう思っていた。だけど結果は両親を殺されて、妹二人を連れて妖怪が巣食う地獄へと追い出される事になった。お前も後少ししたら食われてただろうよ!」
牛鬼もまた、更に熱さが加速していく。家族を殺されたことを思い出しているのだ。その様子を見て、自分と重なった和葉はどうにもそれが嘘のように思えなくなってきた。
「・・・・・・・ねえ、それは本当なの? あなたはどれだけこの世界について知ってるの?」
自分でも聞いてはいけないように思いながらも、好奇心を押さえ切れなかった和葉はついに尋ねてしまう。
「・・・・・・知りたいか?」
「うん」
和葉は静かに答えた。
「俺はこの世界で牛鬼になってから半年後に封印されたんだ。だけどもその封印されるまでの間に様々な情報を集めていたんだ」
「情報を? どうして? 牛鬼になったんならそのまま暴れればいいじゃん? まどろっこしいよそんなこと」
「・・・・・・・・お前はやっぱり馬鹿だな」
再び牛鬼は和葉を心底馬鹿にした目で見る。そしてその目線は先ほどよりも強烈な見下す感情が込められている。
それを感じ取って和葉は怒った。
「馬鹿って何よ! 本当の事を言っただけじゃない!」
「大多数と戦う時に一番重要なのは兵力でも個人の力でもない、情報だ。日本という国もそれを甘く見ていたから太平洋戦争でアメリカ逆転され、消耗戦に持ち込まれてからそのまま負けた。俺は歴史好きでもあるからな、情報の重要性は様々な戦いの記録を見て知っているんだ」
牛鬼の言う事は的を射ている。戦いにおける情報の重要性、それは歴史を知らなければ分からないかもしれないが、歴史を見れば簡単にわかるのである。
例を挙げれば先ほど牛鬼が言った太平洋戦争だ。それにおいて日本は当初、海軍力や兵士個人の質では勝っていたにも拘らず、情報を軽視した為ミッドウェー海戦でアメリカに負け、ガダルカナル島の消耗戦に引きずれ込まれて、そこから逆転されている。
情報とはそれほどまでに重要な物なのだ。軽視すれば痛い目に合うが、持っていれば一発逆転も狙えるのである。
「俺は牛鬼だ、牛鬼は美女に化ける事を得意とする妖怪だからな、ちょっと美人に化けて色仕掛けをしたら妖怪どもはベラベラと喋ってくれたわけよ」
そう言って牛鬼はその場で一回りすると息を呑むような美女に姿を変えて見せた。
髪は上質の絹を束ねたように長く美しく、目は大きくクリクリとしていて、思わず抱きしめたくなるほどに可愛らしい顔立ちをしている。
それでいて背は170センチと高く、肌は最高級の衣服すら見劣りするほどの艶と美しさを兼ね備えている。顔と身長のギャップ、それがなんとも言えない萌をかもし出しているのだ。
しかし最も目を引く物はその胸だ。線は細いというのに、胸だけはそこにスイカを詰めているかのごとく大きく重量に溢れているのである。
人間にしても妖怪にしても、この様な美女に迫られては骨抜きだろう。
「・・・・・・何、それ?」
あまりにも次元が違いすぎる美女へと化けた牛鬼に、和葉はそうとしか言えなかった。女すらも見とれてしまうほどの美しさを牛鬼は持っているのだ。
「はっはっはっはっは! 名付けて僕が考えた超絶美人その一だ! この姿で着物を着崩して迫れば、どんな奴でも瞬殺よ!」
「・・・・・・・・・・呆れた。本当に男ってのは・・・・」
ボヨンッ! と揺れ動く爆乳を見て和葉は心底呆れている様子だ。
しかしそんな和葉の言葉に対し、牛鬼は大声で笑いながら答える。
「な~に、俺も男だ。同じ男の弱点って奴は分かるんだよ。男はな、女の胸にロマンを感じるものなんだ」
牛鬼の言葉には妙な説得力があった。やはりこれも牛鬼が元男だからだろう。
和葉は凄まじい敗北感に襲われながらもなんだか妙に納得してしまった。
(女として負けた気がするけど、もはや何にも言えなくなるほどの美人ね・・・・・・)
大人しく負けを認めることも時には重要なのである。
「で、話の続きだな。その集めた情報と俺が元々持っていた知識を合わせた結果、この世界に関する事で重要な事が分かったんだ」
「・・・・・・何それ? くだらない事なら殴るよ?」
「濡れ羽姫の正体と、さっきお前がいた自称人里の元ネタだ」
「ッ! 何それ教えて!」
和葉はよく考える暇もなく叫んでいた。
それらは二つとも和葉に大きな関わりがあって、尚且つこれからの事を決定付けることになるかもしれない情報なのである。
和葉の大げさな反応を見て、牛鬼は愉快そうに笑う。
「はっはっは、やっぱり気になるか?」
「なるなる、早く言ってよ! 焦らしはごめんだからね?」
「じゃあ言ってやる。先ずはさっきの自称人里の事からだ。連中に関する記録は元の世界にも怪談の形で残っている。ほら、昔話とかで読まなかったか? 旅人が泊めてもらった村でご馳走をたくさん食って、そのまま太ったところを食べられてしまった。ってな感じの話をな」
「そう言えば昔そんな話を読んだ事があるような気がする・・・・・・・」
「それが元ネタだ。連中、食人鬼ってのは元々、餓えに苦しんんで死んだ人間が、人肉の味を覚えて変化したものよ。だから他の妖怪たちと一緒にこの世界に来たんだろうな。考えてもみろ、妖怪からすれば人間を生かしておく利点なんてないだろ?」
「・・・・・・だとしても人里の人たちがそれであるって証拠はないよ」
口ではそう言っているが、和葉は内心で大きく揺れていた。改めて考えてみれば、妖怪にとって人間を生かしておいても利点が無いというのは、非常に的を射ている事柄なのである。
「信じるか信じないかは別だが、俺はその人里の人間の口から聞いた。美女の姿から牛鬼の姿になれば一撃でコロリよ。あそこは食人鬼の集まりで、外の世界からやって来た人間たちを騙して太らせてから喰らうゴミクズ妖怪どもの里だ。鴉天狗と変わらない」
牛鬼の言葉は和葉に槍のように突き刺さった。自分でも思い当たる節があり、和葉であっても知っているほどに有名な怪談を例に出されたので、説得力は大きいのだ。
「・・・・・・・揺れているみたいだな。とりあえず今日の話はここまでだ。続きは明日話すから飯食って寝ろ」
と言って、牛鬼は男の姿に戻ると、その場に握り飯を三個置いてから立ち去った。
「・・・・・・・私、如何すればいいのかな?」
和葉は大きく揺れていた。牛鬼のいった話には和葉も身に覚えがあるのだ。あの人里において、和葉はやたらと飯を勧められたのである。そして和葉が太ると言うたびに、身喰家の人間はうれしそうな顔をしていたのだ。
更に牛鬼が言った妖怪が人間を生かしておいても利点はないというのも、凄く説得力がある事柄なのである。
しかしそれでも、和葉の中では里の人たちの暖かさが忘れられないのだ。
気付いた時には和葉は牛鬼から貰っていた握り飯を食べ終えていた。
「・・・・・・もしも牛鬼が悪い妖怪なら、私のことを直ぐに殺してるよね」
牛鬼は和葉が思った以上に紳士的であった。一切襲おうとはせず、殴られてもなんら仕返しをしてこなかった。更に先ほどからの話を思い出してみれば、元の世界の人間でなければ知らないような内容が多く含まれている。それだけでも牛鬼が本当の事を言っていると思うには十分すぎる証拠であった。
「・・・・・・・・私は里の人たちを信じる。信じてから本当の事を自分で見つけてみせる」
しかし和葉はそれでも人里の人たちを信じていた。意を決して立ち上がると、すぐさま身なりを整えて洞窟を後にしようとする。
「・・・・・・何か武器はないかな?」
着の身着のままの格好では不安なので、和葉は武器を探した。
すると丁度、その部屋のようになっている所から出た直ぐ目の前に、一本の刀が突き立てられていた。
それは和葉が下津丸から奪った日本刀よりも長く太い黒塗りの大太刀で、刃の部分は金属とはまた違う物質で出来ているように見える。
その物質に和葉は見覚えがあった。
「これって牛鬼の爪? どうしてここに?」
それは牛鬼の爪であった。蜘蛛の姿をとったときに現れる足の先端についている物を切り離し、それを日本刀の鍔に繋げて加工しているのだ。
持った感じはズシリと重く、言い様がない禍々しさに覆われている。しかし何故かその禍々しさを和葉は不快に思わなかった。
「なんだろこれ、持つと凄く安心できる。牛鬼って本当に元人間なのかな?」
牛鬼の爪で作られた太刀には強い力が込められている。しかしそれは和葉を呪うのではなく、守るための力なのだ。
「・・・・・・丁度いい。これは貰っていこう」
その太刀を手にとって、和葉は素早く駆け出していった。