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悪夢にうなされて

ようやく他の人間に出会います・・・・・。

結局、少女は特に行く当ても無いので、とりあえず父の仇討ちをと、始めに自分が遭遇した妖怪、妖怪樹を探すべく森の中をさまよう事した。

 のだが・・・・・。

「お腹すいた~・・・・・・・・・」

 空腹に倒れそうになっていた。

 思い返せばこの少女、牛鬼を封印していた日本刀を吸収した事によって傷は全快したが、今日は朝飯のほかには何も食べてはおらず、散々走り回ったので非常にカロリーを消費していたのだ。

 そのような状態で腹が減って倒れるのはごく当たり前のことなのである。幾ら傷が直っても、消費した体力は回復しないのだ。

 更に間が悪い事に先ほどから少女をか弱い人間と見た、多種多様且つ様々な妖怪たちが襲いかかってくるのだ。

 全員が鴉天狗よりも弱い妖怪だった為に、自慢の剣道初段の腕前と下津丸から奪った日本刀で、何とか撃退する事ができたものの、当然その時にかなり動いてしまってそれ相応のカロリーを消費してしまったのである。

「本当に空腹で倒れそうだよ~・・・・・・。こんな経験始めて・・・・・・・」

 豊かな経済大国たる日本において、まともな家庭で育つ限りは食料の事で困る事は先ず無い。それゆえに少女は空腹に苦しめられているのだ。

 既に日は暮れ始めていて夕焼けが森を覆っている。少女は必死に食べる物は無いかと捜しているが、サバイバルの知識など持っていない一般人の少女ではどれが食べられる木の実なのか分からないのだ。

 先ほどから葛藤を繰り返しては食べるのを止め、その度に木の妖怪に襲われたりもしているのだからなお更である。

「うう、ごめん皆・・・・。私、みんなの仇討てないみたい・・・・・・・」

 とうとう少女は倒れた。原因は疲労によるところが大きいのだが、どちらであっても大差は無い。

 このままでは妖怪に見付かって、倒れているところを襲われお仕舞いである。

 もし仮に意識が戻って戦えたとしても、運悪くその妖怪が強かったり、数が多ければ意味が無い事である。疲労が溜まった状態では、本来の力の一割も力を出すことが出来ないのだ。

「・・・・くそ~、せっかく牛鬼から逃げられたのにこんな所で終わるなんて・・・。私は皆の仇を討つまで死ねないのに・・・・・・」

 少女の思いと裏腹に、その体は満足に動いてくれない。

 更に悪い事は重なるものである。

『美味そうな匂いだ。人間、それも若い女の匂いだな』

 なんとその場に妖怪が現れてしまったのだ。

 現れたのは山猫の妖怪のようで、体長二メートル以上の巨体に鋭い爪と牙を持っていて、少女には虎のようにも見えた。

「そんな、こんな時に・・・・・・・」

 少女は何とか日本刀を杖代わりにして立ち上がるが、疲労によって足元がおぼつかない。

 機敏な山猫の妖怪はそれをチャンスと見て少女に襲い掛かる。

『如何した! 足がふらついているぞ!』

 山猫の妖怪は先ず、弱っていそうな少女の足を狙った。

 少女はそれを日本刀で受けようとするが、力が入らず受けきれない。

 たちまち日本刀は弾かれて宙を舞い。少女は右足を切り裂かれる。

「痛い・・・・」

 少女が傷を負って倒れたその隙を山猫の妖怪は見逃さない。

 猫お得意の機敏な動きで次々と追撃を放っていく。

 右から左から、変幻自在な動きで木と木の間を縫って攻撃してくる山猫の妖怪に、少女は何も出来ずにただ踊っていた。

「グフッ! こんな雑魚に・・・・・・」

 先ほどの牛鬼を見た少女にとって、山猫の妖怪はそこまで強い相手とは思えなかった。現にこの程度の相手ならば先ほどの内に数体倒している。少女が問題としているのはその体に溜まった大きな疲労と、体験した事の無いほどの空腹なのだ。

『おらおら如何した? 少しは反撃してみろ!』

 すっかりいい気になった山猫の妖怪は、少女に馬乗りになるとそこから続けざまに追撃を放とうとする。

 少女は襲いくる痛みに備えて目を瞑った。

 しかしいつまでたっても痛みは襲ってこない。不審に思った少女が目を開いた時には、先ほどまで強気になって馬乗りになっていた山猫の妖怪が、瀕死の状態で倒れていた。

『畜生、毒かよ・・・・。油断したぜ・・・・・・・』

「えっ、毒? 私そんなの持ってないよ?」

『嘘を言うな! これは毒だ間違いねえ! お前の血に入っていて、それを浴びた俺はこんな目にあってるんだよ!』

 山猫の妖怪は最後の悪あがきとばかりに必死に暴れるが、余程毒が強いのか全く動く事が出来ない。それどころか目に見えて弱って行っている。

『畜生! これまでたくさんの人間を食ってきたって言うのに、人間に殺されちまうのかよ!』

 その言葉、たくさんの人間を食ってきたは、今の少女の前で言ってはいけない言葉だった。

「ねえお前? 人間を食べるの?」

 少女は弾かれた日本刀を拾うと、無感情な声でそう言った。その顔は前髪で隠れていてよく見えないが、どこと無く怒っているように伺える。

『当たり前だろそんなの。俺たち魔界郷関西地区の妖怪にとって、人間狩りこそ何よりの楽しみだ。それをしないわけが無いだろう』

「ふ~ん、そう」

 それだけ言って少女は日本刀を山猫の妖怪の口に突き立てる。日本刀は山猫の妖怪の頭を貫いて地面に縫いつけた。

 しかし流石は妖怪。その程度では死なないのか悲鳴を上げて苦しんではいるが、まだ動いている。

『ギャァァァァアアアア! 何しやがるテメェ!』

「何って、拷問かな?」

『なんだとこら、ふざける・・・・・・・』

 山猫の妖怪が言い終わる前に、少女は日本刀を引き抜くと心臓を貫いてトドメを刺した。

「私の目の前で、人間を殺すなんてこと言うほうが悪いんだよ・・・・・」

 そう言って少女は体力の限界に達し、その場に倒れて気を失った。


 少女は夢を見ている。楽しい夢、家族の夢だ。

 家族みんなでピクニックに行って、今はお弁当を食べようとしている。

『ほら和葉ちゃん、このサンドイッチ美味しそうでしょ? 私の自信作なのよ?』

『はっはっは、恭子のサンドイッチは美味いからな、俺も楽しみだ』

『姉ちゃんも早く食べようよ?』

 少女の家族三人は笑いながら少女にサンドイッチを進めてくる。

 これが夢なのか現実なのかを戸惑いながらも、少女はそれを手にとって食べた。

「美味しい! すっごく美味しいよお母さん!」

『あらそう、喜んでくれて嬉しいわ。お代わりはたくさんあるから、幾らでも食べてくれていいのよ』

「うん、貰う貰う。美味しいな~お母さんのサンドイッチ」

『はっはっは、そうだろうそうだろう。なんたって恭子の愛が篭っているからな、この世界で一番美味いはずだ』

『あらやだ俊二さん。お世辞が上手いのね』

『お世辞じゃないさ、本当の事を言っただけだ』

『ああ俊二さん・・・・・』

『恭子・・・・・・』

 二人はいつも通りに二人だけの世界に入ろうとしていた。

 それを見て少女の弟の少年は心底うんざりした様子で呟く。

『は~、また始まったよ。いい加減そろそろ新婚気分を抜け出してもらいたいよ。姉ちゃんもそう思わない?』

「あっ、うん。そうだね」

(おかしいな~? これは夢なのかな、現実なのかな? でも出来るならばこっちのほうが現実であって欲しいな)

 この中で魔界郷と呼ばれる世界で起きた出来事を知っているのは少女だけだ。しかしその少女もあの出来事が夢だったかもしれないと思えてきたのである。

 いや、正確にはそう思いたかったのだ。そう思うことによって嫌な事は全部忘れ、これまで通り普通の生活を送る。それが今少女にとって、何よりの幸せに思えるからだ。

『そうだ皆、ご飯も食べた事だし食後の運動に鬼ごっこをしないか?』

『あら、良いわね。それじゃあジャンケンで鬼を決めましょう。優人も和葉ちゃんもするでしょ?』

『うん。僕もするよお母さん』

「私も!」

 そんな悩みを振り切りたい為に、少女は父親が提案した鬼ごっこに飛びついた。そして何時もよりも明るく振舞って、妙に自分を納得させようとしているのだ。

『よし、それじゃジャンケンだな。誰が負けても恨みっこ無しだぞ』

『分かってるよそのぐらい。姉ちゃんじゃないんだし』

「ちょっと優人! それってどういう意味!」

『ふふふ、皆仲が良いのね~』

 少女たち家族は集まって、一斉にジャンケンをした。

 その結果・・・・・。

「あっ、私の負けか~」

『和葉が鬼だぞ、捕まるなよ!』

『ふふふ、まだまだお母さんも若いわよ~』

『間抜けな姉ちゃんには捕まらないよ』

 鬼になった少女カから逃げる為に、残りの家族全員は走り出した。少女も慌ててそれを追うが、どうにも上手く足が動かない。

「どうして、足が動かない・・・・・・・」

 精一杯あがく少女だが、足は動かない。それどころか何かに締め付けられているようで、どんどんと苦しくなっていく。

「いったい、何が・・・・・」

 たまらず少女は足元を見た。そして見たことを後悔する。

『和葉~、どうしてお前だけが~・・・・』

『貴方もこっちにいらっしゃ~い。楽しいわよ~』

『姉ちゃんも一緒に遊ぼうよ~』

 いつの間にか少女の足元は泥沼になっていて、そこから顔を見せている少女の家族三人が、足首を掴んでいたのだ。

 父親は首が折れていて変な方向に曲がっており、母親は両腕が無く全身打撲だらけでボコボコだった。そして少年は全身打撲と擦り傷に覆われている。

「キャァァァァァァァァァァァァ!!!」

 少女は絶叫を上げた。先ほどまで必死に否定していたトラウマを現実だと認めさせられ、幸せだと思っていた空間が、突如として地獄に変わったのだから無理も無い。

 そのまま腰を抜かした少女は泥沼の中に倒れこんでどんどんと沈んでいく。

「イヤッ! 離して皆!」

『なに言ってるの? 私たちと一緒にいたんでしょ? だったら一緒に来なさい』

 女は両腕が無い為、口で少女の服を噛んで引きずりこもうとしている。

『そうだ和葉。こっちに来ればいつまでも一緒にいられるぞ?』

『僕も姉ちゃんと遊びたいな~』

 少年と男はそれぞれ少女の両足を掴んで引っ張った。

「そんな、私は嫌だ! まだ死にたくない!」

 ついに少女の本音が出た。幾ら強がっていても少女はまだ高校一年生なのだ、死ぬ覚悟など出来ていないのである。

 しかし少女の家族はそれを聞き入れず、更にどんどんと引きずり込んでいく。 

 少女が腰まで浸かったときに、再び少女の家族は声を出した。

『和葉ちゃん! 貴方死んでもいいって言ったじゃない! 何で今更ためらうの!?』

『そうだよ姉ちゃん! 僕は姉ちゃんを庇って死んだんだから、責任を取ってよ! 嘘吐き! 僕を守るって言ったくせに!』

『和菜! 約束は守れといつも言っているだろう? お仕置きだ!』

 それらは全て少女の痛いところをついていた。

 確かに少女は今日で何度も死ぬ覚悟をして、命を掛ける決心もした。しかし結局今は死なずに生きている。それが少女の家族は許せないのだ。

「・・・そうだ、私は嘘吐き。優人を守れなかった・・・・・。死ぬ覚悟って言っておいて今更死ぬのが怖い・・・・・・」

 少女が気弱な考えに染まれば染まるほど、どんどんとその体は沈んでいく。

『そうだ和菜。それでいいんだ』

『こっちで楽しく暮らしましょう?』

『苦しい事は全部無くなるよ・・・・・・』

 そして少女の体は全てが泥沼の中に沈んだ。




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