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ようこそ地獄へ

いきなり人が死にますお気をつけて・・・・。

2012年7月31日

 小高い山の上に設けられた立派な道を、一台の乗用車が走っていた。

 今世間では俗に言う夏休みシーズンである。この車に乗っている家族もその例に漏れず、旅行のために何所かに向かっているのだろう。中には楽しそうな顔をした少女が一人と、眠ってしまっている少年が一人乗っている。

「楽しみだねお父さん。高野山のおじいちゃんの家に行くの、お正月以来だもんね」

 そのうちの一人、高校生ほどの見た目をした少女は、そう言って車を運転している自分の父親の肩を叩いた。

「うわっと! 危ないぞ和葉! ここの道はあんまり車が通らないけどな、それでも運転中にちょっかいを出すのは止めろ!」

「はーいすいませ~ん♪」

 余り反省していないような口調で少女はそう言うと、大人しく席に着いて外の景色を眺め始める。

「全く、気を付けろよな。この辺りは昔から事故や行方不明が多いんだぞ」

「あらそうなの。俊二さん、私怖いわ」

 と言って、今度は男の直ぐ傍、助手席に座っている女性が男に抱き付いて来る。

 男は慌てた様子でハンドルをきり、何とか車を揺さぶらない様に制御して注意する。

「ちょっ、止めろよ恭子! ただの迷信だからな、俺が付いている!」

「ふふふ、嬉しいは俊二さん。貴方って本当に頼りになるわ」

「お前も本当に美しい」

 二人は見つめあい、そのままうっとりとお互いの名前を囁きあった。

「ああ恭子・・・・・・」

「俊二さん・・・・・・」

 ・・・・・この中年夫婦、凄まじいバカップルである。

 そんな甘甘しい空気に耐えられなくなったのか、少女は大声で叫んだ。

「ちょっと二人とも、それって彼氏がいない私への当てつけ! てかそんなに危ない所ならもっと注意して運転してよね!」

「すっ、すまん・・・・・」

「ごめんさい・・・・・・」

 正論を突き付けられた二人は縮こまって、大人しくそれに従った。

 男は運転に集中し、女は眠ろうと椅子を倒す。

「う~ん、うるさいよ姉ちゃん。もう着いたの?」

 そんな中、先ほどの少女の声で目がさめたのか、眠っていた小学校中学年ほどの少年が目を覚まし、眠そうに呟いた。

「あっ、ごめん優人。起こしちゃったね」

「・・・・その反応が返ってくるって事は、まだ着いてないんだね」

「うん。ごめんさい・・・・・・」

 自分の弟には弱いのか、少女はその場で平謝りだ。

 そんな様子を見ていて、母親である女性は愉快そうに笑う。

「ふふふ、許してあげなさい優人。和葉ちゃんは彼氏がいないから、私達のラブラブッぷりに嫉妬してるのよ」

「ちょっとお母さん! 止めてよねそんな話!」

 思春期の少女にとっては、最も触れられたくはないであろう恋愛の話に触れられて、少女は顔を赤く染めながら叫んだ。

 しかし少年はそれに納得した様子で頷いている。

「なるほど、彼氏がいない姉ちゃんにとっては、お父さんとお母さんのラブラブ空間は毒でしかないもんね」

「も~! 優人までそんな事を言う!」

「はっはっは、でも和葉もそろそろ彼氏を作ったらどうだ? 俺たちが付き合い始めたのも、お前ぐらいの年だったぞ?」

「お父さんたちと一緒にしないで! 私だってね、好きな人の一人ぐらいいるんだかね!」

 剥きになって反応する少女ではあるが、もはや完璧にからかわれている。しかし本人はそれに気付いていないほどに興奮していた。

「あっ、分かった~! 和葉ちゃんの好きな子は、幸平君でしょ?」

「ブッ! 何でそうなるのよ!」

 少女は噴出し、向きになって反論する。

 この状況でそのような反応をする事は、はっきり言って認めているのと同じなのだが、それにすら気付いていない。

「だって~、康平君カッコいいじゃない。丁度従兄弟なら結婚できるし、これから行くおじいちゃんの家には、康平君もいるもんね?」

「うるさいうるさいうるさ~い! 三人とも、もう黙って!」

「「「は~い」」」

 三人は仲良くそう言って静かになった。


 車の中は暫くの沈黙が続いている

「・・・・・・・・・・・・・プッ!」

 不意に静かになった空間に耐え切れなくなったのか、少女は噴出して笑ってしまった。

「あっ、姉ちゃん笑った。やっぱりこういう時に一番最初に反応するのは、姉ちゃんだよね?」

「うるさい! それに最初に喋ったのは優人でしょ!」

「笑うのも喋るうちだよ」

 子供組み二人が笑い合っているのを、大人組み二人は温かい目で見つめている。

「ふ~、こういうのを見てると、なんだか暖かくなってくるな」

「そうよね~、これこそ理想の家族って感じですもんね」

 二人がお互いに顔を近づけあい、唇を重ね合おうとしたその時である。

「お父さんお母さん前! 危ないよ!」

 先ほどまで晴れ渡っていた空が急に雲に覆われ、家族が乗っている車の回りには大量の霧が発生する。

 それはほんの一メートル先さえも見えないほどに深く濃い霧であり、このまま走り続ける事は危険に思えた。

「何だこれ? 急に曇ってきたな?」

 少女の叫びで運転に身を入れた男は、とりあえず道を確認しようとカーナビを見る、のだが・・・・・。

「ナビが動かない、どうなってるんだこれは?」

 カーナビは電波が届いていないようであり、何所とも分からぬ場所を指したまま固まっていた。

「お父さ~ん、大丈夫なの~?」

 少女は不安げに尋ねた。その身をガタガタと揺らしていて、本当に怖がっているように見える。

「姉ちゃんも心配性だな。こんな霧ぐらい、直ぐに止むよ」

「でも~、もしかしたら変な世界に行っちゃうかもしれないよ?」

「・・・・漫画の読みすぎだよ」

「そうだぞ和葉、現実にそんなことが起こるわけがない」

「この世界に科学で証明できない事はあまり無いのよ」

 少女の言葉をばっさりと切り捨てた一同であったが、数分後、それを改める事になるのである。

「とりあえず道があるのかどうかは分かるから、このまま走ろう。後少ししたら町に着くからな」

「え~! ここで止まろうよ」

「姉ちゃん、後から来る車の邪魔だよ」

「怖かったら目を閉じておけばいいのよ?」

 などと言いつつも、車はどんどんと進んでいた。

 その時である。

 ドンッ!

 不意に何かにぶつかる音がして、車は凄まじい衝撃に襲われる。

「なっ、何! 何なの!」

「落ち着け和葉。俺が見てくるからお前たちは座ってろ、いいな?」

 男はそう言って車を降りた。だがそこでとある違和感に気付く。

「何だこれ、アスファルトじゃなくて土じゃないか!」

 つい先ほどまでアスファルトに覆われた公道を走っていた筈なのに、男が降り立った場所は土であった。それどころか周りには標識一つ見当たらず、無造作に草が生えているだけの完璧な山道である。

まるでジャングルのようだ思いつつも男は車にぶつかったものを確かめてみた。

「なんだこの木! こんなででかい木がこの辺りに生えているはずがないぞ!」

 車がぶつかった物、それは樹齢数百年になるだろう巨大な大木であった。

 しかし男が知っている限りでは、この様な木は先ほどまで走っていた道の近くには生えておらず、ましてやこの様な山道に入る事が出来る道など、近くに無かった筈である。

 それなのに男たち家族はこの様な場所にいる。真に不可解な事である。

「どうしたの俊二さん、何がぶつかってたの?」

 愛する妻の言葉に意識を取り戻した男は、急いで車の中に戻ると、今自分たちが置かれている状況を家族に説明した。

「嘘でしょ! これってまるで、さっき和葉ちゃんが言ってたみたいじゃない!」

「えっ! 別の世界に行っちゃうってやつ?」

「そうよ、この世界には科学で証明できないものはあまりないけど、それでも証明できないものはあるのよ」

 と、学校で教師をしている女は急に改まった口調で説明を始めた。

「ワームホールって聞いた事ないかしら?」

「え~っと、何だっけそれ?」

「ワープの理論だよ。リンゴを一周した地点に行くには、表面を走るより真ん中を食い破るほうが早いってやつ」

 母親に似て勉強が出来る少年は、小学校の中学年であるにも関わらず、勉強が遅れている高校生の姉に説明した。

「そうよ。昔からね、世界では同じような現象が起きているの。例えば魔のバミューダトライアングルって知ってるかしら?」

「えっ、あの、通った船や飛行機がよく消えちゃうってとこ?」

「そうよ。そこではごくまれにワープと似た現象が起きてるのよ。消えたと思われていた飛行機が、まだ出発したばかりだというのに目的地に着いていたりね。それもワームホールの原理によって、空間や時間をワープしたからって言われてるの」

「それって凄く特だね!」

 少女の呆れるほど単純な考えに一同は頭を抱えた。

 女はどこかで教育を間違えたのかと苦悩しつつ、きちんとした知識を教える為に教鞭をとる。

「いい和葉ちゃん。今のはほんの一例であって、全部じゃないのよ。消えた存在が必ず発見されるかと言えばそうじゃないの。例えばさっき言ったバミューダ海域にしても、消えた船は見付かってない物が多いのよ。もしも違う時間や場所に出れたとしても、そこが私達のいた時間や世界と同じとは限らないの」

 かなり噛み砕かれていた筈の、女の言った言葉がどういう意味なのか、少女には理解できなかった。

 いや、正確には理解したくなかったのだ。自分たち家族の存在が、元の世界から消えてしまってるかもしれないということを・・・・・・。

「そんなお母さん・・・・・私たち帰れないの?」

「心配するな和葉、父さんが付いている。母さんも優人も、和葉を心配させるような事は言わないでくれ」

「そうね、ごめんさい。配慮に欠けていたわ」

「僕もごめん・・・・・・」

 二人は大人しく自分の非を認め、頭を下げる。

 この時の男の行動は正しかった。こういう状況における崩壊。それは全て精神的な苦痛や疲労、恐怖によって起こるものなのである。とりあえず気休めだったとしても、少しでも不安を取り払う事は重要なのだ。

「よし、とりあえず人がいそうな場所を探そう。どんなところであっても、人さえいれば最低限の寝床は確保できるだろうしな」

「そうね、私も早くこんな薄気味悪い森を抜け出したいわ」

「僕も早くどこか屋根があるところで休みたい」

「私は美味しい物が食べたいな」

 とりあえず家族の意見は纏まったので、男は車が動くかどうかを確認し、アクセルを踏み込んだ。

「あれ? 妙だな、後には何も無い筈なのに、車が動かないぞ?」

「エンジンは掛かってるの?」

「ああ、それは問題ない。掛かってなかったらエアコンも切れているはずからな。たぶん草か木がタイヤに絡まったんだろう」

 何か妙な物が絡まっていないかを確認する為、男は近くにあった伐採用のノコギリを手に取り再度車を降りた。

 この時が男の顔を見る最後になる事は、このとき誰も想像できなかった。

「何だこれ? 木が伸びてタイヤに絡まっていやがる」

 男の目の前では異様な光景が広がっていた。

車は先ほどぶつかったばかりだと言うのに、タイヤには木が複雑な絡み方をしており、ちっとやそっとじゃ取れそうもないのだ。

それはまるで数年掛けて木がタイヤを抱き込んだようである。

「まあいいか、今はそれどころじゃないもんな」

 一々気にしていたのではきりがないので、男は手早くタイヤに絡み付いている木を刈り取ろうとする。

「何だこの木は目茶苦茶頑丈じゃないか!」

 しかし木は頑丈であった。成人男性一人が精一杯力を込めてノコギリを引いているというのに、ほんの僅かしか削れないのだ。

「クソッ! 本当にどうなってるんだ何から何まで!」

 男がやけっぱちにそう言ったとき、首に変な違和感を感じた。

 まるで何か縄のような物で、少しずつ締め付けられているような感覚である。

「何だこれは?」

 それが男の人生最後の言葉であった。


「キャァァァァァァァ!!!」

 少女の悲鳴が車内にこだまする。その目線の先は車外に向いていた。

「どうしたの姉さん!」

「どうしたの和葉ちゃん!」

 少年の女は慌てて少女の目線の先にあるものを確認した。

「「おえぇぇぇぇ・・・・・・・・」」

 そして盛大に吐いた。

 無理もない。ほんの先ほどまで話していた親しい人間が、目の前で死体になっているのだ。それを見て女性と子供が何も感じないわけが無いのである。

「おっ、おっ、おっ、お父さぁぁぁぁああああん!!」

 少女が呼びかけるが男はピクリとも動かない。

男は死んでいた。それも絡みついた木によって首をへし折られ、吊るされているのだ。

その姿は絞首刑を受けたようにも見えた。

「逃げるわよ!」

 次いで女が動く。

 手早く助手席から運転席へと移って、力いっぱいアクセルを踏み込むと、必死にその場から立ち去ろうとしている。

 しかし車は動かない。

「どうなってるの! 何で車が動かないのよ!」

 女の悲鳴は必死であり、顔には涙が浮かんでいた。愛する物を失った悲しみは大きいのだ。

 それでも女はその愛する物を捨てて逃げようとする。それは自分が生き残りたいからではなく、愛する子供たちを救うためである。

 しかし現実は厳しかった。

『無駄だぁ~。お前たちはこの俺、妖怪樹様に食われるのだぁ~』

 車が激突していた木に禍々しい顔が現れ、重々しい声でそう言った。

 それは正しく妖怪という物であり、女たちに絶望を与えるには十分であった。

「なっ、何で妖怪がいるのよ! そんなの空想の産物でしょ!」

「助けてお母さん! 私まだ死にたくないよ!」

「うえぇぇぇん! おとうさぁぁぁぁん!」

 女は絶望に打ち震え、子供たち二人は恐怖に涙する。

 妖怪樹はそれを愉快そうに眺めては、自分の枝を伸ばして車体を両側から圧迫し、押し潰そうとする。

『はっはっはっはっは! 愉快愉快。人間の叫び声は非常に愉快だぁ~!』

 パリンッ!

 先ず始めに車のフロントガラスが割れた。そこから枝が伸び、中にいる家族を絞め殺そうと迫ってくる。

「「おかあさぁぁぁぁあああああん!!!」」

 子供たち二人は脅える事しか出来なかった。

「化け物め、これでも喰らいなさい!」

 プゥーーーー!

 女は咄嗟にクラクションを鳴らした。

『グワァァァアアアアア! 何だこの音は、頭が割れるぅぅ!』

 妖怪樹は枝を車から離し、頭と思われる部分を抱えて苦しみだした。

 妖怪授にとって、車のクラクションは始めて聞く音であり、心地いい音ではないのだ。

「今よ二人とも、逃げるのよ!」

「「うん!!」」

 妖怪樹が車を離れたその瞬間、家族は車の扉を開け放って外に転がり出る。

 そしてそのまま男の死体に目もくれず逃げ出した。




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