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始まる前のお話

残虐な描写がありますので気をつけてください。

2011年7月31日

この日とある場所で一人の少年が必死に逃げていた。

「はあ、はあ、はあ・・・・・・。畜生! 皆食べられた、母さんも父さんも和菜も有紀

も・・・・・・皆もう居ない!」

16歳ほどの少年の身に着けている服はボロボロで、元がどんな物だったのかすら想像できない。全身には大量の擦り傷や切り傷があり、腕は歪な向きに折れ曲がっている。

しかしそれでも少年は走ることを止めなかった。ただ生き残る、すべての生物が持っている最も大きな本能に突き動かされて走っているのだ。

「畜生化け物が! 絶対に生き延びて、お前らのことを一匹残さず駆逐してくれる!」

 誰にも届かない言葉は虚しく空に響いては消えていき、そして大きな寂しさだけが残る。

しかし少年にとってそんなことはどうでもよかった。ただ大声で叫び自分の中を支配している恐怖や悲しみ、恨みや辛みといった黒い感情を少しでも外に出したいだけなのである。

「はは、はははは! そうだ人間の力を舐めるな! お前たち妖怪なんて人間の武器に掛かれば瞬殺だ!」

 自分の叫びが少年の言う化け物を呼び寄せる事になるかもしれないのに、少年は叫ぶ事を止めない。

 辺りを支配する夜の暗闇をまぎれ散らすように少年は喚き続けている。

「見つけたぞ小僧がぁ! 今度こそしっかりと捕まえて、骨までしゃぶり尽くしてやるわぁ!」

 少年の叫び声が呼び寄せた存在。それはおおよそ人間とは思えない姿をしていた。

 背丈こそ人間と似通っているが、その顔は人間のそれではなく鳥のような獰猛な顔をしており、背中には同じく鳥のような漆黒の翼が生えている。

身に付けている衣服は山伏風、手には檜のようなもので出来た棍棒を持っているそれは、人間が恐れ時に敬った存在、鴉天狗と呼ばれる存在であった。

「はっはっはっはっは! 馬鹿なやつめぇ、自分の叫びで俺たち妖怪を呼び寄せちまうとはなぁ。お前もやっぱり食われる運命なんだよぉ!」

「畜生! テメーらクソ鳥どもに俺の妹は食われたんだ! せめてここでお前だけでも地獄に引きずり込んでやる!」

 意を決した少年は近くに落ちていた木の棒を拾い上げ、デタラメな構えを取ると鴉天狗に殴りかかった。

 しかし妖怪と呼ばれる存在は、強さにおいてピンキリはあれ、いずれも人間を遥かに超えているものである。傷だらけの少年が勝てる見込みなどなかった。

「甘いわぁ!」

 鴉天狗はその背に生えた翼を大きく羽ばたかせ、殴りかかってくる少年の後ろに回り込むと、木の棒を持ったほうの手を棍棒で殴りつけて砕いてしまった。

「グァアァ! 俺の、手がぁ!」

 少年は痛みに悶え、動きを止める。しかしその隙を鴉天狗が見逃してくれるはずがなかった。

「ほれほれどうしたぁ、もっと痛めつけてくれるぞぉ?」

 少年の胸に鴉天狗の棍棒が突き刺さる。

 ボキッ! という何かが折れる音とともに少年の胸骨は砕かれ、その場に倒れ伏してしまった。

「ガハァ! 畜生! 化け物がぁ! 貴様らだけは絶対に許さないぞぉ!」

「黙れぇ! 小僧がぁ!」

 五体満足に動けなくなってもなお、罵倒を続ける少年を不快に思ったのか、鴉天狗は棍棒で少年の頭をしこたま殴った。

 骨が折れ、肉が割け、目が潰れる。それでも少年は罵倒する事を止めない。

「・・・・この怨み、晴らさずにおくべきか・・・・・・・・・」

 少年の声に殆ど生気は感じられない。それでも強い意志は感じられた。

「はっはっはっはっは! 面白いぃ! ならば望みどおり殺してくれるぅ!」

 少年にトドメを刺すため、鴉天狗は手にした懇望を一際大きく振り上げて少年の頭に狙いを定めた。

 半分死んでいるような状態の少年に逃げる力など残ってはいない。

 鴉天狗が棍棒を振り下ろそうとしたその時である。

『ハラヘッタァァァァアアアアアアアアアアアアア!!!!!!』

 この世のものとは思えないほどに禍々しく、力強い叫びが響いた。

 その叫びは聞くもの全てに恐怖を与える叫びである。とたんに鴉天狗は顔を青ざめ、棍棒を地面に落とすと震え始めた。

「うっ、嘘だろぉ!!! 何でこんな所にこんな奴がいるんだよぉ!!!」

 鴉天狗が絶望に染まった目を向けたその先、そこには一匹の妖怪が辺りの木を薙ぎ倒して蠢いていた。

『エモノダァァァァアアアアアアアアア!!!!!!!』

 どことなく牛のようにも見える禍々しい鬼の顔。それだけで全長三メートルほどの大きさがあり、顎まで裂けた人間など一飲みにしてしまえるだろう口が付いている。

 更に恐ろしいのはその体だ。胴は直径三メートル、全長は五メートル以上の大きさがある禍々しい蜘蛛のようで、六本の足が生えており、その先には鉄すらも簡単に引き裂けるだろう巨大な鍵爪が付いている。

 牛鬼、それは嘗てよりそう呼ばれ、人間に恐れられてきた存在であった。

 美しい美女に化け、人間を食らう妖怪。日本妖怪の中でも最強と呼ばれている妖怪の一つである。

「畜生がぁ! 俺は逃げるぞぉ!」

 敵わぬと見た鴉天狗の行動は早かった。その背に生えた自慢の翼を精一杯動かし、必死にその場を離れようとする。

 しかしそれは叶わなかった。

『ニガスカァァァァァアアアアアア!!!!』

 ようやく言葉として聞き取れるだけの叫びが轟いた後、牛鬼の口から大量の糸が放たれる。

 蜘蛛の糸にも似たそれは、必死に逃げようとする鴉天狗を簡単に捕らえ、そのまま一飲みにしてしまった。

「嘘だろぉぉぉぉ! 俺がこんなところでぇぇぇぇ!」

 それが鴉天狗最後の叫びであった。

 それを聞いた少年は、自分の妹を殺した存在の一匹が、死んでくれたことを嬉しく思いながらも、次は自分の番かと死を覚悟する。

(畜生、此処で終わりか・・・・・。この手で仇を討ちたかったぜ・・・・・)

 そして少年は牛鬼に食われた。

(この怨み、晴らさずにおくべきかぁあああああああああああああああ!!!!!!)

 凄まじいほどの怨念をその身に抱きながら・・・・・・・・。

『ゲプッ! クッタクッタウマカッタァ!』

 牛鬼は満足げにそう言って、自分の巣へと引き返そうとする。

「おのれ牛鬼! よくも仲間を!」

「貴様だけは絶対に許さん!」

「例え大妖怪だとしても、この手で討ち取ってくれる!」

 そんな牛鬼の周りを、妖怪の中でも仲間意識が強いと言われる、鴉天狗たちが取り囲んでいた。 


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