第5話:暦術の代償と影暦師の襲来
夕暮れの聖暦学園。教室の窓から差し込むオレンジ色の光が、暦の紙を淡く染める。今日はいつもと違う不穏な気配が漂っていた。
「……また赤い印が出るの?」
ミユが小さな声で尋ねる。
「……わからない。でも、今度は放置できない」
私は暦を手に取り、指先に力を込める。昨日までの小さな編集とは違い、今回は誰かが意図的に干渉している。赤い印は、昨日よりも明らかに強く光を放っていた。
放課後、校庭でレンと氷室と合流。暦を見つめながら、氷室が低い声で告げる。
「影暦師が直接干渉してきた可能性が高い。お前の力を試すため、学園内で事件を起こすだろう」
「事件……?」
「その通り。準備はできているか?」
私は深く息を吸い込み、手に持つ暦を強く握った。代償を覚悟しても、誰かを救うしかない。
夜、図書室。赤い印は佐藤くんの名前の上で激しく光り、紙が揺れる。指先に触れると、全身に電流のような感覚が走り、頭の中で昨日の記憶の一部が霞む。
「……やっぱり、大きな代償だ」
暦術で死を消すたび、時間や記憶の一部が削られる。しかし、目の前の未来を止めるためには、躊躇できない。
光が強まる瞬間、影暦師が姿を現した。全身黒装束、顔はフードに隠されている。静かに立ち、低く呟く。
「暦師カノン、君の力を試す時が来た」
私は迷わず暦を掲げ、赤い印に手をかざす。光が爆発的に広がり、頭の中に断片的な映像が流れ込む――佐藤くんが図書室の書架に倒れ込む未来。手を伸ばす間もなく、身体が震え、意識が遠のく。代償が来た――記憶の一部が消え始める。
「……こんな、はずじゃ……」
視界が揺れ、昨日の昼食やミユの笑顔の断片が霞む。しかし、赤い印は次第に薄れ、光を失った。佐藤くんは無事、そこに立っていた。
影暦師は一歩下がり、低く笑った。
「なるほど……力は本物だ。しかし、まだ本気ではない」
その言葉を残し、影暦師は闇に紛れ、姿を消した。
静けさが戻った図書室。レンと氷室が私のそばに駆け寄る。
「カノン、大丈夫か?」
「……うん。でも、代償が……」
私は手を握り、欠けてしまった記憶の空白に気づく。小さな代償が積み重なり、やがて大きな痛みとなる――それでも、命を救えたことに安堵するしかない。
夜、窓から月を見上げる。赤い印は消えたが、影暦師の存在は消えない。学園は、まだ危険の影に包まれている。
「……でも、私は諦めない。誰も死なせない――私の手で、明日を編集する」
小さな奇跡と大きな代償――暦術の力は、少女の未来を揺さぶり続ける。
学園に忍び寄る影暦師、迫る試練。そして、カノンの選択は、ますます困難を増していく――。
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