第3話:揺れる未来と禁断の干渉
翌朝、学園のチャイムが鳴る。昨日消したはずの赤い印――佐藤くんの名前――は、まだ暦に微かに残っていた。どうやら完全に消せていない。心臓がざわつく。
「……やっぱり、誰かが触っている」
独り言をつぶやきながら、私は教室の窓から外を見る。氷室はいつものように校庭の木陰に立ち、こちらをじっと見つめていた。まるで“私を試している”ような視線だ。
昼休み。親友のミユが駆け寄ってくる。
「カノン、昨日の件……また赤い印の噂が広まってるよ」
「知ってる。……でも、まだ誰も本当のことは知らない」
「もしかして、あなたの力のせい?」
「……そうかもしれない。でも、誰にも言えないの」
その時、学園のエリート、天城レンが席に近づく。
「……暦を操作できるんだろ? 少なくとも、昨日の印はお前が消したはずだ」
私は一瞬、息をのむ。警戒心を隠しつつ、軽く微笑む。
「その通り。でも、それだけじゃ説明できないことが起きてるの」
レンはじっと暦を見つめる。その目は、疑念だけでなく、興味も含んでいた。
放課後、私は赤い印の発生源を探るため、学園の図書室へ向かった。古い暦や校史の資料を調べると、奇妙な記録が見つかる――
“暦編集干渉者――存在確認せずとも、未来を揺らす力あり”
「……誰だ、こんなことを」
ページをめくる手が震える。消したはずの赤い印が再び微かに光った瞬間、背後から氷室の声がした。
「……その通り、干渉されている」
振り返ると、氷室が静かに立っていた。いつも通り無表情だが、その瞳には危険の予兆が宿っている。
「誰が……?」
「まだ分からない。しかし、放置すれば学園全体に波及する可能性がある」
その言葉に、私の胸がぎゅっと締め付けられる。暦術の力は小さな奇跡を起こすだけではなく、同時に大きな代償を伴うのだ。記憶や時間の一部が削られ、身体に負荷がかかる――それでも、誰かを救うためには止められない。
夜、自室で暦を見つめる。赤い印は薄く光を帯びながら揺れ続けていた。
「……明日、誰が犠牲になるか分からない。でも、消すしかない」
窓の外に目をやると、月明かりに照らされる学園の時計塔が揺れる影を映していた。誰かが私の力を監視し、試している。
私は静かに決意する。
“死”を消すだけではなく、干渉者の存在を突き止める――そのためには、暦術の限界まで力を使うしかない。
赤い印は光を強める。私は掌をかざし、心の中で呟く。
「……消えろ。明日の死を、私の手で編集する――」
そして、暦が光に包まれた瞬間、頭の中に一瞬だけ、誰かの声が響いた――
「……暦師カノン、君の力を試す」
学園に忍び寄る影の存在。未来を揺らす力。その中心にいる私――桐島カノン。
物語は、まだ始まったばかりだった。