98 在りし日の思い出
ホールから出たアーサーはどうやら領主専用エリアへと向かっているようで、そのまま裏庭の方へと歩いて行く。
サラはエスコートされながら一体何があるのだろうと半分ワクワク、半分ドキドキしていた。アーサーに溺愛されている自覚しかない身としては、とんでもなく高価なプレゼントが現れても怯まないよう気をしっかりと保つ必要がある。
そんな事を考えながら建物の角を曲がると、それはいきなり目に飛び込んで来た。
「え―――なんで、これがここに……?」
サラは目の前に広がる懐かしい光景に、ここが異世界であることをしばし忘れて呆然としてしまう。
なぜなら―――そこにはアメリカで祖父と五年間暮らした思い出の家が建っていたからだ。
「どうだろうか……?嬉しくはなかっただろうか…?」
アーサーが不安そうに尋ねる理由はサラが家を目にしてから一切微動だにせず固まっているからだ。
「あ………。いえ、すみません…、人間って驚き過ぎるとリアクション取れなくなるんですね…。私、本当にびっくりしてしまって……。
なぜアーサー様がこの家のことを知っているのですか?前世のことは話しましたがそれだけでは家を再現することなんてできませんよね?
というか……今日の朝も窓から庭を見下ろしましたけど、家なんか建ってなかったですよね!?」
「ああ、それは別の場所で建築して魔法で完成した家を運んだからだ」
「魔法凄すぎません!?」
想像すらしていなかったアーサーからのプレゼントの衝撃からやっと立ち直ってきたサラは、ようやくでたらめな魔法の力にツッコむ余裕が出てきた。
「それと……なぜこの家を再現出来たのかと言うと、アゲハにサラの記憶を覗いてもらったからだ」
「私の記憶を?」
「悪魔達が使う魔術の中に『夢見』というものがあって、寝ている者の夢に入って記憶を探すことが出来るらしい。誰かに変化する時はこの力を利用していると言っていた」
たしかにヤマトがノエルに化けていた時も、アゲハがケリーに化けてグラハドールに潜入していた時も誰にも違和感を抱かせることなく成り代わっていた。
それは仮死状態にした相手の夢に入って必要な記憶を探り、インプットしていたからということか。
「えっ、じゃあ私はアゲハさんに夢の中に入られたのですか?」
「うっ…。そうだ……。実はサラが昼寝をしている時に俺が頼んだ。
ただ、覗く夢は細かく選択出来るらしく、この家に関する情報以外は見ていないと言っていた。
アゲハも『魔王様の記憶を覗くなんて恐れ多い!!』と本気で腰が引けていたから信じてもいいと思う」
「ああ、別にそれは構いませんよ。そんなことされてたなんて全然気づかなかったなぁと思っただけなので」
サラの言葉にアーサーはホッとする。いくら前世の思い出の場所を再現したかったからと言って、勝手に記憶を覗いてしまったのだから咎められることは覚悟していた。
「だって私の記憶なんて前世はずっと一人で勉強してるかおじいちゃんとトレーニングしてるか、今世だと森で生活してるかくらいしかないですからね。あ、でも……」
「でも?」
「アーサー様との……あの記憶は見られるのは嫌だなぁ〜って…。あれは二人だけのものですから…」
「っ!!」
そう言って恥じらったように笑うサラの可憐さと妖艶さが入り混じったなんともいえない姿に、アーサーはこのまま直視していると抱きかかえてベッドへと連れ帰りたくなってしまうと、口元を押さえてサッと視線を逸らした。
「んんっ…。悪魔にとっても人の記憶を処理するのは負担のかかる作業らしく、必要な箇所だけ的確に視る技術を習得していると言っていた。そうでなければ俺もこんなことを頼みはしない。…だから安心してほしい」
「はい!あの、家の中を見せてもらってもいいですか!?実はどんな風になっているのかすごく気になってて!」
「もちろん」
サラはアーサーに手を取られ玄関前の階段をゆっくりと登る。
オハイオ州の田舎にある祖父の家はダークオレンジの外観でグレーに塗られた三角の屋根がおしゃれな平屋建てだ。階段を登りながら「そうそう、手すりは白かったな」とかつての記憶が掘り起こされこれだけでも懐かしくなってしまう。
そしてアーサーがファイバーグラスの木目調のドアを開けると、そこには「懐かしい」としか言いようのない光景が広がっていた。
「わぁ…」
サラはウィリアムが毎年美琴の身長を測るため柱につけた傷にそっと手を触れて室内を見回す。
リビングに敷いていたちょっと色褪せた絨毯、美琴がしょっちゅう躓いていた廊下にある小さな段差、ウィリアムと二人で料理を作っていた広めのキッチン、ここから夜空を眺めるのが大好きだったお気に入りのウッドデッキ。
家の中は祖父と二人で過ごしていた頃あの当時のまま、匂いまで再現されているような錯覚に陥ってしまうほどすべてが完璧に再現されていた。
アメリカにあった家は日本に戻る時に売り払ってしまったしそもそもここは異世界なので、もう思い出の中でしかこの家を訪れることは出来ないと思っていた。
それが今サラの手の届く場所にある。こんな夢みたいなことがあるのかと、サラの目からは涙がポロポロとこぼれ落ちた。
「うっ、ひっく、ぐすっ……!アーサー様、こんなに素敵なプレゼント、…っ、本当に、本当にありがとうございます……!」
「喜んでもらえたのなら良かった。これからはいつでも思い出の家に帰れる。なんなら二人でここに住んでもいい」
「っ、アーサー様ぁ〜〜!!」
アーサーはサラを抱き上げると号泣しているサラの頬に何度も口づけた。目が潰れそうなほど美麗なアーサーの顔がすぐ近くにあるものだから、サラは泣けばいいのか恥ずかしがればいいのか分からなくなって少し涙が落ち着いた。
「喜んでもらえて俺も嬉しいんだがサプライズはまだあるんだ」
「え……?これ以上に驚くことなんてもうないですよ。さすがにリアクション取れないかも…」
「実はこの部屋にある置いてある設備はすべてカデンだ」
「うえぇぇ!!!?家電!!!??」
サプライズしがいのあるナイスなリアクションを披露したサラは驚きのあまりカッ!!と目を見開く。
「ということは………トイレも!?」
「サラでも使えるトイレだ」
「やったぁーーーーーーー!!!!!」
サラはこの瞬間淑女らしさなどかなぐり捨て両拳を天に掲げた。
アーサーにトイレ使用後の水を流してもらうたび女としての何かも一緒に捨て流されていくような気がしていたが、そんな虚しさともついに今日でおさらばだ。
「アーサー様!さっそく今日からここで生活しましょう!!」
「ははは!サラはカデンがよっぽど嬉しかったようだな」
「それはそうですよ!!アーサー様、素敵なプレゼントをありがとうございます!!」
「どういたしまして」
アーサーが何かをねだるように顔の位置を下げたので、サラは恥ずかしがりながらもお礼の口づけを贈った。
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