95 大人げない
アーサーが大ホールの重厚な扉を片手で軽々と開けると、そこには前に一度中に入らせてもらった時とはまったくの別空間が広がっていた。
「え。すご………」
そのあまりのビフォーアフターに、サラは驚嘆というより絶句する。
城の中で一番の広さを誇るこの大ホールは、悲しいことに今まで使い道がまったくなかった。
グラハドールは元から社交に疎い家系だったがアーサーが生まれてからは城でパーティーが開かれたことなど一度もない。
そんなわけで三十年以上放置されていた無駄に広いホールは、埃が溜まりクモの巣蔓延るホラーハウスのような不気味な様相をみせていたのだが―――
天井には本来の輝きを取り戻したシャンデリアが燦然と輝き、ピカピカに磨かれたフロアにこれでもかと光を反射させている。それに元が何色だったか分からないくらいに薄汚れていた壁紙は淡いベージュに一新されたようだ。
今日のパーティーは立食形式のようで、会場中にたくさん置かれたテーブルの上にはこれまたたくさんの料理が並べられており、食欲を唆るいい匂いがまだ入りの近くにいるサラの元まで漂ってきた。
「あ!本日の主役のお出ましだぞ」
「サラ様〜!誕生日おめでとうございます!」
「「「おめでとうございまーーす!!」」」
「天使がいる……すっげぇ可愛い!」
「あんなに可愛いお嫁さんがいるなんて閣下が死ぬほど羨ましい…!」
本日のパーティーの参加者は、城に住む騎士達と聖域から移り住んできた悪魔達の総勢二百五十名ほど。
彼らはサラとアーサーが歩く道を囲んで盛大な拍手を送る。サラも嬉しくなって笑顔で手を振りながら歩いた。
「サラ、皆に一言挨拶してやってくれ」
「はい!」
サラはアーサーのエスコートでホールの一番奥までやってくるとスタンドマイクの前に立ち、ホールに集まる人々をゆっくりと見渡す。見た目がそのままなのでサラはマイクと呼んでいるが、これは音を遠くに届ける音声拡張魔道具だ。
「んんっ。えっと、お集まりの皆様、本日は私のためにこのような素敵なパーティーを開いて下さりありがとうございます!!ここに来るまでの廊下の飾り付けやメッセージもすべて見させて頂きましたが、どれも皆様の温かい心が伝わるものばかりでとても嬉しかったです」
サラの言葉に飾り付け担当チームの面々は歓喜のハイタッチを交わしている。
「思いがけないご縁でアーサー様に嫁ぐこととなり最初は少し不安もありましたが、アーサー様を初め、騎士の皆様が優しく接して下さったので、そんな不安はすぐにどこかへ吹き飛んでいってしまいました」
サラは話しながらグラハドールに来てからのことを振り返る。
五階のバルコニーから外へと脱出したこと、アーサーに魔力がないと告白したこと、ラナテスで材料を集めて塩麹を作ったこと、その塩麹作りを通して騎士達と打ち解けたこと、ジャックの足の手術をしたこと、ヴァンが護衛になってくれたこと、王宮で悪魔と遭遇したり王族に聖女だと認められたこと、そしてアーサーと想いが通じ合ったこと。
ちょっと振り返っただけでサラのグラハドールでの記憶はこれだけの思い出で溢れ返っている。
「そして聖域からお城に移り住んでくれた悪魔の皆様。
これまでずっと争っていた人間の元に、しかも高い魔力を持つ人達ばかりがいる場所に身を置くことはとても勇気のいる行動だったと思いますが、私達のことを信じてくれて本当にありがとうございます!
世界中の人間と悪魔が手を取り合うことは今はまだ難しいかもしれませんが、けれどいつの日かそんな未来がくることを信じています。
だってグラハドールではすでに人間も悪魔も関係なく共存出来ているのですから!」
ここで人間と悪魔の双方から「わぁぁぁあ!!!」と歓声が上がり、種族に拘らず近くにいる相手と肩を組んだり笑い合ったりしている。
「えっと、実は今日という日を何日も前から楽しみにしていました!心ゆくまで楽しみたいと思いますので皆様よろしくお願いしまーーす!!!」
照れたように笑ってサラがいまやほぼ完璧となったカーテシーを披露しマイクの前から離れると、割れんばかりの拍手が巻き起こった。
それからアーサーの乾杯の合図で全員がグラスを傾け、いざパーティーが始まる。
「魔王様、お誕生日おめでとうございます」
「サラ様!おめでとうございます!!今日のドレスもとても良くお似合いで、まるで天女のようなお美しさですわ!」
「アゲハさん、ヤマトさん、ありがとうございます!
どうですか?お城での暮らしは慣れましたか?」
アーサーのエスコートでホールを歩き始めてさっそく近くのテーブルにいたヤマトとアゲハがグラスを片手に話しかけてきてくれた。
サラのことを天女のように美しいと褒めてくれたが、豊かな黒髪を靡かせ身体のラインがはっきりと分かる紺色のドレスを身に纏うアゲハもエキゾチックな雰囲気でとても魅力的だ。ワイルドかつ知的なビジュアルのヤマトもビシッと正装を着こなしており、どこからどう見てもお似合いの夫婦で実に眼福だなとサラは思った。
「はい、おかげさまで毎日がとても充実しております。魔素中毒に怯えることも、自分の姿を偽る必要もなく自由に聖域の外を歩ける日が来るなんて思いもしていませんでした」
「本当に…。実はヤマトとこうして本来の姿で外を出歩いたことが一度もなかったのです。だから今日はこのようなお目出度いパーティーにお招き頂きとても光栄であると同時に、なんだかデートしている気分になれて嬉しくて」
「そっか…本来の黒髪と赤い瞳のままじゃすぐに悪魔だとバレてしまいますもんね……。
これからはもっとありのままでいられる場所を一緒に作って行きましょうね!」
「はい!」
ヤマト達と少し談笑してから別れると、今度はトムじいが八十歳とは思えないしっかりとした足取りで軽やかに近づいてきた。
「サラ様、本日はおめでとうございますじゃ!そのドレスよくお似合いですぞ。
それにしても長生きはしてみるのですなぁ…。あのようにお小さかったアーサー様が奥様のために身内だけとはいえこのようなパーティーを主催されるようになるとは…」
「ありがとうございます、トムおじさま!」
「まったく…トムには敵わないな。いつまでも子ども扱いだ」
そういうアーサーは苦笑しているがどこか嬉しそうだ。トムは両親にほぼ放置されて育ったアーサーの親代わりでもある。
「トムおじさまなら心配ないとは思いますけどずっと長生きして私達を見守って下さいね」
美琴の祖父であるウィリアムを彷彿とさせるトムはサラの中でも大切な存在であり、いつまでも元気で長生きしてもらいたいと心から願う。
「ふぉっふぉっふぉっ!サラ様にそのように可愛らしく仰られては頑張らないわけには参りませんなぁ!」
「トムおじさまは頑張らなくても今のままで百歳超えは確実だと思います」
トムの逞しい胸筋も四十代にしか見えない若々しい容姿もいまだ健在で、たとえ天変地異が起こっても余裕で生き残れそうな力強さが彼にはある。
ふぉっふぉっと笑いながら去って行くトムの後ろ姿を二人で見送っていると、「サラさま〜〜」と少し高めの可愛らしい声で名前を呼ばれた。
「まぁ!可愛らしいお客様ね。アキ、ソラ、ナデシコ楽しんでいる?」
「うん!お料理すっごく美味しいんだよ!」
「サラ様可愛い〜」
「あとでまた騎士のお兄ちゃん達に遊んでもらうんだぁ!」
「そう、良かったわね」
そう言ってサラは三人の子ども達の頭を順番に優しく撫でていく。見た目と年齢が合致しないということをすっかり忘れているサラはアキとソラとナデシコの愛くるしさにメロメロだ。しかしアーサーはきちんと把握しているのでどさくさに紛れてサラに抱きつこうとするソラの頭を掴んで押し留めている。大人げないと思われようが関係ない。
「私達まだ変化の術がそんなに得意じゃなかったから聖域から出られなかったから知らなかったけど、世の中にこんなに楽しくて面白くて美味しいものがあったなんて知らなかった!」
「僕、今が生きてきた中で一番幸せ!!ありがとう、サラ様!ついでに辺境伯様!!」
「もう、ソラったらついでだなんて。アーサー様がすべて取り計らって下さったのよ。ちゃんとお礼を言って?」
「はーい。ありがとう、辺境伯様!」
「……どういたしまして」
「ちゃんとお礼が言えて偉いわね、ソラ!」
「えへへ♪」
「…ちっ」
アーサーはサラのドレスに隠れてこちらへと勝ち誇った顔を向けるソラを敵認定した。
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