89 妻に甘い男
「これからは魔素中毒に陥りそうになれば私が魔素を吸収して治療出来るのですから、皆さんにはグラハドールのお城に住んでもらえばいいのでは?」
「それが一番合理的であることに間違いはないのだが…。一応確認するが、お前達は魔素中毒にさえ陥らなければ人格に問題はないのか?」
アーサーはグラハドールの領主として領地に住む人々を守る責任がある。それは城で騎士として勤める仲間達も対象であり、悪魔を受け入れることにわずかでも懸念材料があるのならば許可することはできないと考えた。
しかしこの言葉にムッとしたアゲハは苛立ちを隠そうともせず声を上げる。
「あのね、私達悪魔のことを根っからの極悪人みたいな言い方するのやめてくれない!?
悪魔は長寿だからか基本のんびりした性格の者が多いし、それに悪魔からすれば五十歳くらいの人間だってまだまだ子どもみたいなものよ。
私達は子どもが好きな種族で、むしろ人間のこと守ってあげたいと思ってるくらいなんだから!」
「そう言うわりに俺に怒鳴っているが?人間は子どもみたいなものじゃなかったのか?」
「アゲハはまだ精神的に成熟していない部分が多いので」
「なによ、レイメイだって本当は口悪いじゃない!魔王様の前だからって良い子ぶっちゃって!!」
「まあまあ、落ち着いて話し合いましょう?」
それこそ子どもみたいな喧嘩が始まりそうだったので、サラは慌てて三人をとりなす。
「そうは言っても悪魔は残虐非道であると聞いて育った人間は、中々悪魔を受け入れられないだろうし―――」
アーサーがふと言葉を切って窓の外へと視線を向けたのでサラも釣られて目をやると、そこにはスズメサイズの小さな黒い小鳥が身体の三倍はあろうかという一輪の花を咥えて窓をコンコンと叩いている健気な姿が見えた。
「えっ!ヤマト!?」
アゲハは小鳥の姿を目にするなり立ち上がると窓を開けて小鳥を部屋の中へと招き入れる。
どうやらこの小鳥はヤマトが変化したものらしく、小鳥はフラフラと飛行し床に降り立つと本来の人型の姿に戻った。
「魔王様……!またお会いすることが出来て光栄にございます!!
必ずお迎えにあがりますと申し上げておきながらこの体たらく…っ、お恥ずかしい限りでございます。
その上私の魔素中毒を魔王様が癒して下さったとか……重ねて御礼申し上げます…!!」
「え………誰ですか?」
「王宮で一度お会いしたヤマトです。まあ、私如き矮小な存在を魔王様がご記憶なさらずとも問題ございませんので―――」
「いえいえいえ!ヤマトさんのことはもちろん覚えていますけども!!王宮でお会いした時とはまったくの別人といいますか……」
今、サラの前に跪き一輪の花を差し出しているヤマトは穏やかな口調で物腰も柔らかく、とても王宮で邂逅した粗野で乱暴な物言いの男と印象が合致しない。
「ああ、あの時は魔素中毒に陥る一歩手前まで症状が進んでいましたので、お恥ずかしながら気性はかなり荒くなっておりました。
ですが今は魔王様に過剰に摂取していた魔素を取り除いて頂けたので本来の自分を取り戻すことが出来たのです」
「ヤマト…!まだ寝てなくちゃ駄目じゃない!」
「アゲハ…心配をかけてしまったね。聞いたよ、君だけが私の言葉を信じて魔王様を探しに行ってくれたと」
「当たり前でしょう…!?貴方が命を懸けて持ち帰った情報ですもの。妻の私が信じなくて誰が信じるというのよ!」
「しかし高魔力者で溢れているグラハドール城に一人で潜入するなんて危険すぎるよ」
「あの時、ヤマトを助けるには魔王様にお縋りするしかなかった。私だって貴方のために命を懸ける覚悟ならとっくにあるのよ」
「うっ…!!ぐすっ!!!」
「サラ!?どうした!?」
アーサーはヤマトとアゲハのやり取りを何の感情も持たず視界に収めていたのだがどうやらサラは違うようで、二人の深い絆にめちゃくちゃ感動して泣いていた。
「うぅっ……!なんて美しい夫婦愛なの……!?命を懸けてお互いを思いやる深い愛情…どっかの世界の腐れ夫婦にもヤマトさんとアゲハさんのような心がほんの欠片でもいいからあれば良かったのに…!」
美琴のクズな父親と母親とは大違い、というか比べることすら失礼なほどヤマトとアゲハの絆は本物で、このように愛情深い彼らならば何の問題もないとサラは確信する。
「っ、アーサー様!!」
「っ、どうした?」
「悪魔だとか人間だとか関係ありません!ヤマトさんは奇跡の木が枯れてしまったことで窮地に立たされた仲間を守るために王宮に行くことを決意し、アゲハさんはヤマトさんのため危険を冒してグラハドールに潜入しました。
自分のためじゃなく誰かのために動ける人を私は尊敬します。そんな彼らに息を潜めて生きなければならないような環境ではなく、もっと自由に動ける環境を与えてほしいのです!アーサー様ならそれが出来ると確信しています!」
「いや、だが―――」
「それに……私もアーサー様とアゲハさんとヤマトさんのような素敵な夫婦になりたいなって。
身近にお手本のようなお二人がいてくれたら私達ももっとラブラになれるかなぁ〜なんて…」
「!?」
アーサーはここで結論を出すのではなくあらゆる可能性を精査した上でグラハドールの城で悪魔達を受け入れるかどうか判断しようと思っていたのだが、サラに「ラブラブの夫婦になりたい」と恥ずかしそうな上目遣いで言われたことで、領主としての冷静な判断力などポーンと彼方へ飛んで行ってしまった。
「分かった。悪魔達を受け入れよう」
「アーサー様!ありがとうございます!!」
サラに感謝されてデレデレしているアーサーを見て、「辺境伯って意外とちょろいんだな…」とレイメイ達の意見は心の中で一致した。
***
「―――と、いうわけで悪魔達を城で受け入れることになった。魔素中毒にさえならなければ悪魔は基本的に穏やかな性質であり、共存することに問題はないと思う。
とりあえず城内は自由に動いて構わないと指示を出しているから何か問題が起きればその都度報告してくれ」
「「「「「「「「はっ!」」」」」」」」
あの後アーサー達は聖域にいた五十人ほどの悪魔全員を連れてグラハドールへと戻り、すぐに城内の騎士達すべてを訓練場へと集めて悪魔と共に生活することになったことを告げた。
騎士達は軍のトップであるアーサーの言葉に異を唱えるわけもなく決定事項を受け入れたが、しかし中にはアーサーの後ろに並ぶ悪魔達を不安そうな目で見ている者達も何人か見受けられた。
悪魔と人間は古くから敵対しておりその隔たりは深い。急に手を取り合って生きて行かなければならないと言われても心の整理がつかない者だってもちろんいるだろう。
自身の口で直接話させる方がいいかと考えたアーサーは、レイメイを呼ぶと隣に立たせ音声拡張魔道具を手渡す。
「あ、はい。―――えー、皆さん初めまして、私の名前はレイメイといいます。
悪魔を目の前にして様々な感情を抱かれているとは思いますが、我々は魔王様、いえ、サラ様に忠誠を誓っておりますので、サラ様のご迷惑となるようなことは決して致しません。ご安心下さい。
ですが人間の皆さんと我々悪魔ではルールや常識が異なる場面が多々出てくるかと思います。その時は遠慮なくご指導下さい」
そう言って深く頭を下げたレイメイの落ち着いたよく通る声は、不思議と聞く者に安心感を与える。「悪魔だから」というフィルターを通して彼らを見ていた者達もレイメイの話を聞いて少し見方が変わったようだった。
それによく見ると悪魔達の中にはたくさんの人間に怯え、ビクビクとした様子を見せる者が何人もいる。
考えてみれば人間に見つかれば問答無用で殺されるという環境で生きてきた悪魔達が、こうして大勢の人間の、しかも魔と戦うことを専門とするグラハドールの騎士達の前で姿を現すことはとても勇気がいったはずだ。人間達の気が変わって殺されないという保証など彼らにはないのだから。
大人の影に隠れて震えている十歳くらいの悪魔の子ども達の姿を見たジャックは、振り返って周りの仲間に向かって呼びかける。
「なあ!俺達はこれから悪魔と協力して人類が滅びることを阻止してかなきゃならないんだろ?まずはお互いを知るところからゆっくり始めようぜ!
というか俺、閣下が侮れないって言ってた魔術にめちゃくちゃ興味あったんだよな〜。
レイメイさんだっけ?魔術について教えてくれない?」
「っ、もちろんです」
ジャックらしい彼なりの歓迎の言葉にレイメイは一瞬虚を突かれたような顔をしたが、笑顔を作るとすぐに頷いた。
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