88 世界が滅びゆくプロセス
この場にアゲハも加わったのだが、魔素と悪魔と人間の関係性にあまり詳しくないと言うので、まずは「なぜ悪魔がいなければ世界が滅びるのか」という認識のすり合わせから行うことにした。
「人間が放出する魔素を悪魔が体内に取り込み魔術に使用することで空気中の魔素を減らしているんだったな」
「そうです。でも人間の数が爆発的に増えたのとは対照的に、長寿のため子孫を残しづらい悪魔の数は中々増えない。そのせいで悪魔一人一人の負担が増えて魔素中毒に陥る者が出てくるようになってしまった」
アーサーの言葉にサラは頷きながら華の手紙に書かれていたことを思い出す。
「我々悪魔の寿命は大体三百年から五百年ほどあります。ゆえに子孫を残さなければならないという意識が他の種族よりも薄くなりがちなのです」
「えっ!そんなに!?レイメイさんやアゲハさんもお若く見えるんですけど!」
「私は二百年ほど生きていますしアゲハは…お前は今何歳だ?」
「私はまだ三十五歳よ」
「うそ……」
華の手紙に「悪魔は長寿ゆえ子が出来にくい」と書かれていたが、まさかそれほど寿命が長いとは思っておらずサラは絶句する。
アーサーもまだどう考えても三十代にしか見えないレイメイを思わず二度見していた。
「千年前の戦争を生き抜いた者に直接話を聞いたという知り合いによると、当時は魔素中毒に苦しむ者達ばかりで、正直自我を失ってからの記憶はなく、込み上げる衝動のままに魔術を放った結果、いつの間にか人間との戦争に発展していたそうですよ」
「そっか…!それほど長命だと千年前の話でも、たとえばおじいちゃんおばあちゃん世代の話になるんですね…!」
千年も経つと人間ならば正しく歴史を紡ぐことが難しくなってしまうが、悪魔の場合だと千年という時間はまだまだ最近のことのようだ。
「はい。ですから魔王様に教えて頂いた真実は詳細に把握しております。
ですが悪魔と人間の関係性は戦争をきっかけに劇的に悪化してしまった。そのため人間側に接触を図ることが叶わず、我々はこの千年の間、人間の“退化”を止めることが出来ませんでした」
レイメイ達は世界が緩やかに滅亡へと向かっていることには気がついていたが、この頃悪魔は人間達にとって「殺らなければこちらが殺られてしまう」存在であり、落ち着いて話し合うことなど不可能だった。
それに彼らは絶滅寸前にまで追い込まれてしまったがゆえ「悪魔」という種を守ることに必死だったというのもある。
「俺達人間は『退化という進化』を遂げたと聖女ハナは言っていたな」
「そうです。生き物は進化によって生活環境に適応する能力をもつことがありますが、悪魔が減り魔素を吸収する者が極端にいなくなったことで、人間の身体は長い時間をかけて魔素をほとんど出さない身体に進化してしまいました」
魔素をほとんど出さない身体に進化するということは、魔法が使えるほどの魔力を身に宿さないということ。
つまり低魔力者の人間が多く生まれるようになってしまったのだ。
「昔は辺境伯のように魔力を豊富に持つ人間しかいなかったのですが、いまやその数を大きく減らしています。
そのうち低魔力の人間しか生まれなくなり、そこからさらに退化という進化が進めばもっと魔力量を減らすことになるでしょう。
悪魔が魔素を取り込み過ぎれば毒となるように、人間もまた魔力を失い過ぎると身体に影響をきたします。暴走するのか虚弱になるのかは分かりませんが…そうなると人間はいずれ滅びてしまう」
「そっか。人間が滅びたら魔素を出す者がいなくなるから、魔素を適量取り込まなくてはいけない私達も必然的に滅びるってことなのね」
レイメイの言葉に納得したアゲハはポンと手を打つが、「こんな大事なことを忘れるなよ」とレイメイにコツンと頭を小突かれていた。二百年生きるレイメイにしてみればまだ三十そこそこのアゲハは子ども同然なのかもしれない。
サラは二人のやり取りを微笑ましく思いながら、華の手紙を読んだ時から考えていたことを口にする。
「そしてこれは予想なのですが……高魔力者の人がそうでない人にとって醜く見えてしまう原因は魔素にあるのではないでしょうか。
低魔力者は環境に適応して魔素をほとんど出さないよう進化した側の人間なので、過剰に魔素を放出している高魔力者に対し遺伝子レベルで嫌悪感を抱くのではないか、と」
「確かに…。我々は空気中の魔素を感知することが出来るのですが、高魔力者の周囲には認識を歪ませるほどの異常な魔素が漂っていますね」
「そういえば悪魔であるレイメイさん達に高魔力者の人達はどのように映るのですか?」
サラは魔素を魔素として感知出来るという悪魔ならば高魔力者の本来の顔を認識するのではと考え、レイメイとアゲハに尋ねてみる。
とくにアゲハはグラハドール城に数日とはいえ潜入していた身だ。周囲の人間すべてが吐くほど醜く見えていれば大変だったはず。
サラの疑問にアゲハは視線をチラリとアーサーに向けて答える。
「私には高魔力者の顔にモヤがかかったようにぼやけて見えます」
「魔法を使用した直後など、魔素が多く漂っている状態ではかなり歪んで見えるので本来の顔を正しく認識することは難しいですが……低魔力者の人間が高魔力者を見て醜いと思うほどの嫌悪感はありませんよ」
「でも私達悪魔も高濃度の魔素は本能的に避けたいと思っているからか、醜いと思わなくても『見たくない』『近寄りたくない』という感情はあります」
その言葉通りアゲハはアーサーを直視出来ないようですぐに視線を逸らしている。
「高魔力者であってもその者の周囲に漂う魔素を無くすことが出来れば、もしかすると低魔力者でも正しく顔を認識出来るようになるかもしれませんね」
「え、じゃあ私の力でアーサー様の周囲に漂う魔素を吸収すれば誰でもアーサー様の顔を認識出来るようになるということですか!?」
アーサーやヴァンやジャック達高魔力者の、本人の力ではこれまでどうすることも出来なかった深刻な問題を解決する糸口が見つかったのではと、レイメイの予測にサラは目を輝かせたのだが―――
「いや、それは難しいだろう」
しかしアーサーにはあっさりと無理だと言われてしまう。
「えー!なぜですか?やってみなければ分からないではありませんか」
「魔素の元は魔力だろう?俺達高魔力者の魔力再生速度はかなり早い。一度に多くの魔力を消費したとしても一晩寝れば完全に回復することが出来る。
たとえサラが魔を吸い取る力で高魔力者の周囲に漂う魔素を吸収して、誰でもその者の顔が認識出来るようになったとしても、どうせ一晩経てば身体から魔力は溢れ出し自然と魔素を漂わせることになる。
毎日高魔力者一人一人の魔素を吸収するなんてことは現実的ではないだろう。
特に俺は魔力量が測定不能なほどある。こういう人間の魔素を吸収し続けたところで意味はないだろうな」
「そうなのですね…。私はグラハドールの皆さんが『醜い』と差別されることが嫌で、なんとかできればと思ったのですが…」
アーサーはしょんぼりしてしまったサラを慰めるようにポンポンと優しく頭を撫でる。
「ありがとう、サラのその気持ちはとても嬉しい。まあ、これに関して言えば地道に悪魔の数を増やして人間の進化という退化を止めるしかないな。
レイメイ。お前達悪魔は今どれくらいの数がいるんだ?」
アーサーのこの問いにやや警戒を滲ませながらもレイメイは正直に答える。
「……これまでは聖域を拠点としつつ人に化けたりしながら人間の世界に紛れていましたが、奇跡の木が枯れてしまった以上魔素中毒に陥った時の治療法はなくなってしまった。
そのため今はなるべく魔素を吸い込まないよう、あちこちに散らばっていた仲間たちのほとんどは聖域に戻ってきていて、その数はおよそ五十人ほどでしょうか」
「思っていたより少ないな…」
「もちろんここ以外にも悪魔の生き残りはいるわ。でもそういう悪魔達は完全に人間が立ち入らないような魔素の薄い秘境にこもっているからすぐに連絡を取ることは難しいわね」
「ではとりあえずこの聖域に住んでいる悪魔達を保護すればいいんだな。だが保護と言ってもどうするか…」
数少ない悪魔を保護することは人類滅亡を防ぐために必要な最重要案件だ。王家もそのことについて認識してはいるが、しかしこれまでの歴史からすぐにその政策へと舵を切ることは難しいだろう。
アーサーとてその心境は複雑なのだから保護と言っても簡単なことではない。
「それなら、これからは魔素中毒に陥りそうになったら私が魔素を吸収して治療出来るのですから、皆さんにはグラハドールのお城に住んでもらえばいいのでは??」
だが、サラはそんな周囲の心境などお構いなしに、ポンと手を打って思いついたことを口にした。
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