87 喉から手が出るほどに欲しい
「い、今、リモコンがピッて……。魔道具か動いた…!?」
サラはアーサーにすぐさま抱きかかえられたが、その間も握りしめたリモコンから目が離せない。
まさか自分には魔力があったのかと、あり得ない考えに至ったところで得意げな顔をしたレイメイがタネ明かしをしてくれた。
「驚かれたでしょう?ここにあるものはすべて電気の力で動いているので、魔力のない魔王様でも操作することが出来るのですよ」
「電気?」
「うそ……」
あまり馴染みのない単語にアーサーは訝しげな表情を浮かべているが、サラはまさかの事実を聞かされて驚きを隠せない。
「我々だって魔王様から数々の知識を頂戴しているのですよ。魔術との相性が良いのか、人間達が生み出す魔道具よりもずっと精巧に魔王様の知識を再現することが出来ていると自負しております。いかがですか?魔王様」
「はい……、はい!本当にすごいです!!
ここはまさに日本そのもの!魔力や魔素を必要とせず、誰でも使える家電を開発したところなんてめちゃくちゃポイント高いです!!」
「うっ…。サラ、カデンとはなんだ?」
サラがこれほど喜ぶ道具を自分以外の者が開発したという事実に嫉妬を隠せないアーサーはすぐに家電について尋ねる。
「あ、家電製品とは電気機械器具のことで、電気とは電子が移動する現象のことをいうんだった……かな?
レイメイさん、ここにある家電はどのようにして電気を通しているのですか?当たり前ですけどコンセントなんかありませんし…」
「はい、ここにある家電は魔術の一つである雷術を用いて動かしています。
雷術を家電に一週間に一度のペースで充填させなければならないので多少手間はかかりますが、今後はその頻度を二週間、一ヶ月と延ばすことが目標ですね」
「一週間に一度のペースでも素晴らしいですよ…っ!えっと、つまり、ここにある物ならば私でも使えるということは、もちろんアレも使えるということですよね!?」
「アレ…と言いますと?」
レイメイはサラが躊躇いがちに言うアレが何を指すのかいまいちピンと来ていない様子だったが、サラが自分で動かしたい魔道具など一つしかない。
「トイレですよ!ここのトイレなら私でも自分で水を流すことが出来ますか!?」
「ああ!トイレですか。もちろんですよ。というか今までどうして来られたのですか?」
「それはアーサー様のお力をお借りしてましたけれども…」
今でこそ毎日のことなので多少慣れては来たが、やはり恥ずかしいことには変わりはない。そしてこの恥ずかしさがなぜかアーサーにはまったく理解されないところがまたもどかしいのだ。
「それはなんと不憫な…。魔王様、お辛かったですね……」
どうやらレイメイは『好きな人にトイレの水を流してもらうことが恥ずかしい』という乙女心に共感してくれたようで、サラに憐れみの目を向けてくる。
「サラはいつもそのことを気にしているな?俺には何を気にしているのかがまったく分からないのだが…」
「うう…っ、そういうところですよアーサー様!なんでこの乙女心が伝わらないの…!?」
「魔王様、そんなご不便な環境で生活せずとも聖域にお越し下さればどこよりもストレスフリーな暮らしをお約束致しますよ」
「た、確かに……!!トイレ問題の一点に関してだけはそのお誘いにものすごく惹かれます…!!」
「サラ!?」
サラがうっかり本音を漏らしてしまったことで、またしてもアーサーの病みモードが発動した。
「どこにも行かせない…」とサラを抱くアーサーの腕にはますます力が籠もる。
もう少し懐かしい家電に触れたり部屋の中を探検したりしたかったが、こんなガチガチの拘束振りほどけないので諦めるしかない。トイレが羨まし過ぎて口を滑らせたサラの自業自得だった。
と、ここでやっと今後について話し合うという目的を思い出したサラ達は、コの字型ソファに各々腰を落ち着けた。サラはもちろんアーサーの膝の上だ。
「早速ですが、レイメイさん達はどこまで真実をご存知なのですか?」
「すべてですよ。魔王様が降臨されたのは我らを救うためであり、我らが絶滅すれば世界がどうなってしまうのか、そしてその理由についても全部聞き及んでおります。だから我々は必死になって種を繋いできたのです。
しかし千年前、魔王様は人間達を説得しに行くと仰られ、当時戦争を主導していた人間のリーダーがいる場所へと一人向かわれましたが、その後の消息は結局解らずじまいとなってしまいました…」
「あ、華さんはアルセリアの初代国王様と結ばれて監禁されてたから…。ここらへんの事情はご存知ではないのですね」
「監禁!?魔王様は監禁されていたのですか!?」
「いえ、愛ある監禁というか…華さんもその生活を満喫していた節はあります」
華からの手紙には世界を救う使命については書かれていたが、初代国王との馴れ初めや華がどのように生活していたのかは記されておらず、情報統制が敷かれていたこともあって彼女の生涯は謎に満ちている。
しかしそれほど発達していなかった当時の魔法技術でこたつだけは完璧に再現させていたあたり、ほぼ監禁のような状況すら喜んで受け入れのんびりしていたのではと予想している。
「そうですか……。魔王様は幸せだったのですね。あの方が最後に笑顔で人生を全う出来たのならばそれで良いのです。
我々のせいで魔王様が人間に捕まってしまったのではなくて本当に良かった」
「レイメイさん…」
「人間達を説得しに行く」と言って悪魔達の元を離れた華が、のちの初代国王と出会い恋に落ちて結ばれたことが悪魔達の目にどう映ったのか気になっていたが、レイメイは華が幸せだったと聞いてを心から喜んでいるようだ。
「―――そして我々は魔王ハナ様から貴女様の存在も聞かされております。『いつになるかは分からないが必ずもう一人、自分と同じような人間が現れる。真に悪魔を救うのはその人物である』、と。我らは千年貴女様を待ち続けました」
「そうだったのですね…。先ほども言いましたが私達は協力し合わなければ生き残ることは出来ないのです。いわば一蓮托生。どのように共存していくのか、これから一緒に考えましょう」
「…はい!」
サラの頼もしい言葉に希望の光を見たレイメイは力強く頷いた。
と、ここでサラを呼ぶ声が遠くから微かに聞こえてきて何事かと三人は顔を上げる。
「―――魔王様ぁ〜〜!!」
話していた部屋の窓から小鳥がピュンと飛び込んで来たかと思えば、その姿はたちまちアゲハへと変化した。
「えっ、アゲハさん!?先ほどヤマトさんに着いて行かれてましたが、どうかなさりましたか?」
「魔王様!ありがとうございます!!ヤマトはついさっき目を覚ましました!!…っ、私……彼に何かあれば、もう……どうすればいいのか、と……」
跪いてサラの手を額に当てて感謝の言葉を捧げるアゲハの頬には涙が幾筋も流れていた。
「アゲハさんとヤマトさんは…」
「ヤマトは私の夫です。魔素中毒に苦しむ彼を見ていることは本当に辛かった…!魔王様、彼を救って下さり感謝申し上げます!!」
「そうだったのですね…!ヤマトさんを助けることが出来て本当に良かったです…!」
悪魔にも大事な人や愛する人がいて一日一日を一生懸命生きている。
サラは改めてそんな彼らの日常を守りたいと強く思った。
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