85 聖域へ
サラを膝に乗せたまま腕を組んで椅子にもたれるアーサーと、仏頂面のアゲハとの間には静かに険悪な空気が流れている。
アーサーとて好きでこれほどの魔力を身に宿して生まれてきたわけではないので言い掛かりをつけられていると感じるだろうし、しかしアゲハ達にしてみれば奇跡の木が枯れるということはいわば生命線を絶たれてしまったも同然なので、その原因であるアーサーに対し一言言ってやらなければどうしても気が済まなかったのだろう。サラにはどちらの気持ちも理解出来る。
「悪魔の皆さんがラナテスに住んでいて大事な奇跡の木が枯れてしまったということは分かりました」
「奥様…この重い空気をもろともせず話を進めようとするとはさすがすぎる…」
サラはヴァンがボソッ呟いた言葉を無視してサクサクと話を進めていく。時は金なり、時間は有限なのだ。
「ヤマトさんは奇跡の木が枯れてしまったので、聖女様の研究をしていてなおかつ最先端の情報が手に入るであろうノエル殿下に目をつけ入れ替わったのですね」
「はい…。私達にとっても王族に手を出すことは危険な賭けでしたが、薬がなくなってしまった以上何もせずにいればやがて魔素中毒に陥り、破壊衝動を抑えられなくなった末に人間を襲って―――そして悪魔は今度こそ根絶やしにされていたことでしょう」
「ヤマトさんはそんな未来を回避するため勇敢にも王宮に潜入したのですね。そして魔素中毒に陥り、薬もなく凶暴化に苦しんでいる、と…。
分かりました。私ならヤマトさんの魔素を吸収出来ると思いますので、私を貴女達の聖域に連れて行って下さい」
「っ、魔王様…!!ありがとうございます…!!」
「サラ!?何を言っているんだ、悪魔達の住処に行くなんて危険過ぎる!!」
アゲハはサラの言葉に感極まって喜びの表情を見せたが、一方のアーサーは「悪魔のアジトになど絶対に行かせない」と言わんばかりに、サラを抱く腕に力を込める。
サラはアーサーの腕をペシペシと叩いて抗議するも、どうやら過保護な旦那様は妻を離すつもりはないらしい。筋肉質な腕がもっとがっちりホールドしてくるだけで終わったので、サラは諦めてため息をつく。
「いいですか、アーサー様?今は二種族間で争っている場合ではないのですよ。
人間と悪魔はお互いがお互いにとってなくてはならない存在なのですから、ヤマトさんが魔素で苦しんでいるというのなら助けて差し上げなくては」
「うっ………………………………………………。わ、分かった…」
サラに説得されたアーサーが長い長い葛藤の末に渋々頷くと、部屋にいる面々が我先にと手を挙げ出した。
「悪魔の本拠地に行くのならお供します!」
「俺が行きますよ!俺は奥様の護衛ですから!」
「ヴァンは王都にも着いて行っただろ!?ずるいんだよ代われよ!」
「お前達じゃ悪魔も警戒するじゃろうて、ここは年寄りのわしが行こう」
「いやいや、こんな時だけ年寄りアピールするなよトムじい!」
誰が一緒に聖域に行くかで部屋にいる騎士達が揉め出して収集がつかなくなっているが、そんな中アゲハは遠慮がちに手を挙げて聖域の状況を説明する。
「ちょっと待って…っ、あんた達みたいに無意識に魔素を垂れ流す高魔力者達をゾロゾロと聖域に連れて行けないわ!本当な魔王様だけお連れしたいけれど……それはこの男が絶対に許さないだろうし」
アゲハは「この男」と言ってアーサーの方へチラリと自然を向けると、アーサーは当然とばかりに頷く。
「とにかく聖域の魔素量をこれ以上増やせない。魔王様に同行するのは辺境伯だけにしてちょうだい」
サラが魔を吸収する力を使えば高魔力者を連れて言っても問題ないとは思うが、これ以上魔素中毒に苦しむ悪魔を増やさないためにも念の為、アゲハの言う通り聖域にはサラとアーサーだけが赴くこととなった。
***
「ここが聖域か?」
サラ達は今アゲハの案内に従いラナテス森林の中、北の国との国境沿いあたりまでやって来ていた。
ヤマトには一刻の猶予も残されていないと言うのでアーサーはサラを抱き、アゲハは鷲のような猛禽類に変化し空を飛んで三人はここまで一直線に辿り着いた。
降り立った場所には木々以外に何もなく、アーサーにはとても誰かが住む集落があるようには見えない。しかしサラは目を輝かせて感嘆の声を上げている。
「わぁ……!!ここが聖域ですか……!」
サラもアーサーに付き添われて何度かラナテスに入っているが、もちろんこんなに奥深くまで来たことはなかったので聖域の存在には気付かなかった。
「サラには何か見えるのか?」
「あ、そっか、アーサー様には見えていないのですね」
「ここは幻術でなにもないように見せています。魔王様の瞳の前では通用しないようですが。少々お待ち下さい」
そう言ったアゲハが何もない空間に手を翳すと目の前の景色がぐにゃりと歪み、まったく違う世界がそこに現れた。
「これは…!」
アーサーが驚くのも無理はない。幻術が解かれたその場所にはここがラナテスとは思えない、おとぎ話に出てくるような世界が広がっていたのだから。
まず一番最初に目に飛び込んで来るのは、少し遠くにある広場のように開けたスペースの真ん中にどーんとそびえ立つ大樹だ。
どれほどの時を刻めばこれほどの太い幹が出来上がるのか分からない。
いや、華の力で生まれた種がここまで成長したのだから約千年―――茶色く変色した葉はほとんど枯れ落ち、腐った実がいくつかぶら下がっているだけのこの大樹が、アゲハの言っていた“奇跡の木”なのだろう。
そんな奇跡の木を囲うように集落は広がっているのだが、悪魔達の住まいは地面の上に作られた家屋ではなく、立派な木の上に建てられたツリーハウスが生活拠点のようだ。その数は見た限りおよそ十数棟。
千年前絶滅寸前にまで追い込まれた彼らの生き残りは思っている以上に少ないのかもしれない。
これ以上悪魔の数を減らしてはいけないと、魔素中毒で苦しんでいるヤマトの元まで早足で向かう。
魔素中毒が死因になる、というよりかは魔素中毒の治療過程で衰弱死してしまうケースが多いらしい。
聖域の中は歩きやすいようにレンガで舗装されており、小道の奥には小さいながらも畑まであって収穫の時をいまかいまかと待ちわびるように作物が豊かに実っている。
「……」
ここは悪魔達が安心して暮らせるまさに“聖域”なのだ。しかしこんなに狭く限られた場所で息を潜めるようにして暮らさなくてはならない彼らが不憫でならない。
なぜ世界はこうなってしまったのだろうか。誰が悪いという話ではなかったが、些細なボタンの掛け違えというにはあまりにも悪魔の犠牲が大き過ぎた。
「―――魔王様、こちらです!」
アゲハの案内でサラとアーサーは枯れた奇跡の木が立つ聖域の中心地とも言える広場へとやってきたのだが、そこには二十人ほどの人だかりが出来ていた。
「皆!!魔王様をお連れしたわよ!!」
「アゲハ!?お前、このクソ大変な時に一体どこほっつき歩いて―――!?おい、そいつらは人間じゃないか!!」
アゲハの声に振り向いた三十歳くらいの細目の男は、ヤマトの身体に蓄積された魔素を外部から抜く作業を手伝いもせず無断で聖域を不在にしていたアゲハを怒鳴りつけるが、サラとアーサーの存在に気付くと目を見開いて驚愕の声をあげる。
「なに!?人間だと!?」
「な、なぜこの場所が…まさかアゲハ、お前が!?」
どうやらここにいる悪魔達は奇跡の木の下で寝かされているヤマトを救うために集まっていたようだ。
何やら作業をしていたようだが全員その手を止めて臨戦態勢に入る。
「ちょ、ちょっと待ってよ皆!!私は魔王様をお連れしたのよ!?」
「魔素中毒で朦朧としてるヤマトの戯言を信じたっていうのか?奇跡の木が枯れたタイミングで都合良く魔王様が現れるなんて、そんなのただの願望だろう!」
「こんな時に…っ、クソッ!!人間なんか殺せ!!」
悪魔のこの言葉にアーサーはピクリと反応するとサラを抱えた腕とは反対の手に魔力を練り上げる。
言うまでもないが当然のようにサラはアーサーに抱っこされている。
「アーサー様、大丈夫ですよ。彼らの周囲の魔素はすでに吸収していますので魔術はほとんど使えないはずです」
「………は?」
悪魔達とアーサーの間に一触即発の緊迫した空気が漂っていたが、サラの「魔術はほとんど使えない」という言葉に一瞬ポカンとした悪魔達は慌てて魔術を発動しようとするも本当に何も起こらない。
「え……どうなっているんだ…」
「魔術が使えない…!?っ、しまった!魔術が使えないとヤマトが―――!」
「それも大丈夫ですよ。ほら!」
サラの指さす方に視線を向けた悪魔達は、容態が落ち着いて穏やかな顔で眠るヤマトの姿を見てさらに驚愕した。
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