83 潜入
ケリーは魔術を発動しようとするも、パチパチと静電気が発生する程度の力しか使えずに困惑する。
「そ、そんな……なんで!?」
これではサラを気絶させて城の外へ連れ出すことは出来ない。焦ったケリーは魔素を集めることに集中し過ぎるあまり、サラの動きに反応が遅れてしまう。
「っ!?しまっ―――」
サラは護身術の型を使いケリーに掴まれた手を振り払うとサッと距離を取った。
「―――お前はあの男からサラの“目”について聞いていないのか?」
いつの間にかサラの隣にはアーサーが立っており、ケリーはここでようやく周りを数十人の騎士達に囲まれていることに気が付く。
―――しまった…!!これは罠だったのか…!!
高魔力者で溢れ返った城の中だというのになぜか魔術発動に必要な魔素が少なく、新たな魔術が使えないどころか自身にかけていた変化の術すらも解けて悪魔は本来の姿に戻ってしまう。
「くそっ…!!!」
ケリーに化けていた悪魔はまだ年若い女で、ポニーテールにしている黒い髪を揺らしながら忙しなく周囲を見回してはどこかに隙はないかと逃げ道を探す。
「無駄だ。魔素もない状態でここから逃げられると思うなよ」
アーサーはサラに作戦を聞かされてからというものずっと気が気ではなかったが、サラを自身の腕の中にしまい込んだことでようやく落ち着くことが出来た。
「悪魔さん、私に変化の術は通用しませんよ。なので貴女が三日前からケリー様に化けて潜入していることには気づいていました」
「あれほど悪魔には気をつけろと言ったのに、ケリーがまんまと混沌させられすり替わられたのは想定外だったがな」
「うっ…!返す言葉もございません…!本当に本当に申し訳ございませんでした!!」
アーサーの後ろでは心底落ち込んだ様子のケリーがペコペコと頭を下げている。
「えっ……なんで!?あんたは私が仮死状態にしたはずなのに!」
悪魔はケリーの姿を目にして仮死状態が解けていることに目を見開いて驚いている。
「私はグラハドールに帰ってきてから無駄に城を散歩していたわけではないのですよ。悪魔がどこかに潜んでいないかパトロールをしていたのです!
その時に貴女を見つけました。私には誰に化けているのか分からないのでアーサー様に確認すると『ケリーの姿をしている』というので、急いで魔力を辿ってもらって眠らされているケリー様を保護したのです」
「どうやら潜入している悪魔はお前一人のようだったが、中々動きを見せないからといってサラが囮を願い出た時は心配のあまりお前を殺しそうになった」
「もう、アーサー様ったら。そりゃあ彼女を殺せば私が囮になる必要はないかもしれませんが生け捕りにすると決めたではないですか」
「しかしサラを危険に晒して万が一のことがあれば世界の滅亡など忘れて悪魔を根絶やしにしてしまうだろう」
アーサーはそう言うと腕の中にいるサラをぎゅっと抱き締め頬に口づけた。途端に真っ赤になったサラは頬を押さえて猛抗議する。
「あ、アーサー様!?ひひひ人前ですよ!こんなに緊迫した空気の中何をなさっているのですか!!」
「すまない。サラが俺の腕の中にいる幸せを確かめていた。断腸の思いで囮の作戦を受け入れたのだから頬への口づけくらいは許してほしい」
「ず、ずるい…!そう言われると怒りにくいです…」
「―――いやいや、お二人とも悪魔を前に何イチャついてるんすか!こっちはケリーがいきなり黒髪の女に変わって悪魔って本当にいたんだなってびっくりしているところだっていうのに!!」
「あ、すみません…!」
悪魔を仲間達と共に包囲しているジャックに突っ込まれたサラはまたまた猛省する。ところ構わずアーサーしか見えなくなる癖をどうにかしなければ空気の読めないバカ夫婦になってしまう。
一方悪魔はというと魔術が使えなければそこらへんの人間よりも弱いわけで、そんな中高魔力者達に囲まれてしまった絶体絶命のピンチにガタガタと震えており、サラとアーサーによるバカ夫婦のやり取りなど一切目に入っていなかった。
―――ど、どうしよう……!!魔核を探すために生きたまま切り刻まれて殺されてしまうっ……!
いっそのこと魔核の位置を自ら教えて一思いに殺してほしいと懇願するべきかと、悪魔が絶望の中最後の手段としてそんなことを考えた時、目の前にサラの白く細い手が差し伸べられた。
「改めてまして、こんにちは悪魔さん。私達は話し合う必要があると思うのです。
貴女に危害を加えないとお約束しますから、どうか私の手を取ってはもらえませんか?」
「ぁ………」
生きるか死ぬかという極限の状態まで追い詰められた悪魔にとってサラの言葉は地獄に垂らされた一本の糸だ。悪魔は縋るようにして差し伸べられたサラの手を取った。
***
「まずは自己紹介でもしましょうか!私はサラ・グラハドールです。貴女のお名前は何ですか?」
「…あ、アゲハ、です……」
「アゲハさん!良いお名前ですね。もしかして華さんが残した言葉が由来となっているのですか?」
「っ!、そうなのです。魔王様が我らの祖先に名を付けて下さったのですが、今もその名を引き継いで―――」
「サラ。あまり悪魔と馴れ合ってはいけない。まだ話がどう転ぶが分からないのだからな」
潜入していた悪魔から詳しい話を聞くため場所を外から城の一室へと移したまではよかったのだが、周囲を高魔力者の騎士達に囲まれたままの悪魔はいまだ顔色悪く震えている。
まずは緊張を解そうかと思って雑談から入ったのだがアーサーに「気を許すな」と止められてしまった。
「もう、アーサー様ったら。大丈夫ですよ、アゲハさんはこんなにも大人しいではないですか」
「あ……、確かに…。魔王様のお側は魔素が薄いせいか、身を狂わすような破壊衝動や凶暴性が今はとても落ち着いています…」
アゲハは悪魔の特有の黒髪に赤い瞳を持っているが、残忍とは程遠い可哀想なほど怯えきっているその姿は、周囲にいる騎士達の方が悪者に見えるくらいに弱々しかった。
「なるほどなるほど。やはり“魔を吸い取る力”の使い方として私のやり方は間違っていなかったようですね!ケリー様に掛けられていた仮死状態の魔術も魔素を吸い取るイメージで解除出来ましたし」
サラは華の日記を読んで自身が持つ力を知ってからというもの、ただ何もせず日々を過ごしていたわけではない。
サラだけが持つ“魔を吸い取る力”とはどういうものなのか、アーサーの協力を得て色々と試行錯誤しながら確かめる作業をずっと繰り返してきたのだ。
しかし魔素という目に見えないものにアプローチする作業というのは正解が解らず苦戦した。
華の能力である“願った効果が付与された植物の種を創り出す力”を参考にして、魔素を吸収するイメージで空気中に手をかざしてみたりしたのだが当然何も起こらないし、サラ自身何かを吸い込んでいるような感覚もない。
こんな感じでよく分からないなりに試行錯誤しながら城のあちこちに赴いては魔素を吸収し続けてきた。
しかしそれも仮死状態になっていたケリーの周囲の魔素を吸収するとその状態が解けたことや、アゲハの「魔素が薄い」という証言によってサラの力の効果が証明されたというわけだった。
「やはり貴女様は本当に魔王様なのですね…!」
アゲハは感極まって瞳に涙を浮かべているが、サラはその様子に「ん?」と疑問を抱く。
「アゲハさんはこの国の王子様にずっと化けていた男の方に私のことを聞いて攫いに来たのではないのですか?」
「あ……ヤマトは……っ、」
「あの方はヤマトさんと仰るのですね。一緒には来なかったのですか?………ヤマトさんに何かあったのですか?」
サラは段々と瞳に溜まった涙が溢れ落ちそうになっていくアゲハの様子が気になって優しく尋ねる。するとアゲハは声を詰まらせながら懇願してきた。
「…っ、魔王様!どうか、どうかヤマトをお助け下さい…!!彼にはもう時間がないのです…っ!!」
お読み頂きありがとうございます! どのような評価でも構いませんので☆☆☆☆☆からポイントを入れて下さると作者が喜びます!! よろしくお願い致します(人•͈ᴗ•͈)