8 運命の日
「閣下達がラナテスへと入られて今日で三日目かぁ…。そろそろ帰還なされる頃かな?」
「そうだな〜。閣下のことだから新人騎士をしごくためわざと時間かけた結果、帰還は明日になるに一票」
「俺もその意見に一票!」
ハハハと笑い合いながらヴァンとその仲間達は談笑していた。今は日々の日課である地獄の鍛錬、その束の間の休憩中だ。
「それにしても、閣下のご結婚には本当驚かされたよなぁ…」
「俺はまだ信じてないぜ!高魔力者が結婚なんて出来るわけねぇじゃん」
「でもさ、ヴァンは実際に奥様とお会いしたんだろ!?」
「……」
話を振られたヴァンは一気に不機嫌となる。
正直、サラとかいうあのいけ好かない女の話はしたくなかった。辺境に嫁いできた身でありながら領地を守る騎士達に向かって「目が潰れる」なんてひどい暴言を吐いたのだから。
アーサーはヴァンの憧れであり幸せになってもらいたいと心から願うが、あの女だけはどうしても受け入れられない。
「…………な、閣下が奥様を監禁しているって話、本当かな?」
仲間の一人が声を潜めつつも興味津々な顔でこちらを見てくるものだから、ヴァンは溜め息をつきつつも教えてやった。
「……本当だ。閣下はご自身の部屋に奥様を閉じ込めて外には一生出さないと仰った」
「「「…!!」」」
真偽がはっきりしてしまうと一気にコメントしずらくなる内容だ。「それって犯罪じゃね…?」なんて思ったとしても馬鹿正直に口に出すわけにもいかない。
「……別にいいんじゃない?奥様は俺達を迫害してきた側の人種だから絶対に相容れない。それならお互いに一生顔を合わせることがない方が平和だし、ストレスもかからないっしょ」
ヴァンはアーサーの「サラ監禁」に大賛成だ。
表をウロウロされてあちこちで暴言を吐き気絶されでもしたら、軍の士気が下がって仕方ない。
「じゃあ、つまり……あそこに女の人、が………?」
ヴァンと同い年のケリーが、そわそわしながらアーサーの部屋がある五階をチラチラと見ている。
「馬鹿、手を出すなよ。閣下に殺される以上の苦しみを与えられっぞ。あの方は奥様にひどく執着なさっている」
「わ、分かってるよ!!俺はそんな命知らずじゃねーし!!嘘でもそんな恐ろしいこと言わないでくれよぉ!!」
ヴァンの脅しに小心者のケリーはもう半泣きだ。この発言が回り回ってアーサーの耳にでも入れば―――ケリーは丁寧に切り刻まれた末、容赦なく魔獣の餌にされてしまうことだろう。
「それにしても閣下不在の部屋にもう三日も監……滞在されてるわけだろ?魔獣の討伐状況をお伝えしたり、ご不便がないか扉の外からでも確認した方がいいんじゃないか?」
「いらねーよ。閣下の部屋は最新の魔道具で溢れてるって言うし、案外お一人の生活を満喫されてるんじゃねーの?それに外から声を掛けただけで悲鳴でもあげられたら胸糞悪りーだろ。
それに討伐状況を知らせたところで、奥様が閣下のお戻りを指折り数えて待っていると思うか?」
他の仲間が言葉を濁しつつ監禁されているサラを慮れば、ヴァンがすかさず否定の言葉を入れる。
監禁まがいの扱いを受けている女に、閣下はもうすぐ帰ってきますよ〜なんて教えたところでこれほど恐怖を煽る知らせはないだろう。
あの時サラはすぐに気を失ってしまったので、ヴァンは二人の目が合ったことや、普通に会話出来る関係性であることを知らないので、サラはアーサーに怯えていると当たり前に思い込んでいた。
「閣下も早ければ今日か明日には戻られる。俺達が一生会うこともない奥様に気を回す必要なんかねーよ。それより、もう訓練に戻るぞ」
「そう、だな。俺達が心配することじゃないな!」
無理やり明るい雰囲気を作り、そう結論付けたヴァン達はまた厳しい鍛錬を再開すべく広場へと戻って行った。
後にこの時の判断を、ヴァンは文字通り死ぬほど後悔することとなる。
***
アーサーが災害クラスの魔物を討伐し帰還したのは、城を出たあの日から実に一週間後のことだった。
最悪なことに暴れていた大型魔物は番を得ていた。
そうとは知らず、対象の魔物を倒す方法を新人達に丁寧にレクチャーし、野営の仕方や危険な森で夜を明かす体験などをさせてからいざ倒そうとなった時、オスの番が出てきたものだから体制を立て直すのに時間が掛かってしまったのだ。
「災害」クラスの大型を二体相手取るには騎士達の人数がまったく足りておらず、しかし今回はアーサーがいるのでさっさと片付けることも出来たがそれでは騎士達の成長に繋がらない。
アーサーは早く帰ってサラの顔が見たいと葛藤したが、そこはぐっと我慢して後方支援に徹し、時にフォローし、騎士達が安全に魔物討伐を完遂出来るよう見守った。
そのせいで七日もかかってしまったが新人騎士達の能力向上や自信に繋がったので、軍のトップとしては歓迎すべきことだったのだろう。
アーサーは急いで城の階段を駆け上がり自室を目指す。七日も部屋に放置されたサラは心細い思いをしているに違いない。
「サラ!」
魔力を通してドアを開けると、まず書類が積まれた大きな執務机が目に入る。その右手奥にいきなりベッドが配置されているのは、無駄を嫌うアーサーが部屋を分けずに同じ空間に必要な物を詰め込んでいるからだ。
よってひと目でどこに何があるか確認出来る部屋なのだが―――見える範囲にサラの姿はない。
「―――っ、」
アーサーは続けて風呂場やトイレ、クローゼットの扉に魔力を流して乱暴に開けていく。
「……っ!まさか」
アーサーは信じられない気持ちでバルコニーに繋がるガラスがはめ込まれた扉に手を掛けた。
―――カチャ…
「っ!!、サラ!!!」
アーサーは扉を大きく開け放つとバルコニーへと飛び出し、手すりから身を乗り出して遥か下の地上を見下ろす。
「……っ、」
地上にはなにもない。とりあえずサラは転落したわけではない、とアーサーは安堵の息を吐くも、しかしすぐに手すりをギリ…と握り締め怒りに身を震わせる。
高魔力者以外の者は大掛かりな魔法を使うことが出来ず、使えたとしてもせいぜい小物を浮かせるくらいの風魔法か、コップ1杯程度の水を生み出す水魔法か、指先に灯るくらいの炎を出せる火魔法くらいだ。
よって、サラが自力で五階のバルコニーから降りたとは考えられない。
―――誰だ………誰がサラを連れ去った!!!
アーサーは幼少以来の魔力暴走を起こした。
荒れ狂う魔力が城中を衝撃波のように駆け巡り、高魔力者でも耐えられないほどの負荷を与える。
城に詰めていた騎士達のほとんどがアーサーの暴力的な魔力に当てられ意識を刈り取られた。
「―――っ!閣下!!落ち着いて下さい!!閣下!!!このままでは死人が出ます!!!」
アーサーの次に魔力量の多いブラッドはアーサーの魔力になんとか耐え切り、意識を遺したまま這うようにして部屋へと入ってくるが、魔力の渦の中心にいるアーサーの耳には制止の言葉など届かない。
「っ、閣下!!奥様が、サラ様が死んでしまっても良いのですか!!?」
「―――!」
サラ、と聞こえたアーサーは瞬時に魔力を抑え込み床に這いつくばるブラッドの首元を両手で掴み締め上げる。
「サラはどこだ!!!」
軍のトップとナンバーツーが同時に城を離れるわけにはいかないので、今回の討伐にブラッドは同行していない。
―――そうだ、ブラッドだ。こいつならサラの行方を知っているはず。
そう考えたアーサーは右手にブィィ――ンと高濃度の魔力を集め、ブラッドの頭上へと伸ばし、脳がイカれることは承知で記憶を引き出すべく探索魔法を発動しようとする。
「っ、閣下!!サラ様がいないのですね!?今ここで私を廃人にしたところでサラ様は見つかりませんよ!!
一度冷静になって捜索にあたるべきです!!私の記憶を引き出すのはすべての手を打ち、それでもサラ様が見つからなかった後にして下さい!!!」
「―――」
ブラッドがアーサーの目を見て伝えてきたことで、頭に上っていた熱が少しだけ下がる。
ブラッドはすぐに目を背けたが、アーサーの顔のあまりの醜さ、恐ろしさに堪らず嘔吐した。
「うぅっ、ぉえぇ…げほっ、ゴホッ!」
アーサーは大ダメージを受けたブラッドへおざなりな治癒魔法を掛けると、状況を端的に伝える。
「サラがどこにもいない。部屋に何者かが侵入した形跡はなかった。しかしバルコニーに繋がる扉の鍵が空いていたから外から誰かがサラを連れ去ったんだ!」
「うぅっ……、はぁ、はぁ……、閣下、お、落ち着いて、下さい…!!この城に閣下の奥方様と分かっていながらサラ様に手を出す命知らずな人間は絶対におりません!!」
治癒魔法をかけられたところでアーサーの顔を見てしまった衝撃までは癒せない。それでもブラッドは青い顔でなんとか立ち上がりアーサーを説得するも、その足取りは覚束ない。
「はぁ、はぁ、…!まず…、部屋の状況を確認致しましょう…!食事や、使われた衣服の量で、サラ様がいつ頃までこの部屋におられたのか、ある程度判断出来るはずです!!」
「!」
ブラッドの言葉にアーサーはようやく正気に戻り、冷蔵保管魔道具の前まで足早に移動すると手を翳してタッチパネルを起動させ、サラが取り出したであろう料理の確認をする。
「………なぜだ」
アーサーは驚愕の表情で部屋中の魔道具を確認していく。その様子は鬼気迫っており、少し回復してきたブラッドは訝しげな声を上げる。
「閣下、いかが…」
「使われていない」
「え?」
「この部屋にある魔道具はどれも、一度だって使われていない!!」
「!?」
服が大量に入った袋を確認するも、開けられた形跡はあるが最初に何が入っていたのか知らなかった為、これらから分かる情報はなかった。
「どういうことだ……?魔道具を使用しなければ食事やトイレ、水を飲むことすら出来なかったはずだ!」
「閣下、とりあえず気を失ったやつらを起こして事情を聞きましょう。何か知っている者がいるかもしれません」
「……っ、分かった」
こういう時こそ冷静にならなければと、アーサーはブラッドに言われたことを反芻しながら自室を飛び出した。
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