74 献身
「―――サラ、もういいのか?」
「はい!満足のいく結果になったかなと思います」
ケリーにはお前が殺したから“サラ”はもういないのだと伝えたが、実は“サラ”はやっぱり今もサラの中にいるような気がしてならなかった。なぜなら、ケリーを見ていると胸が張り裂けそうなほどに父親を求める感情が浮かび上がってくるからだ。
頭ではどう追い詰めてやろうかと冷静に残酷に考えているのに、心が「寂しい」「側にいて」と訴えかけているような不思議な感覚。
これはきっとサラの中にいる“サラ”が父親を求める気持ちなのではないだろうか。
今回は“サラ”の気持ちを無視してケリーに復讐することを優先したが、もしもあのどうしようもない糞親父に本当に“サラ”に償うつもりがあるというのならば、この気持ちに免じてチャンスをあげてもいいかと思っている。
サラは「お父様の今後の頑張りに期待しましょうね」と心の中の“サラ”に呟くとアーサーの腕に手をかけ、もう行きましょうと合図を送る。心配性なアーサーが手を出さずに見守ってくれていたことにも感謝だ。
「義母上。この後に陛下との謁見を控えているので申し訳ないがあの男を任せてもいいだろうか?」
「―――えっ、あっ、はい。もちろんです。責任を持って連れて帰りますわ」
イザベラは刃傷沙汰からの制圧にケリーの号泣と、目まぐるしく流れていく一連の光景にポカンとしていたが、アーサーに声を掛けられたことでハッと我に返り目を吊り上げてケリーの後始末を請け負う。
「お母さん。あの人、廃人になっちゃうかもしれないけど…ごめんね?困ったことがあったらすぐに連絡してね」
ケリーの心を修復不可能なほどにへし折ってやると決めてはいたが、抜け殻のようになった男の世話を任されるイザベラのことまでは考えておらず、サラはいまだ床にうつ伏せで転がったまま微動だにしないケリーにちらりと視線を向けたあと、そのことが途端に申し訳なくなり謝罪する。
「いいのよ。サラには旦那様に対して何をしても何を言っても許される権利があるもの。それだけ旦那様が貴女にしたことの罪は大きい」
「お母さん…」
「ただ……私があの人を支えることを許してくれないかしら?どうしようもなく馬鹿で駄目で自分勝手な人だけど、これだけ一緒にいれば情が湧いてきちゃうのよね…」
ケリーのしたことが正しいとは思わないが、イザベラにはケリーの抱えている葛藤や苦しみも多少理解している。
昨日、王家が“聖女様が見つかった”と国中に御触れを出した。
サラののんびりとしたこの顔を見るに事の重大さをまったく理解していないだろうが、一夜にして“サラ・グラハドール”の名を知らない者など存在しないほど人々の関心は“聖女様”にある。
ケリーはサラが聖女だと知るとガタガタと震え出した。彼が抱いた感情は容易に想像がつく。恐怖だ。
サラが王宮にいると知るやいなやすぐに向かおうとするケリーを説得して、イザベラは朝一番王宮へと「娘に会わせてほしい」としたためた手紙を出した。なぜこんなことになったのかはまったく分からないが、いまや伝説の聖女様となったサラに親だからと言ってすぐに会えるとは思っていなかったが意外にもすぐに承諾の返事が返ってきた。
そして急いで馬車を走らせ王宮にやってきたまではよかったのだが、てっきり謝罪するための面会だと思っていたのにケリーがいきなりペーパーナイフを振り回したことには驚いたし呆れもしたが、これでようやく自分の罪と向き合う覚悟が出来たのではないだろうかとも思う。
これからのハルベリー家の行く末は大体想像がついているが、サムは実家に預けるとして、イザベラは待ち受ける困難に逃げることなく立ち向かうと決めていた。
「―――まだ陛下との謁見まで時間はある。久しぶりに会ったのだから馬車止めまで義母上をお見送りしてはどうだ?」
「えっ、いえ、そのようなこと」
「時間に余裕があるなら行きたいです!お母さん、行こう!」
「あそこで放心している子爵は衛兵に言って後ほど家に届けさせよう」
無邪気にイザベラの手をぐいぐいと引っ張るサラとは違い、アーサーは正しく聖女の影響力を理解している。悪魔出現に対する恐怖など吹き飛ばす勢いで、今頃王国民は聖女の降臨に熱狂しているはずだ。
そして聖女であるサラを冷遇していたハルベリー家の末路は悲惨なものになるだろう。最悪取り潰される可能性すらある。
しかしサラがイザベラと並んで親しげに王宮を歩くことで、少なくともイザベラに対する風当たりは弱くなるはずだ。
アーサーの意図を正しく察したイザベラは「…御配慮に感謝致します」と言って頭を下げた。その眼光は鋭くまったく感謝を述べている顔には見えなかったが、これがイザベラの通常運転だ。
イザベラとサラの母娘は腕を組みながら時折笑い声を上げたりして仲睦まじく王宮の廊下を歩いた。
アーサーはそんなサラを一歩下がった後ろから見守っている。
この姿は一目でも聖女様に会えないかと無駄に王宮にやってきていた高位貴族達の目に止まった。
サラと並んで歩くイザベラのことはすぐに調べ尽くされ、父親とは違ってどうやらサラと良好な関係を築いているようだと判断され、この出来事がきっかけでハルベリーは存続が決まったと言っても過言ではなかった。
サラはイザベラを見送った後また聖女専用特別室へと戻り、陛下との謁見の時をいまかいまかと緊張しながら待っていた。
サラが今まで出会った中で一番偉い人といえば校長先生くらいなので、そう考えれば国王陛下との謁見なんて手足が同時に出てそのままもつれ転びそうなほど心臓に悪いイベントだ。
「はぁ…!なんだかドキドキしてきました…!!うまくできるでしょうか…?」
「大丈夫だ。陛下はそれほど恐ろしい人ではない。それに何があっても俺が隣にいるのだから恐れるものなど何もないだろう?」
「ふふっ、確かにそうですね。アーサー様にそう言ってもらえるとなんでもうまくいきそうな気がしてきました」
「………んん゛っ。……俺もいるってこともお忘れなく」
謁見の前で緊張するといいながらまったくそんな風には見えず、隙あればすぐに二人でイチャイチャしようとするサラとアーサーのやり取りを見せられるヴァンとしてはすでに食傷気味だ。いつの間にか呼び方も「辺境伯様」から「アーサー様」へとチェンジしているし本当にバカップルぶりがひどい。ヴァンはそんな二人に咳払いで自分の存在を主張しておいた。
しばらくして扉をノックする音が聞こえ、セインとノエル、ネメルが部屋と入室してきた。
「聖女様、おはようございます。昨夜はよく眠れましたか?
先ほどまでハルベリー子爵と面会されていたとか。聖女様を監禁虐待しておきながら王宮までのこのこと会いに来る子爵の面の皮の厚さにはいっそのこと感服しましたね。聖女様の意思を尊重してさしあげたいと思い面会を許可しましたが……ご負担にはなっていませんか?」
セインは虐待をうけていた相手に会ったことでサラがトラウマを思い出していないかと、心配そうな眼差しを向けてくる。
「あ、いえ…ご心配頂きありがとうございます。私は大丈夫です」
ご負担もなにも、サラは自由気ままな森小屋生活を満喫していただけだし、三歳までのサラを傷付けた復讐だってきっちりと済ませた。
あのまま病んで使いものにならなくなるまで追い込んだ自覚のあるサラは、セインに痛ましい者を見る目を向けられ居た堪れなくなった。
「生きる屍みたいになっていたあの男は雑に馬車に放り込んで帰しておきましたよ!本来ならば子爵の行いは万死に値しますけど、アーサーがちゃんと痛めつけてくれたみたいなので今回は見逃しました」
「あ………はい……」
放心状態で床に横たわる子爵を見たノエルはアーサーの報復の仕業だと信じて疑わなかったが、実際にケリーをあそこまで追い詰めたのはサラだ。
「聖女的に父親を廃人にしようとするのはどうなんだろう?」と思い、サラは本当のことを言えず言葉を濁した。
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