73 復讐
「なぜ……、なぜお前だけがそんな幸せそうな顔で笑うことが出来るんだ……!!」
ケリーの悲痛な叫びが豪華な部屋に響き渡る。
アーサーがここは各国の要人との会談にも使用される部屋だと教えてくれたように、部屋の真ん中には十メートルはあろうかという重厚なテーブルがドーンと置かれ、お誕生日席(?)の後ろにはこれまた巨大な暖炉とアルセリアの国旗が飾られている。
置かれている調度品一つとってみても、その素材や精巧さから贅を尽くした逸品であることがうかがえ、ここは国の権威をかけて誂えた物が集合した部屋なんだなという印象を受けた。
そんな豪華絢爛な部屋で一際異質なオーラを放っているのがケリー・ハルベリーだった。
イザベラしか目に入らなかったサラはすぐには気付かなかったのだが、なにやら父親の様子がおかしい。
すでにサラの中でケリーの記憶は朧気で、アーサーと運命的な出逢いを果たした夜会でチラッと見かけた時に「私の父親ってこんな顔だったんだ」と思ったくらいに馴染みがない。三歳から会っていない人物の顔なんか忘れて当然だ。
なので以前と比べてどう変わったと言えるほど認知しているわけではないが、それでもなんとなく雰囲気が変わったなと感じるくらいには、ケリーは大きな変貌を遂げていた。
「お父様……なんか痩せましたね??」
夜会で会ったケリーは丸々と太っていたと記憶しているが、今は枯れ枝のように痩せ細っている。ちょっと病的な痩せ方だ。
「っ!煩い!!悪魔なんかに父と呼ばれる筋合いはない!!」
「はぁ。そうですか」
自分から「娘に会いたい」と言ってやって来たくせに支離滅裂なことを言っているなと思ったが、サラは抑揚に頷くに留める。
「旦那様、そのような言い方は―――」
「煩いと言っているだろう!!イザベラ…お前も何を考えいる!?悪魔に母と呼ばれて喜ぶような頭のおかしい女などうちにはもういらん!サムを置いてさっさと出ていけ!」
「そ、そんなっ……」
イザベラがとりなそうとしても荒ぶるケリーは一切聞く耳を持たず、しまいにはサムを置いて家を出るよう言い出した。あまりにも一方的で自分勝手なケリーの宣告にイザベラは息を呑んで固まってしまっている。
この状況に黙っていられないのがサラだ。
イザベラに対しひどい言葉を投げかける父親へと心から軽蔑の眼差しを向ける。
「じゃああんたは何しにここへ来たわけ?用がないならさっさと帰れよ。
それと、お母さんにひどいことするなら私にも考えがあるから。今の私は王族の方々が千年待ち望んだ『聖女様』だということを忘れないでよね」
虎の威を借る狐ではないが、サラは聖女ブランドを前面に押し出しケリーに脅しを掛かる。ここまで言えばよほどの阿呆でもない限り、イザベラに理不尽な態度を取るようなことはしないだろう。
「くっ…、お前が聖女様だと?笑わせるな!悪魔が伝説の聖女様であるわけがないだろう!!」
「王家の判断に異を唱えるってどんだけ馬鹿なの?
その歳ですでに耄碌しているのならサムに家督を譲って一人寂しく領地に引きこもって人生を終える準備でもやってれば?」
「お、お前……!お前は…っ!」
ケリーは生まれながらの貴族であり誰かに、それも娘のような年齢の女に(サラは正真正銘ケリーの娘だが)このように雑な話し方などされたことなど一度もなく、そのため怒りにブルブルと震えている。
サラとて礼節は持ち合わせているのでこのような言葉遣いは多少気が引けるが、ある流れにもっていきたいのであえて挑発しているのだ。
ケリーはサラが聖女だなどと、とうてい信じることは出来なかった。
いや、信じてはいけないのだ。
サラは悪魔でなければならない。
そうでなければ最愛の妻の死に意味はなかったことになってしまうし、ケリーは自分の娘を森に捨てて殺そうとしたことになる。
王家が昨日サラを聖女だと大々的に発表してからというもの、ケリーは恐怖で一睡も出来なかった。
「違う―――。…………違う違う違う!!
お前は聖女様などではない!!悪魔なんだ!!!俺が魔核を見つけ出しそのことを証明してみせる!!」
ケリーはテーブルに置かれていた切れ味抜群なペーパーナイフを手に取ると「うおおぉぉ!!!」と雄叫びを上げながらサラが立つ場所目掛けて駆け出した。
「旦那様!?」
ケリーの奇行にイザベラは咄嗟にサラの腕をつかんで庇おうとしたが、サラは笑顔で首を振ると逆にイザベラを後ろへと追いやる。
アーサーはサラの気持ちを汲んで傍観に徹しているが、もしもの時はいつでも子爵を殺すつもりで魔力を手に集める。
「死ねぇぇ!!悪魔めぇ!!!」
ナイフを手に目前に迫るケリーに対し、あまりにも自分の望むとおりに事態が動いてサラは笑いそうになってしまう。
ひょろい男のとろいナイフを避けることなど、ウィリアムに鍛え抜かれたサラにとっては朝飯前だ。
脇を締め肘を曲げて両手を胸の前に構えると真っ直ぐ突き刺そうとするナイフの軌道を読み、自身の手の甲をケリーの手首に当てて切先を逸らす。そのまま素早くケリーの手首を掴んだサラは勢いをつけて接近し、体重をのせたパンチを顔面にお見舞いする。
ケリーは一瞬怯んだがまだまだサラのパンチは軽い。すぐに相手が回復することを見込んだサラはケリーの股間を狙い、膝を曲げて蹴り上げた。
「ぅっ…!!?」
この攻撃はさすがに効果覿面だったようで、前かがみになって崩折れそうになったケリーをそのまま床に転がし手首を極めてナイフを奪い取る。
今のケリーはうつ伏せに倒され、背中に乗り上げたサラに右腕を背後で捻り上げられている状態だ。
「くっ、はぁ、はぁ、くそっ!!」
細い身体からして体力も落ちているのだろう、ケリーにこれ以上抵抗する力はなさそうだった。
「―――ねぇ、あんたがいくら馬鹿でも聖女の条件はもう分かっているんでしょう?」
「……!」
「過去の聖女様は魔力がなかったんだって。私と同じように」
「…っ、」
「ねぇ……自分の子どもに魔力がないと分かった時、なぜ“サラ”のことを守ってあげなかったの?
あの子は自分は悪魔ではないと泣き叫び、薄暗い物置部屋の中でずっと絶望に震えていたわ」
これは美琴の意識が表に出てくる前の“サラ”に贈るための復讐だ。
“サラ”が復讐を望んでいるかどうかは分からないし、ただの自己満足と言われればその通りだ。
けれど“サラ”が与えられた以上の地獄をこの男にみせなければどうしてもサラの気は晴れなかった。
「―――悪魔になら何をしてもいいと思った?三歳の女の子に従属の誓約を掛けるなんてどうかしているわ。
どれだけ痛くてどれだけ苦しかったか…あんたにあの子の苦しみは一生理解出来ない!」
「う…っ、……サ、」
「私の名前を呼ばないで!あんたにその資格はないでしょう!?」
「っ…、す、すまない……!どうか…どうか、許してくれ……!!」
ケリーはサラの口から語られるあの日の独白を聞きながらようやく己の罪深さを知る。
魔力がないから悪魔だと決めつけ、他の可能性を模索することなくすべてを諦めた。
あの時―――サラに魔力がないと分かった時、アリサを励まし「何があっても二人でこの子を守っていこう」と伝えていれば最愛の妻はきっと今も生きてくれていたはずだ。
『あ、あなた……!これは、これはきっと何かの間違いで……!』
『触るなっ穢らわしい!!、っ、あ……、すまない、アリサ!いまのは違うんだ……!』
『ケリー、様……………』
サラに魔力がないと分かった時、ケリーもアリサもとても混乱していた。しかし混乱の中、ケリーが真っ先に疑ったのはアリサが悪魔の子を産んだということ。
そのため、ケリーはアリサが伸ばした手を嫌悪感から咄嗟に振り払ってしまった。―――この行動がアリサに悪魔の子を産んだ可能性に気づかせてしまった。
けれどそれはすべて間違いで、身に起こったすべての悲劇の原因はケリーただ一人にあったのだ。
ケリーは歯を食いしばり涙を流して己の犯した罪を後悔し、サラに対して懺悔の言葉を壊れた人形のように繰り返す。
サラはケリーの背中の上で満足そうににっこりと微笑むと身を屈めてケリーの耳元でそっと囁いた。
「私に謝っても意味はないわよ。誓約を掛けられた時に“サラ”はどこかにいってしまったのだから」
「っ!?」
「あんたがあの子を殺したのよ。だからあんたはもういくら謝っても誰にも許されない」
サラはそれだけ言うと身体を起こしてケリーの背中から降りた。その際、ちゃんと背中を踏みつけることも忘れなかった。
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