72 娘の幸せを願う母の気持ち
「子どもを虐待する最低な糞親なんか美しく着飾って見返してやりましょう!」と俄然やる気を漲らせ出したレイラ達の手によって、サラは見事に“聖女様”へと大変身した。
サラは今、黄緑色の糸で胸元や裾に蔦の刺繍が施された襟の詰まった白いドレスを身に纏い、頭には月桂樹のティアラをちょこんと乗せている。
このドレスの袖は地面につきそうなほど長く、サラが手を動かすたびにひらひらと風に棚びく。元から癖っ毛な銀髪をさらにクルクルと巻いてもらったことで、全体的にふわふわとしつつもどこか神聖的な雰囲気を醸し出す“聖女様”が完成した。
「聖女様、おきれいですわ……」
「本当に…。子爵様も今の聖女様をご覧になればあまりの神聖さに床に額を擦り付け許しを請うのではないかしら」
「このお姿を見て聖女様に行った自らの罪を悔い改めればいいのですわ!」
「あ、ありがとうございます」
サラには父親を見返すつもりなど毛頭なかったがレイラ達の盛り上がりに水を差すことも憚られたし、どうせこの後国王陛下との謁見も控えているので着飾ってもらえることに否やはない。
それにしてもこのドレスの刺繍にどこか見覚えがあるような気がする。うーんと考え込むサラだったが、部屋に入って来たアーサーからの「俺の妻はなんと愛らしいのだろうか」という賛辞の言葉を聞いた瞬間に刺繍のことなど忘れ去った。
父・ケリーが待たされている部屋はアーサーが場所を知っているというので、エスコートしてもらいながら二人で向かう。
「子爵の顔が見ものだな」
「ええ、本当に。あの人は私を悪魔だと信じて疑っていなかった。悪魔の娘が実は聖女だった、なんて父にしてみれば青天の霹靂でしょうね」
「手加減はしないのだろう?」
「はい、もちろんです。これは美琴の精神が浮上する前の“サラ”のための復讐なのですから。ただ……一つだけ気掛かりなことが…」
「気掛かり?なんだ?」
「私が容赦なく父を地獄に突き落とす姿を見てアーサー様に引かれないかなぁと…。『こんなにえげつない復讐をするヤバい女だったとは…!』って、なりませんか……?」
サラのこの言葉がよっぽど意外だったようで、アーサーは一瞬黙った後にプッと噴き出した。
「ははは!本当に我が妻は可愛らしいことを言ってくれる。
俺にとってはどんなサラも愛おしい。子爵を追いつめんとする苛烈なサラもきっと美しいことだろう」
「まぁ!うふふ。ご期待に添えるかは分かりませんが最善を尽くしますわ」
内容的にまったく笑える話ではないのだが、二人で和やかに談笑しながら歩いているうちにケリーが待つ部屋の前へと辿り着く。
「……随分と立派なお部屋なのですね?」
言うなればただの親子の面会だというのに、サラが両手を広げても足りない大きさの扉や、その扉に施された細やかな模様からして部屋の規模や格式が伺えてちょっと尻込みしてしまう。
「ここは他国の要人を招いた際に会談などに使われる部屋だ。聖女であるサラにそこらへんの部屋を使わせるわけにはいかないというセイン殿下の御配慮だろう」
「感覚が麻痺してきた私は段々聖女様扱いにも慣れて来ましたが、父はこんな凄い部屋に通されてきっとびっくりしているでしょうね。ぷくく」
「そうだな。早速面白い顔で固まっているであろう子爵を拝むとしようか?」
アーサーはノックもなしに見るからに重そうな扉を片手で開けた。サラもアーサーの後ろからのぞき込むようにして部屋の中へとぴょこりと顔を出す。
カチンコチンに固まって緊張しているであろうケリーの姿を想像していたサラは、部屋にいると思っていなかった人物に驚きの声を上げる。
「え!?イザベラさん!?」
「サラ!!!」
部屋の中にいたのはグラハドールに帰ったら手紙を出そうと思っていた相手、義理の母であるイザベラだった。
椅子から立ち上がったイザベラはアーサーなど目に入っていないかのように、鋭い眼光をギラギラとさせながらサラの元まで突進してくる。
これは安堵の表情で、安否の分からなかったサラとの再会に瞳を潤ませているだけなのだが、知らない人が見れば嫉妬に狂った妻が旦那の恋人である若い女に襲いかかろうしているというストーリーが浮かび上がってくる絵面だ。
アーサーもサラからイザベラの話を聞いていなければ間違いなく排除していただろう。
サラの前までやってきたイザベラは身を屈めてサラをぎゅっと抱き締めた。身長差が三十センチはあるのでサラも背伸びをしてイザベラの首に腕をまわす。
「サラ…!!無事で良かった……!!」
「イザベラさん……!心配かけてごめんなさい。もっと早く連絡すれば良かった…」
「いいえ、いいのよ!貴女が無事ならそれで…!」
必死に涙を堪らえようとしているのか、眉間に皺を寄せ真っ赤になったイザベラの顔は大変なことになっている。
「ふふふ。やっぱりイザベラさんって……。
ねぇ、イザベラさん。私は今聖女様なんて呼ばれているんですよ?……悪魔じゃないならもういいですよね?」
「え?何が?」
「イザベラさんのこと、お母さんって呼んでもいいですよね?聖女なら迷惑にならないですよね?」
「っ!サラっ……!!」
ついにイザベラの涙腺が崩壊して釣り上がった瞳から諾々と涙が零れ落ちる。「酸っぱい梅干しを食べて顔のパーツが真ん中に集まった人」みたいになっているのだが、これが泣き顔というのなら面白過ぎる。
「あははは!!お母さんなんて顔してるの!」
「うっ、ううう……!!ぐすっ、!だからぁ、これは生まれつきなのよぉ!!ひっ、ふぅぅ………!!
サラにお母さんと呼ばれる日が来るなんて……!今日はなんて素晴らしい日なのかしらっ……!!」
前世今世を通してサラが「お母さん」だと思えた人はイザベラだけだった。
だが、魔力のない自分がイザベラに母親を求めることなど出来ず、「イザベラさん」と呼んで一歩距離をあけて接してきたし、イザベラもまた、そのことを敏感に察知しており、こちらから距離を詰めていいものかどうかずっと考えあぐねていた。
サラは「聖女の母親」ならば許されると思い勇気を出して「お母さん」と呼んだが、どうやらイザベラにも聖女効果は通用してくれたようでホッとした。しかしイザベラはしばらく泣いた後、ハンカチで涙を拭うとはっきりと述べる。
「サラは本当に馬鹿ね…。私は聖女様にお母さんと呼ばれたから嬉しかったわけじゃないのよ。
ずっと娘だと思っていた貴女に初めてお母さんと呼んでもらえたから嬉しかったの」
「…!…お母さん……」
一度顔を見合わせると二人はまた固く抱き締め合った。顔はまったく似ていないのにアーサーの目にはイザベラとサラは紛れもなく親子に見えた。
「良かったな、サラ」
「はい!」
「っ!?グラハドール辺境伯様、ご挨拶もせず大変失礼致しました。サラの母のイザベラ・ハルベリーと申します」
「アーサー・グラハドールだ。こちらこそ結婚のご挨拶に伺いもせず攫うように彼女をグラハドールへと連れ帰ってしまい申しわけなかった」
「お母さん、あのね、私はアーサー様のこと―――」
サラが慌ててアーサーのことを弁解しようとすると、イザベラは「すべて分かっている」と言わんばかりにこちらを鋭い眼光で一瞥する。これは軽くほほ笑んでいる顔だ。
「辺境伯様と貴女の様子を見れば分かるわ。サラは今幸せなのね?」
「!お母さん…。うん、私は今とても幸せよ。生まれてきて良かったと心から思えるほどに」
「そう………、そう。……サラが、そんな風に思える人と巡り会えて本当に良かった。
幼い頃からびっくりするぐらい力強く生きていた子だったけれどどこか脆くもあって…いつか私の前からいなくなってしまうのではないかと不安だったの。でも、もう大丈夫そうね」
イザベラはサラの頭を一度撫でてから身体を離すとアーサーへと真っ直ぐに向き直る。どうしても顔から視線を逸らしてしまうが、高魔力者に対する女性の行動としてはかなり珍しい方だ。
「グラハドール辺境伯様。どうかサラのことをよろしくお願い致します。図太く見えるかもしれませんが本当はとても繊細で愛に飢えた子なのです」
そう言うとイザベラはアーサーに対して深く頭を下げた。
数カ月見なかった間にサラは見違えるほど美しくなっており、そのことからもアーサーに大事にされていることが窺える。二人が醸し出す雰囲気も仲の良いイザベラの両親のようで、お互いに愛し愛された関係なのだとすぐに分かった。
サラが幸せならば自分がとやかく言う必要はないと、イザベラはアーサーに娘を託すことにしたのだった。
「もちろんだ。俺のすべてをかけてサラを幸せにすると約束しよう。 それと俺のことはアーサーと呼んでくれ、義母上」
イザベラも見た目で複雑な思いをしてきた身なので、高魔力者だからと言って変な目で見るような真似はしたくなかっただけなのだが、アーサーにはそのことがとても新鮮に思えてイザベラのような人がサラの味方でいてくれたことに改めて感謝した。
「まぁ…!ありがとうございます、アーサー様」
イザベラは緊張のあまり目が「ギンッ!」と釣り上がってしまったが、アーサーにも段々なんとなくのイザベラの感情が分かるようになってきたので気にせず頷く。
三人でにこやかに笑い合い、サラが「ここに何しに来たんだっけ?」と思いかけたところで絞り出すようなケリーの声が豪華な部屋に響いた。
「なぜ……、なぜお前だけがそんな幸せそうな顔で笑うことが出来るんだ……!!」
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