7 檻の中
アーサーは気絶してしまったサラを腕に抱きながら悠々と城の中を歩く。
アーサーの拠点であるグラハドール城は防衛の役割を果たすため、大きく広く頑丈に造られている。
その見た目はゴツゴツしていて王宮のような煌びやかな華やかさは一切なく、北の軍事国家の侵攻に備えて国境近くに構えているためその形は国境の端の方までカバーするために横長い。
城と国境の間には強固な城壁が築かれており、いまだかつて何人たりとも侵入を許したことはなかった。
グラハドール城は南方に広がる都市に住む領民を、さらには王国を守るための最強の砦だ。
そして実は辺境伯軍に所属する者達も住むだだっ広いこの城には、女性が一人もいない。
女性の高魔力者の数は男性より遥かに少ない上に、成長する内に魔力量が減少し、やがて高魔力者でなくなるケースがほとんどで、そのため家や本人の意向で身体が成長し魔力が減少するまで家に閉じ籠もる傾向にある。
本来、生まれ持った魔力量が変化することはなく、女性の高魔力者の魔力が成長と共に減少する理由についてはいまだ解明されていないし、アーサーに至ってはこの歳になってもまだ魔力量が増え続けているのだがその理由も分からぬままだ。
よって化け物の巣窟に自主的に勤めようという女性は皆無で、アーサー達は騎士でありながら掃除洗濯料理をひと通りこなさなければならないという悲しい裏事情があった。
最上階にあるアーサーの部屋に辿り着くまでに遭遇した部下達はポカンとした顔でアーサーとサラを見送る。衝撃のあまり頭を下げ忘れる者までいたがそれも仕方のないこと。彼らはついにアーサーが人を拐って来てしまった、とでも思ったのかもしれない。
さすがに誘拐という犯罪は犯さないが監禁という犯罪は犯そうとしているアーサーは、部下達の疑いの眼差しを甘んじて受け入れた。
五階にある自室の前まで来ると扉の前に手を翳す。
この扉はアーサーの魔力が鍵となっているので、ここにサラを閉じ込めれば彼女は自力で部屋から出ることは叶わなくなる。
アーサーは湧き上がる達成感に、口元に仄暗い笑みを浮かべた。女など一生知らなくてもいいとすら思っていたのにサラへの異常な執着が止まらない。
サラに大切な部下達に向かって暴言を吐かれてもその気持ちは変わらなかった。むしろ自分の顔だけは気絶することなく見てもらえたという優越感すら抱いたほどだ。
アーサーの広い部屋には大きなベッドと執務机、テーブルとソファに、数々の最新鋭の魔道具が置かれている。
白と黒を基調とした室内は実用性だけを追求したせいでとても殺風景だ。これではサラがすぐに気を病んでしまうかもしれないな、とアーサーは考える。
身体の大きいアーサーがゆったり寝れるサイズのベッドはかなり大きく作られており、サラをそこに横たえればかなりのスペースが余った。いずれここで一緒に寝たいと思ったが、サラの許しがあるまでそのようなことは絶対にしないと決めている。
ベッドの端に腰掛けたアーサーは、やっとサラを安心出来る場所に、檻の中に閉じ込めることが出来たと安堵した。これでもう逃げられる心配はない。
アーサーはきっと、身も心も正真正銘の化け物だ。目が合っただけの女の子の人生を狂わせておきながら狂喜乱舞しているのだから。
気を失ったサラの顔はまだ青白かったがスヤスヤと眠っているようで、サラの寝顔なら一生見ていられそうだとアーサーは本気で思った。
まだ見ていたかったが部屋の扉をノックする音が聞こえたのでそうも言ってられず、名残惜しくもサラの側を離れ対応に向かうとそこには荷物を抱えたブラッドが。
「ああ、悪いな、サラの荷物を持ってきてくれたのか」
昨夜の夜会の後アーサーにそのまま拉致されてしまったサラは、身の回りのものを何一つ持っていなかった。
そのためサラが飛行車の中で眠ってしまったあと、通信魔道具を使い領地にあるアーサー御用達の服飾店に女性用の衣服一式を城に持ってくるよう命じておいた。 店の店主は「なぜ女性用?」とさぞや首を傾げていたことだろう。
「それもありますがラナテス森林の監視の者からの報せです。生き残った大型が森から出て来る兆候がみられる、と」
「……ちっ」
魔獣達の住処であるラナテスの厄介なところは、すぐに魔獣達による縄張り争いが勃発するところだ。
小型同士は勝手にやってろと切り捨てるが、大型同士の争いはそうもいかない。
大型同士の争いは小型の生態系に影響を及ぼしてそれが廻り廻って人間に多大な影響を与える結果になることも多々あったし、勝った大型が調子に乗って人間達の縄張りも荒らしてやろうと森から出てくるケースもある。今回はその兆しが見えたというわけだ。
「クラスは?」
「『災害』です」
「…俺が出る。準備しろ」
「分かりました」
アーサーと短いやり取りをかわしたブラッドはサラの洋服が入った大きな袋を床に置き、討伐準備のためその場を離れた。
ブラッドがいなくなると、アーサーは再びサラが眠るベッドに腰掛け、今回の任務にどれほどの時間が掛かるか思案し始める。
魔獣のクラスは上から「天災」「災害」「最強」「強」「中」「小」に分かれており、今回森で暴れている魔獣は上から二段目の「災害」。
「災害」の討伐には高魔力者であっても十人ほど必要で、北の軍事国家の警戒にあたる騎士達をそこに割くわけにもいかず、そのためアーサーが領地にいる時は「災害」クラス以上の魔獣討伐には必ず出るようにしていた。
アーサーが前線に出ては魔獣など瞬殺してしまいそれでは若手の騎士達の訓練にはならないので、なるべく手出しはせず見守るようにしている。よって「災害」クラスの魔獣討伐に掛かる日数はおよそ三日。
よく眠っているサラを起こすのは忍びなかったので、アーサーは黙々と部屋中の魔道具に魔力を注いでいく。
本来この部屋に置いてある大掛かりな魔道具達は大量の魔力を消費するが、予めアーサーの魔力を充填しておくことで一般的な魔道具を使う時に流す程度の魔力量で起動出来るようにしておいた。
これでお風呂もトイレも照明のオン・オフも音楽を聴くための魔道具だって、少量の魔力を流すだけで使うことが出来る。
アーサーの部屋には他にも最新鋭の魔道具があり、それは冷蔵魔道庫といって、大きな箱の中に冷気を流し続け料理を凍らせた状態で長期的保存出来るという優れたものだ。
魔力を流すと浮かび上がるタッチパネルを操作し食べたい料理を選べばそれが箱の外に出てくる。凍った状態で出てくるので温熱魔道庫で温める必要はあるが、今まで“料理”の長期保存が出来なかったことを考えると画期的といえば画期的だったが、如何せん魔力を喰いまくるので実用化には程遠い。
温度調整可能な飲み水も魔力を流せば蛇口から出て来るし、お菓子や娯楽はないがこれだけの設備があれば余裕で一週間は過ごせるだろう。
洗濯魔道具だけこの部屋に置いていないが、店主が用意した服がこれだけあれば洗濯する必要もないだろうと、服がパンパンに詰まった袋を眺める。
アーサーはサラに向けた手紙を書くとテーブルに置き、少し躊躇ってからその頭を優しくひと撫でしてから部屋を出た。
―――扉にはアーサーの魔力による鍵をしっかりと掛けて。
これで誰も部屋には出入り出来ないし、サラだって逃げだせない。唯一、窓やバルコニーに通じる扉は外の空気すら吸えない状況にサラが病んではいけないと、開けれるようにしておいたがアーサーの部屋は五階に位置しているので飛び降りることは不可能。
討伐から帰ればサラが待っていると思えば、その足取りも自然と軽くなるというもの。
アーサーは何の不安も心配もなく城を後にした。
思っていたよりも討伐に時間がかかり、七日後に城へと帰還したアーサーを絶望が待ち受けていることなどなにも知らずに―――
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