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私は何もおかしくないですよ!?〜虐げられた令嬢は世界で一番醜い辺境伯に恋をする〜  作者: ひなゆき


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68 前世の終わりと―――


 美琴が高校一年に上がるタイミングで二人はアメリカから日本へと帰って来た。

 世間を一時賑わせた両親のダブル不倫報道は五年も過ぎれば最初から何事もなかったかのように誰も覚えていない。世の中には常に新しい情報が流れ続けているのだから当然だ。


 当時小学生だった美琴もマスコミに追いかけられた記憶があったが、もちろん今は誰にも気づかれることなく―――


「…?ねぇ、おじいちゃん。なんか見られてる気がするんだけど……。まさかまだ私のこと覚えられてる、とかじゃないよね?」


 空港から新しい新居へと向かう途中、美琴はやたらと周囲の人と目が合ったり振り返られたりすることに気づき、隣を歩く祖父の腕にそっと手をかけ小声で確認する。


「ははは!美琴は殺気には気づくというのにこういうことには疎いなぁ!

 皆はお前が美しいから振り向いてるんだ」


「えぇ?それは絶対違う気がする…」


「まったく…。アメリカでも男どもが浮足立ってお前の周りをうろうろしていたというのに、美琴は『おじいちゃんおじいちゃん』とわしに張り付いてばかりで。

 あとはなんだ?二次元だか三次元だかに騒いでおったな。そんなんだから向こうで彼氏の一人や二人も出来なかったんだぞ」


「彼氏なんかほしくないからいいの!うちの親の末路を見たら結婚に夢なんか抱けないし。

 それに誰かと遊ぶよりおじいちゃんと山で過ごしたり、画面越しのイケメンを見てキャーキャー言ってるほうがよっぽど楽しいもん。

 日本でもまたサバイバルしよーね、おじいちゃん」


「それもそうだなぁ。あそこまで泥沼と化した争いを見せられれば結婚する気も失せるか。

 まあ、いつか美琴が運命の相手と出会えるその時までずっとわしの側にいればいい」


「じゃあおじいちゃんにはうーんと長生きしてもらわなきゃね!」 


 両親のことを話題にする美琴に悲壮感は一切なく、今では笑い話としてあの当時のことを振り返れるようになっていた。

 どんな困難に陥ったとしても並大抵のことならば乗り越えられるよう、ウィリアムに精神的にも肉体的にも鍛えてもらったからだ。


 ウィリアムは今六十五歳。四十代といっても通用しそうなほど若々しく、そして現在進行系で身体も鍛えまくっている。

 この時の美琴はまだまだ元気な祖父とずっと一緒にいることが出来るのだと信じて疑っておらず、呑気に二人で笑い合っていた。





 祖父はわりと資産家で不動産などをいくつも持っていたので、住もうと思えばどこにでもマンションを借りることが出来たが、二人は長期休みに地方にある色々な山に籠もることしか頭になかったので、とりあえず交通の便がいいところを!」という理由だけで新居を東京に構えた。


 以前住んでいた場所とは二駅ほど離れた所にあるマンションを借りたので土地勘もあり、そのおかげで日本で再び暮らし始めて最初の一年ほどはとても順調だったと思う。

 美琴の学校帰りに待ち合わせをしてウィリアムと二人でスーパーに買い物に行ったり、長期休みには地方に行って魅力的な山々に登ったり、ある時は渋るウィリアムを引っ張って美琴の好きなアイドルのコンサートに出掛けたりして、二人で楽しく充実した日々を過ごしていた。

 毎日が幸せで楽しく、これまでの人生で今が一番満たされていて。こんな日常がこれからもずっと続いていくのだと、当たり前に思っていた。


 しかし、美琴が十七歳になった頃―――ウィリアムが突然病に倒れたことで、愛しい日々は脆く崩れ去ることとなる。


 新型のウィスルが発見され世界的に大流行した翌年のこと、ウィリアムが突然発熱したのだが、ワクチンを打っていたこともあり最初はただの風邪だと思っていた。

 しかし夜中にウィリアムの体調が急変してしまい、美琴は震える手でなんとかスマホを掴むと泣きながら救急車を呼んだ。



 そして今、意識のないウィリアムは集中治療室の中にいる。

 美琴も無菌状態にしてもらって部屋に通されたのだが、そのことが祖父の容態の悪さを物語っているようでかえって恐怖を煽った。


「おじいちゃん…」


 些細なことではまったく動じなくなった美琴も、ウィリアムが酸素マスクをつけて青白い顔でベッドに横たわる姿を見てしまえば、全身がガタガタと震えて止まらなくなってしまう。

 風邪の症状で寝込んでから意識不明になるまであっという間だったので自慢の筋肉だってまったく衰えていない。ここが集中治療室でなければただ眠っているようにしか見えず、そのうち「おはよう美琴」と言って目を開けてくれるのでは、と希望を抱かずにはいられなかった。



 手を握りしめずっと「おじいちゃん、頑張って」と声を掛け続けていた美琴は一睡も出来ぬまま朝を迎えたが、ウィリアムの意識はいまだ戻らない。

 もしかして、もう、このまま―――と最悪の事態を想像して目の前が真っ暗になってゆく。美琴は絶望で頭がおかしくなりそうだった。


 しかし、知らないうちに美琴の頬を流れていた涙がウィリアムの手にポタリと落ちた時、瞼が小刻みに震えたかと思うとゆっくりと目を開いた。


「っ!おじいちゃん!!」


「先生を呼んできて!」


 医師を呼ぶ看護師の慌ただしい声が聞こえる中、ウィリアムは自ら酸素マスクを外すと美琴の手を強い力で握り返す。

 そのあまりの力強さに美琴は、祖父はもう大丈夫なのだと思いかけたのだが―――


「はぁ…はぁ……美琴、わしが教え、られることは……すべて、おしっぇ………はぁ、はぁ…強く、生き…、ゴホッゴホッ!!」


「おじいちゃん!?やだ、もう喋らないで!!」


「ウィリアムさん、喋らないで下さい!」


「美琴……わしの宝………はぁ、はぁ、愛し……―――」


 「おじいちゃん!?おじいちゃん!!!」



 ウィリアムと繋がるチューブがくっついた機械がピーピーと耳障りな音をたてる中、医師が懸命に心臓マッサージを施す。


 目の前で繰り広げられる光景はどこか現実味がなく、ウィリアムの処置のためにベッドから離されてしまった美琴は、医師や看護師による必死の延命処置をぼんやりと眺めることしか出来なかった。










「………」


 医師達による懸命な治療も虚しく、祖父ウィリアムはあの日に天国へと旅立ってしまった。

 

 あれほど元気だった祖父が亡くなったとはいまだに信じられない気持ちが強かった。まだ親孝行も出来ていないのにと、美琴の胸中には後悔の念が溢れかえっている。


 けれど「せめてきちんと見送ってあげたい」と思い、動かない身体をなんとか動かし手続きを済ませると、美琴が喪主を務めるこじんまりとした式を執り行った。

 ウィリアムは日本で暮らし始めてまだ日が浅いので参列者はほとんどいなかったがそれでもよかった。

 自分だけでも祖父との思い出を振り返りながらしめやかに見送ることが出来ればそれでいい。


 そう、思っていたのだが―――



「美琴、久しぶりね」


 自分の名を呼ぶ声が聞こえたのでノロノロと振り向けば、七年振りに会う母マリアが葬儀会場の入り口に立っているのが見えた。


「……なんでここに」


「もちろん調べたのよ!日本に帰ってきていることは知ってたけれど、まさかあの化け物みたいなパパがこうも呆気なく死んじゃうなんてねぇ…!」


「……」


 今は母が祖父を語る無神経な言葉など聞きたくなかった美琴は、その場を離れるべく無言で歩き出した。 

 しかしマリアの横を通り過ぎる際、腕をパシッと掴まれてしまう。


「ちょっと!待ちなさいよ!」


「…なに?」


「それが久しぶりに会った母親に取る子どもの態度なの!?見た目は私に似て美人になったっていうのに中身は相変わらず可愛くないんだから!」


「うるさい。黙れ」


「っ、きゃあ!?」

 

 美琴は掴まれていた手を振り払うと逆にマリアの手を掴み捻り上げる。


「おじいちゃんの前で耳障りな声で喋らないで。用がないなら消えて」


 美琴はそう冷たく言い放ち、マリアの腕を解放してドンッと押すとそのまま歩き出す。

 マリアは美琴が以前までとは違うことを瞬時に察知すると、ご機嫌を取るような猫なで声を出しながら慌てて後を追いかけて来た。


「ねぇ、お願い!ちょっとだけ話を聞いて!!

 私、あれから改心したの!今度こそ美琴のこと一番に大事にするわ!だからもう一度ママと一緒に暮らしましょう!?」


「…」


 美琴はマリアに構わずにひたすら歩き続けた。前方の歩行者用の信号が赤に変わったのを見て舌打ちすると、方向転換して歩道橋の階段に足をかける。マリアも駆け足で美琴の後を追った。


「ね、美琴は芸能活動とか興味ないの?良い会社知ってるから紹介してあげましょうか?こんなに可愛いんですもの、美琴だったらすぐに―――」


「興味あるわけない。一目見て分かったけど、あんた見るからに落ちぶれたものね。自分に価値がなくなったから次は娘で稼ごうとしてんの?ほんと情けない女」


 美琴は振り返ることなくマリアを罵倒すると、歩道橋の最上段へと立った。これ以上頭のおかしい女の話に付き合う義理はないと、ここからは走って撒こうと決意する。

 しかし、激昂したマリアに腕を取られてしまう。


「このクソガキ!!こっちが下手に出れば調子に乗りやがって!!子どもなら大人しく…っ!?きゃああ!!」


「っ!?」



 十センチはあろうかというヒールで葬儀場から小走りで美琴の後を追ってきたマリアの足は、ここ最近の運動不足のせいで限界を迎えていた。

 そのせいで美琴の腕を掴んだ瞬間にマリアがよろけて足を踏み外したため、二人は歩道橋の一番上から空中に投げ出されてしまった。



 ―――位置的にも母をうまく下敷きにすれば軽症、もしくは無傷で済む。



 落下する一瞬でそう判断した美琴だったが、実際は母親の手を引いて守るように抱き締めながら庇うようにして落下していた。



 美琴はなにも母親を助けたかったわけではない。



 祖父のいないこれからの人生に悲観して絶望していた。しかし生きることを諦めるなと教えてくれたウィリアムに背くような真似は出来ない。


 でも人助けなら?


 美琴はマリアを助けるふりをして死ぬことをウィリアムに許されようと考えたのだ。



 ―――おじいちゃん、ごめんなさい……



 全身に強い衝撃を感じたあと、美琴の意識は途絶えた。

お読み頂きありがとうございます! どのような評価でも構いませんので☆☆☆☆☆からポイントを入れて下さると作者が喜びます!! よろしくお願い致します(人•͈ᴗ•͈)

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