67 聖女が持つ特別な力
九月になりアメリカで学校が始まるとこれまでのようにトレーニングに明け暮れることは出来なくなってしまったが、その変わり長期休みになると夏は山に、冬も山に、春や秋だって山に籠もってより実戦的な実地訓練に入るようになった。
ウィリアムがこれほどの過密スケジュールでみっちりと美琴を鍛え上げるには理由がある。
まず、美琴は何事も呑み込みが早く教えたことはすぐに吸収して実戦出来てしまうので、ウィリアムもついつい指導に熱が入ってしまうというのが一点、もう一つの理由は美琴が高校に上がるタイミングで日本に戻るつもりでいるからだ。
就職や結婚だって何をするにも生まれ育った国の方がいいだろうと美琴に言ってくれて、ウィリアムは日本に帰国する時にアメリカの家を売り払ってそのまま移住するそうだ。
「私はまた日本で暮らせるのは嬉しいけど、おじいちゃんはそれでいいの?思い出の詰まった家まで売っちゃうなんて…」
「構わん。日本は恵子の生まれ故郷でありわしにとっても愛すべき地。美琴と共に日本で暮らすことになんの迷いもないさ」
「おじいちゃん…!」
「ただ、そうなると日本に帰るまであまり時間は残っておらんからな、座学はもう終了だ。身体に覚えさせるためにも実地訓練に切り替えていくぞ」
「お、おじいちゃん……」
こんなやり取りがあっての山籠りだ。
慣れないキャンプ生活に美琴は最初、虫一つにだってキャーキャー言って騒いでいたのだが、長期休暇のたびに山に籠もる生活をしていれば一年も経つ頃には虫もなんとなく食料に見えてくるようにまで成長(?)した。
この頃にはキャンプなんて気軽に呼べる娯楽体験ではなく、持参することを許された数少ない荷物だけで一週間過ごさなければならないという、生きるか死ぬかまで追い詰められた過酷な修行と化していた。
そしてアメリカへと渡って早五年。
美琴はウィリアムに言われるがまま技術を習得してきたが、罠の作り方、動物の捌き方、毛皮のなめし方なんて覚えて一体どうなるんだろうと当時は疑問に思っていたものだ。
しかしこうして異世界に転生してみて初めて、これらの知識の有難みを知ることが出来た。(つまり異世界転生でもしない限りそこまで必要な知識ではないと今でも思っている)
まあ、夏の山で本格的に教えてもらったロッククライミングおかげで五階の窓から脱出することが出来たし、そもそも祖父から学んだ知識や技術がなければ三歳で森に捨てられて生きることなど出来なかったのだから、あの辛く苦しくしんどい時間は無駄ではなかった…と思いたい。
「ふぅ……。ごちそうさまでした!とっても美味しかったです!!」
「それはよかった。後で下げてもらうから皿はこのままでいい」
「分かりました」
王宮の超豪華フルコースディナーを頂きながら、サラはアメリカでの山籠り生活について身振り手振りを交えて熱く愚痴っていた。
確かに成人もしていない少女にさせる訓練としてはハード過ぎるとアーサーでも思ったが、サラには真実の眼があったとはいえ、前世でこれほどの経験を積んでいなければ三歳で森に捨てられ生き残ることは出来なかったはずなので、やはりウィリアムの教育には感謝するべきだろう。
食事も済んだのでソファに移動し、アーサーが入れてくれたコーヒーを飲みながらサラはずっと気になっていたことをぽつぽつと語る。
「聖女様だけが使える魔法でも魔術でもない特別な力なんて、本当に私にあるのでしょうか…?」
「急にどうしたんだ?」
「だって明日国王陛下とお会いするわけですよね!?しかも私のことを聖女だと思われた状態で…。
聖女の他の条件的にはほぼ満たしていると言えますが、私には特別な力の心当たりなんて本当にないのです。
やっぱりないと分かった時に、後で『聖女の名を語る悪女め!』とか言って断罪されたりしないでしょうか…?」
「それはないだろう。陛下は賢王とは言い難いが愚者でもない。たとえ聖女ではないと判断されたとしてもノエル殿下が先走っただけだと理解されるはずだ」
「賢王ではないのですね」
サラはアーサーのはっきりとした物言いにクスッと笑ってしまう。それから真剣な顔で千年前の聖女の力についての考察を述べる。
「私にあるのかどうかは分かりませんが、聖女様が持っていたとされる特別な力については大体どういうものだったか想像はつきます」
「そうなのか?セイン殿下は確か…『植物を自由自在に生やすことが出来た』と文献に残されていたと仰っていたな」
「はい。聖女様はおそらく自分が望んだ効果を持つ植物を生やすことが出来たのだと思います」
「自分が望んだ効果?」
アーサーはセインに聖女の特別な力について聞いた時に「植物の成長を促す能力」だと思ったので、サラの考察は少し意外だった。
「はい。聖女様が生やした植物は今もこの世界にたくさん残されています。ラナテスに生えている木や植物のほとんどは聖女様の力で生えたものでしょう」
「なに?そうなのか?」
「麹と同じ働きのある種子にヨーグルトの樹液を垂らす木、鎮静効果のある根っこ、日本に存在した植物に限りなく類似した『の、ようなもの』……どれもこれも私にとって都合が良すぎる植物が多いのですよ」
「サラにとって?」
「はい。もしかしたら千年前の聖女様はすべてを知っていたのかも……?
いえ、詳しいことはまだ分かりませんが、もしかしたら聖女様が残したとされる日記を見せてもらえば何か分かるかもしれません」
「それはセイン殿下達の望むところだろう。ずっと聖女の日記を解読すべく努力されてきたのだから。しかし…」
ここでアーサーは考え込むように口を閉ざしてしまう。
「辺境伯様?どうかなさいましたか?」
「いや…。もし、聖女がサラのために特別な植物を残したのだとしたら、サラは聖女を越えた存在なのでは…と思ったんだ」
「え?」
「聖女がなぜこの世界に現れたのかはいまだ明らかにされていないが、すべてはサラのためだったとしたならば少し厄介なことになるかもしれない」
「…王家ですか?」
「そうだ。初代国王が聖女を妻にしてアルセリアを発展させたことで、王家は聖女に憧れとも執着とも取れる並々ならぬ思い入れがある」
アーサーの赤い瞳が昏く光り出したことで、面倒なことになれば王家を滅ぼすかとまた良からぬことを考えていると察したサラは、慌ててアーサーの機嫌を取りなす。
「いえっ、まだ何も分かりませんから!それに私には特別な力なんてありませんし。
あとは聖女様の日記を見せてもらってから考えましょう?ね?」
「……そうだな」
なんとかアーサーの瞳から病みの光を取り除くことが出来てサラはホッと安堵の息を漏らす。
「あの……前世の話の続きは寝室でしてもいいですか?負の感情に呑み込まれてしまいそうで、少し恐いのです…。辺境伯様に抱き締めてもらいながら話したいなぁ、なぁんて…」
冗談っぽく伝えて誤魔化してみたが、これは紛れもないサラの本心だ。この記憶にはずっと苦しめられてきたので、この話をするにはとても勇気がいった。
「もちろんだ。サラが安心出来るのならばいくらでも」
いつもはこんな提案をすれば躊躇ったり赤くなったりするアーサーだが、今日はすんなり頷いたかと思えばサラを横抱きにしてベッドまで運ぶという積極性まで見せてくれた。
サラは自分のことを本当に理解してもらえている気がして嬉しくなり、そして前世での最後を話す覚悟をようやく決める。
「………辺境伯様。長く付き合って頂いた私の前世のお話もあともう少しでおしまいです。続きを聞いて頂けますか?」
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