66 スパルタ英才教育
祖父の家はオハイオ州の田舎にあった。
長閑な田園風景が広がる自然豊かな場所で、夏には川で蛍なんかも見れたりするそうだ。他にも家の外を歩いていると、リスやウサギ、鹿などの動物にも出会えることがあるらしい。
都会で育った美琴には見るものすべてが新鮮で、最初はコンビニもスーパーも車で一時間というこれまでとはかけ離れた生活に少し不安を感じていたが、そんなことはすぐに忘れて新しい暮らしに馴染むことが出来た。
すべて祖父のおかげだった。大好きな祖父と暮らせれば何もない田舎だって楽しく幸せに暮らせる―――といういい感じの話ではまったくなく、加減というものを一切知らない鬼教官と共に毎日毎日超ハードトレーニングに明け暮れていれば、コンビニのことなんかたちまちどーーーでもよくなってくる。
どうせ家の近くにコンビニや娯楽施設があったとしても、行く暇もなければ立ってそこまで歩く気力もない。
「美琴、立つんだ!これしきの走り込みでへたっていては実戦訓練には入れんぞ!!」
「はぁっはぁっはぁっはぁっ!」
時間はまだ朝の七時。すでに美琴とウィリアムは十キロの走り込みを終えている。
五時に起こされ入念なストレッチを終えた後のランニングだが、走る距離がいささかおかしいと思うのは美琴だけではないはずだ。
「ん?もうこんな時間か。先に朝食にしよう、美琴はゆっくり帰っておいで」
「はあ、はあ、はぁ………はぁぃ……」
祖父が家の方へと歩き出す後ろ姿を、美琴は地面に寝転がったまま見送った。
アメリカにある祖父の家へと引っ越してきて約二週間。美琴はトレーニング漬けの毎日を送っていた。
成長期の身体を壊してはいけないからと、美琴の身体に合わせたトレーニングメニューを考案し実践しているらしいのだが、「まったく身体に合ってないけど!?」と抗議を入れたいくらいハードだった。
毎朝十キロのランニングの後ウィリアム特製の朝食を食べ(最初の頃はしんどすぎてまったく食べれなかったり、食べれても吐いたりしていた)、お昼頃まで「もしもの時のサバイバル講座」をみっちりと受ける。
サバイバル講座では無人島で火や水を得る方法、簡易シェルターの作り方、応急手当や熱中症・低体温症の予防法と対処法について等など、どんな環境に落とされても(?)生き抜くための知識をこの二週間学んできたが、もとから真面目で勉強熱心な性格だったこともあり、美琴は興味を持ってサバイバル講座に取り組むことが出来た。
実際のところは身体を動かすトレーニングが辛すぎて座って話を聞くだけの座学が嬉しい、という消極的な理由で熱心に講義を受けている側面もあった。
そして昼食を食べたあとはウィリアムによる容赦ない地獄の筋トレが始まる。
まずは「体力をつけるための筋トレを少しずつ行う」と言っていたはずなのに、家の地下に作られたトレーニングルームに置かれた本格的なマシンを使ってがっつりと筋肉を酷使させられてしまう。
美琴が「もう無理!」と泣きついてもウィリアムは「泣いたところで敵は待ってはくれんぞ!一瞬の隙を見逃さず反撃に転じるための瞬発力と持久力を身につけるんだ!ほらあとワンセット!」と泣き言を許さないので、美琴は「私は一体何と戦うつもりなんだろう…?」とレッグプレスで太ももを鍛えながら遠い目をしてよく考えていた。
三時のおやつにフルーツやナッツを食べて筋肉を回復させてからまた筋トレ。
夜ご飯は炭水化物を中心にビタミンが豊富な食材を用いて二人で手早く調理したものを一緒に食べた。
美琴が十歳とは思えない手際の良さで料理を作るとウィリアムは何ともいえない顔をしていたが、こうなってみると日本での孤独な生活も悪いことばかりではなかったなと美琴は思う。
料理洗濯掃除と、家事は一通りなんでもこなすことが出来たからこそ祖父を手伝えるのだから。
誰かとお喋りしながら作る料理は、同じ味付けなのに不思議と一人で作って食べていた時よりも何倍も美味しく感じた。
ちなみに、夜ご飯を食べて一日のスケジュールが終わるわけではない。食後はウィリアムから護身術を学び、軽く、ではなくしっかり汗を流してからお風呂に入ってやっと一日が終わるのだった。
疲れ切った美琴は気絶するように眠りにつくのが毎日の日課となっていたが、こんな生活を一ヶ月、二カ月と続けていくうちに段々とやりがいを感じるようになってきていた。
筋肉を育てる快感(?)というか、十キロのランニングもへばることなく走り切れるようになってくると自分の成長を感じることが出来て楽しくなってくるというものだ。
こうして美琴はアメリカの学校が始まるまでトレーニング漬けの毎日を送り、観光のことなどすっかり忘れて筋肉作りにいそしんだのだった。
「………サラ、話の途中ですまないが…頼みがあるんだ」
「辺境伯様が私に頼みごとなんて珍しいですね。なんですか?」
「筋トレの話をしていたらなんだかお腹が空いてきました!」とサラが言うと、レイラ達が用意した料理をアーサーが手早く温め直してくれたので、食事をしながらのんびりと前世の話をしていたところ、急にアーサーが「頼み事がある」と言い出した。
それにしても「さすが王宮!」の一言で、使っている食材もさることながら料理人の腕もいいのだろう、贅を極めたフルコースに感動しながらサラは料理をパクパクと頂く。食事に夢中になりすぎて前世の話が少しおざなりになってしまったくらいだ。
「俺もサラのいろんな手料理が食べてみたいのだが……あと、一緒に料理も作ってみたい」
「なぁんだ〜、そんなことならお安い御用ですよ!」
アーサーの頼み事の可愛さにサラはおもわず破顔する。言いにくそうにしているから何事かと思えば些細な願い事だった。
「私が作れるのは庶民的な料理ばかりなのでお口に合うかどうかは分かりませんが、グラハドールに帰ったら何か作りますね」
「っ!あぁ、ありがとう」
嬉しそうに微笑むアーサーの顔を見るとなんだかサラまで嬉しくなってきてしまう。
サラはアーサーの笑顔のためならば、聖女の力である真実の眼を駆使してでも日本で使っていたような調味料を探してみせると固く決意した。
ラナテスに入ればなんやかんやで味噌やみりんや醤油味の植物だって見つかりそうだ。
「それにしても辺境伯様は料理を作ることにも興味があるのですか?野営をしなければならないから簡単な料理なら出来ると以前おっしゃっていましたけれど」
「いや…興味があるから作りたいわけではなく、サラのすべてを知りたいだけというか…」
「え!?」
「前世のサラと一緒に料理を作ったという祖父君が羨ましくてだな……。俺だって料理を作るサラを隣で見ていたいし、一緒に楽しさを分かち合いたい。
どんなサラも見逃したくないし、俺の知らないサラを他の人が知っているというのも嫌だ。
前世の話で、しかも祖父君相手だというのに……嫉妬している」
「っ!!!」
子どもっぽい主張を並べるアーサーは、普段のキリッとして軍を統制している姿とは別人のようで、新たな一面を知ったサラは心の中で盛大に「可愛いぃぃ!」と叫んで大興奮だ。思わぬ攻撃にサラが瀕死の状態に陥りかけているというのに、アーサーはさらに追い打ちをかけてくる。
「叶うのならばサラのこれからの“初めて”はすべて俺と共にあってほしい」
「へ、辺境伯様……!!私の毛細血管のためにももうこのへんで…!!」
「? わかった」
アーサーの言葉を変に解釈したサラは「これからの初めてってそういうことですか!?」とテンションが爆上がりし、久しぶりに鼻血を噴きそうになってしまったのでこれ以上の言葉責めは懸命にも回避した。
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