65 観光よりも大事なこと
未成年後見人となるには祖父だけでは認められない(祖母も必要)かもしれませんがお話の都合上、美琴の両親がどうしようもなく腐っているので祖父の主張が認められた、ということになっております。法律的におかしくても物語としてお楽しみ頂けると助かります!!
ウィリアムは美琴の生活環境を知るやいなやすぐさま必要書類を準備し、家庭裁判所まで赴いて美琴の未成年後見人となるべく申し立てを行った。
美琴の両親は結局離婚することになったのだが、二人とも子どもの親権なんかいらないと強く主張したため担当してくれた裁判所の人もドン引きだった。
その結果、祖父ウィリアムが美琴の未成年後見人となることがわりとスムーズに認められたのだった。
「美琴、アメリカに行くぞ」
ウィリアムにそう一言告げられた美琴は、言われるがまま生活拠点をアメリカに移すことにした。
母マリアは高校を卒業するまでアメリカに住んでいたこともあり、美琴とも日常会話を英語で行うことが多かったので英語を話すことに問題はない。
心から信頼して何でも話せる親友もいなければ、離れたくないと恋焦がれるような男の子もいなかったので、祖父と一緒にアメリカへと渡ることになんの躊躇いもなかった。
日本にいてはマスコミに騒がれて落ち着かないというのもある。
それに祖父と一緒ならどこでもよかったのだ。つい最近まで二人はお互いの存在をまったく知らなかったわけだが、短い間で驚くほど打ち解け合い、今ではまるで最初からそうであったかのように“家族”として暮らしている。
祖父は厳格な人だったが間違ったことは言わないし、何より自分に一番厳しいので理不尽さは感じない。こうと決めたらやり遂げる意思の強さには尊敬の念を覚えるほどだ。
大人になったら自分もこういう人になりたいと思える指針となる存在、それがウィリアムだった。
「ねぇ、おじいちゃん!アメリカの学校って九月から始まるんだよね?それまであちこち観光してみたいなぁ〜!
私、旅行とかしたことないけどガイドブックを読むのは好きで、もしアメリカに旅行したらここに行こうっていうのは決めててね、やっぱり自由の女神像は生で一回は見ておきたいし、ナイアガラの滝とかセントラルパークとか、自然に触れる体験が出来る場所にも―――」
アメリカへと向かう飛行機の中で美琴はウィリアムの筋肉質な太い腕に抱き着きながら、行ってみたいところを順番に挙げていく。
今までは甘えられる相手がいなかったので大人びた子どもに見えていたが、今の美琴は年相応に振る舞うただの女の子だった。
「美琴、残念だが観光はお預けだ。先にやらねばならんことがある」
「え?なにそれ。私、英語なら問題なく話せるよ?」
諸々の手続きは済ませてあるし、アメリカに住むにあたり必要な物は日本で買ってすでに送ってある。それに家では勉強ばかりしていたため英語以外の学習も特に不安なところはない。
心当たりのない美琴は「他にやることなんかあったっけ?」と首を傾げる。
「語学の勉強ではない。やらねばならない事とはトレーニングだ」
「え…?トレーニングって……何の?」
「心を鍛えるためのトレーニングだ。今の美琴に足りない力をつけなければ悪いやつに利用されるだけ利用されて終わってしまう」
「え!?え、本当に分かんない、おじいちゃんどういうこと?」
美琴は腕から手を離すとウィリアムの顔を見上げる。ウィリアムはそんな美琴の頭にポンと手を乗せて、今まで話題に出して来なかったあの時の出来事について口火を切る。
「美琴はマリアにナイフを突きつけられた時、最後の最後で生きることを諦めただろう?」
「…っ、あれ、は……」
確かにあの時必死に抵抗はしたが、なぜこんな惨めな思いをしてまで生きなければならないのか分からなくなり、「もうどうなってもいい」と思って身体の力を抜いた。
母を娘を殺した殺人犯にしてやろうと目論んだとしても、生きることを諦めたと言われればその通りだ。
ウィリアムに叱られると思った美琴は言葉を濁して俯いてしまう。
「美琴を責めているのではない。むしろ責めらるべきはマリアをあんな風に育ててしまったわしの方だ」
「……おじいちゃんも絶対に悪くないよ。お母さんがもとからああいう人だったってだけ」
まだ短い時間しか共に過ごしていないが、それでも祖父が真っ直ぐな人だということは分かる。この祖父に育てられてああも歪んでしまったのはマリアの素質によるものとしか考えられない。
「そう、だな……」
ウィリアムは大きな手で美琴の頭を撫でる。どれほど後悔しても自分の娘が孫に刃物を突きつけたという事実は変わらない。
ウィリアムの最愛の妻・恵子はマリアが十四歳の時に病で亡くなった。恵子は素行の悪い娘の将来を最後まで心配しており、ウィリアムは病床の妻を安心させるため「俺が必ずなんとかする」と誓ったのだ。
妻との約束を守るべくこれまで以上に厳しく育てたが、厳しくし過ぎた反動でマリアがあんな風になってしまったというのなら、ウィリアムにはもうどうしようもなかった。
なぜなら、あれはウィリアムなりの愛情表現であり、これ以外の伝え方を知らないからだ。
美琴もマリアと同じように育てるつもりでいるので、受け入れてもらえることを切に願うばかりだった。
「美琴、これだけは忘れないでほしい。
誰かに刃物を突きつけられた時に取る行動は諦めることではない、敵を制圧することだ」
「制、圧……?」
「そうだ。まずは武器を奪い相手の心をへし折るまで痛めつけた後、拘束する。動けないよう足の一本でも折っておけば逃げられる心配もない。刃物を持ち出すような輩に手加減はいらん。やるなら徹底的に、だ」
「え………あの時お母さんを痛めつけるのが正解だったってこと……?そんなの無理だよ!!」
「なぜ無理なんだ?」
「え、なぜって……」
祖父は何を言っているのか。美琴は小学生のわりに背が高いというだけの子どもであり、細いとはいえ体力を使うモデルの仕事をしている母には腕力でも身体の大きさでもとうてい敵わない。それに人の痛めつけ方なんか知らないし知りたくもなかった。
「美琴。絶対に生きることを諦めてはいかん」
「…!」
「あの時美琴にマリアからナイフを奪う術さえあれば、言いなりになって自分の命を諦める選択をする必要はなかったはずだ」
「……」
「大きな力には常に責任が付き纏う。人を殴れば自分も殴られる覚悟が必要だ。戦えば何もしないで蹲るよりずっと恐い思いだってするだろう。
でもわしは美琴にどんな時でも、どんな相手にも立ち向かえる勇気と知識を身につけてほしいと思っておる」
「そのための………“トレーニング”?」
「そうだ。まずは筋力をつけるところから始めようと思っているのだが……どうだろうか?」
「……」
美琴にも祖父の言いたいことはなんとなく分かる。弱いままだと逃げることしか出来ないが、強ければ身を守ることだって戦うことだって相手を倒すことだって出来るのだ。
あの時、美琴が抱いた感情は“悔しい”だった。
理不尽なことを言って傷つけようとしてくる母親に立ち向かえない弱い自分が、情けなくて惨めで悔しかった。
「私でも、強く………なれるのかなぁ…」
「!…なれるとも。わしが美琴を必ず世界で一番強くしてみせよう」
「ふふ、あはは!なにそれ!おじいちゃんでも冗談言うんだね」
ウィリアムは可愛くて仕方がない孫に自分なりの“愛し方”を受け入れてもらえたことが嬉しかった。
マリアに出来なかったことも全部してあげたい。自分が持つ知識はすべて授け、ありとあらゆる経験をさせるつもりだった。
『美琴を世界で一番強くしてみせる』―――ウィリアムのこの言葉は冗談でもなんでもなく本気だったのだ。
「―――前世のサラは本当に世界で一番強くなったのか?」
ここまでの話でアーサーが気になったのは美琴が世界一の強さを手に入れたのかどうからしい。
「ふふ!さすがに無理ですよ。世界は広いですからねぇ。ただ、五・六年も祖父考案のトレーニングメニューをこなせば普通の女子高生とは言い難い仕上がりになっちゃいましたけどね…」
「じょしこうせい?」
「ちょうど今の私くらいの年齢の人達が通う学校の女子生徒のことです。私が今十六だから…あ、もう誕生日過ぎたから十七歳か」
「は!?」
「え?」
信じられないものを見る表情でサラを見下ろすアーサーと、きょとんとした顔でアーサーを見上げるサラ。
「…………いつ誕生日を迎えた?」
「昨日です!」
「昨日!?」
アーサーはラナテスでスタンピードが発生した時よりも深刻な顔で立ち上がると、サラを腕に抱いたまま歩き出す。
「辺境伯様?どちらへ?」
「今すぐグラハドールへ帰る。王家になど構っていられない。すぐにサラの誕生パーティーを開かなければ!」
「えーーー!?」
国王陛下(しかも弾丸スケジュールで帰って来てくれている)との謁見を翌日に控えているというのにアーサーの変なスイッチを押してしまったサラは、捨て身の必殺技・泣き落としまで駆使してなんとかすぐの帰還を諦めてもらった。
代わりにグラハドールに帰ればサラの生誕祭として領民達を巻き込んでの盛大な祭りを行うと約束させられてしまったが、背に腹は代えられないので泣く泣く了承したのだった。
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