60 ここではない世界のおはなし
サラ達が部屋で寛いでいると、ドレスの着付けをしてくれた顔馴染みの侍女達が静々と入室して来た。そして三人は順番に頭を下げていく。
「改めてご挨拶させて頂きます。本日は聖女様のお世話をさせて頂きますレイラと申します」
「サーヤと申します」
「アンジェリカと申します」
「先ほどセイン殿下が侍女を送って下さると仰っていたのは皆様のことでしたか!またお会い出来て嬉しいです!」
サラは椅子から立ち上がると三人のもとまで笑顔で駆け寄る。
王宮で着替えた時に二回ともお世話してくれたのがこの三人で、二十三歳で最年長のレイラと十九歳のサーヤとアンジェリカは、サラにもとても丁寧に接してくれた上に美人で話しやすく、勝手にお姉さんのように思っていたのでまったく知らない人が来るより断然嬉しかった。
「まあ…サラ様…。わたくし達も聖女様のお世話をさせて頂けてとても光栄ですわ」
「聖女様とお話出来るなんて夢のようです…!」
「サラ様が聖女様でしたなんて驚きましたわ!ですが儚げな見た目に反して誰よりも強い御心を持つサラ様の清廉さに触れた身としては納得も致しました!」
三人はサラを讃える言葉をそれぞれ口にしてはうっとりした顔で、同じ部屋にいるアーサーやヴァンには目もくれず熱心にサラだけを見つめている。
以前はアーサーが部屋に入室しようとした際、忍者かな?と思うほどの素早さで逃げ出した事を考えればえらい違いだ。サラはこんなところでも聖女の肩書きの効果を思い知る。
「さあ聖女様、何から致しましょうか?本日は本当ならば王都の人気洋菓子店に行かれる予定だったと伺っておりますわ。
今から王宮のシェフに聖女様のお好きな菓子を作らせてティータイムはいかがです?今ですと庭園の薔薇が見頃ですので外でお召し上がりになるのもよろしいかと」
「それよりもフルエステがおすすめですわ。聖女様は今のままでも十分お綺麗なのですが、髪や肌や爪の手入れをわたくしに任せて頂ければもっともっと輝きますわ!」
「サーヤはずっとサラ様は磨けば光る原石なのにと言っていたものね。ですが聖女様は少しお疲れのご様子。ここはゴッドハンドを持つわたくしのスペシャルマッサージの出番ではないかしら?」
最初は聖女認定されたサラを前に緊張した様子を見せていたが、歳の近い女の子が集まるとやはりすぐにわいわいと賑やかになるようだった。どれも捨てがたいなとサラが悩んでいるとアーサーが隣に立つ。
「悪いがサラを先に風呂に入れてその間に食事の用意を。それが済んだら退室してくれ」
「「…っ!」」
「か…、かしこまりました…」
アーサーを前にしたレイラ達はすぐに下を向くと絞り出すような声で返事をして深く頭を下げる。
サラにとっては滅多にお目にかかれないほどの美丈夫として映っているアーサーが、他の女性には青褪めた顔で恐れられている場面を見ると「本当に高魔力者の人って醜く見えてるんだな」と実感出来る。
レイラ達が悪いわけではないがアーサーが傷ついていないか心配で、サラは隣に立つ彼の手をそっと握って顔を見上げた。
するとアーサーはサラの視線の意図を察して「大丈夫だ」とでも言うように空いている方の手でサラの頭を優しく撫でる。サラは気持ちよさそうに目を細めてそれを受け入れ、たちまち二人の世界を作り上げていく。
ヴァンにはすでにお馴染みとなりつつある二人のやり取りも、レイラ達にしてみればサラが化け物と戯れているようにしか見えず、目を疑うような光景に他ならない。
しかし―――
「……聖女様であらせられるサラ様はわたくし達凡人とは考え方も見え方も異なるのだわ」
「聖女様は特別な御方。だから恐ろしい辺境伯様に微笑みかけられるのね…」
「きっと心が澄んだ水のようにお綺麗なんだわ。なんといっても伝説の聖女様ですもの…!!」
侍女三人は勝手にサラを美化して本人とは真逆の聖女像を創り上げていく。
二人の世界に入り込んでいたサラとアーサーには聞こえていなかったが、侍女達の会話がばっちり聞こえていたヴァンは「奥様は面食いなんだぞ」と思いながらため息をついた。
それからレイラ達は手際よくサラの身体を清めてくれた。
馬鹿でかい風呂場の中にはプライベートプールほどの広さの浴槽があったりエステ台やリラックスチェアが置いてあったりと、個人の部屋に併設されているとは思えないほど充実した内容で、サラは侍女達に言われるがまま寝転がったり腰かけたり湯に浸かったりしてピカピカに磨かれまくった。
自らゴッドハンドと評価するだけあってアンジェリカの手腕はとても素晴らしく、軽くマッサージしてもらっただけなのに身体中の毒素が流れ去ったような気がする。
仕上げに薔薇のような華やかな香りの香油を全身に塗ってもらえば、別人と詐称出来るほどに普段のサラとはまったく別人の湯上がり美女の完成だ。
アーサーも普段の五割増(?)で美しく輝くサラに見惚れてしばらく言葉が出なかったほどだった。
ちなみに、嫉妬深いアーサーがお風呂上がりの無防備なサラを自分以外の異性に見せるわけもないので、ヴァンはすでに護衛専用の控室へと追いやられている。
続けてレイラ達は何台ものワゴンを部屋に運び入れると、美味しそうな料理の数々をテキパキとテーブルに並べていく。最後にワインをグラスに注ぐと、サラに名残惜しそうな視線を向けた後、一礼して退室して行った。
サラももう少しレイラ達と話したいなと思ったが「ありがとうございました!」と言って笑顔で三人を見送る。すると、背後に立ったアーサーにひょいと抱えられそのままソファまで連れて行かれてしまった。
「……侍女達をすぐに追い出すような真似をして悪かったな。歳の近い同性と話す機会など滅多にないというのに…まだ話したかっただろう?」
「いえ。また会えると思いますし、それに私も早く辺境伯様と二人きりになりたかったので」
アーサーの膝に座らされたサラは、背中から抱き締めるように回された大きな手にそっと触れ自分も同じ気持ちであることを伝える。
アーサーの手がすぐに自分の手を握り返してくれる、ただそれだけでも胸の中から勇気がコンコンと湧いてくるようだった。
「辺境伯様……。私の前世の話を聞いて下さいますか?」
「もちろんだ。サラがまずは俺に話したいと言ってくれてとても嬉しかった。
夜中によく魘されているがあれは過去の記憶のせいではなく、前世の記憶せいなのだろうか」
「あ…私って夜中魘されてますか?そうですね……“サラ”としての過去もそれなりに色々なことがありましたが……魘されるとしたら前世の死に際を思い出して、でしょうか」
アーサーはハッとしてサラの体勢を変えこちらに向かせると、その細い身体をぎゅっと抱き締める。
「そうか……。前世というのは一度その生を終えたことになるのだな。そしてその死に際を覚えているなど…魘されて当然だ」
「少し……無念が残る死に方だったのです。なんであそこで諦めちゃったんだろう、って…。
大事な人に一番大切なことを教えてもらったのに……最後の最後でその教えを裏切るような真似をしてしまったことが心残りなんです」
サラはアーサーの膝に横座りする形で、逞しい胸に頬を寄せながら前世の最期に思いを馳せる。
「サラの前世は………幸せではなかったのか?」
「幸せでしたよ。父は食品会社社長、母はハーフ美人モデルとしてテレビにも引っ張りだこな有名人。
おかげで私は生まれた時から高級マンションの最上階暮らしで、欲しいものがあればなんでも買ってもらえる勝ち組人生を送っていました。
友達だってたくさんいて、いつだって皆の中心にいた私はクラスの人気者だったんですよ。母がハーフだったので私はクォーターでしたがどこか日本人離れした顔が珍しかったのか、外を歩けばモデルにならないかと事務所の方に声を掛けられるのはしょっちゅうでした」
「サラ……」
アーサーには分からない単語が多かったが、サラが前世を幸せだと思っていないことは苦しげに話すその様子からよく分かった。
「なぁんて……。確かに周りから見た私は幸せそのもの、順風満帆な人生を歩んでいるように見えたかもしれません」
サラはアーサーが初めて見る昏い笑みを浮かべてどこか遠くを見ている。
「………順を追って説明しますね。私の前世の名前は『神崎美琴』と言いました―――」
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