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6 化け物達の巣窟


 本来王都から辺境の地グラハドールまで、陸路を行けば休憩や宿泊などに時間を取られ軽く一週間はかかってしまうところを、飛行車は半日ちょっとの時間で辿り着けるとなればその凄さがお分かり頂けるだろうか。



 夜間も飛び続けた飛行車の中でいつの間にかぐっすりと眠ってしまったサラは、これから自分はどうなってしまうのかと悩む暇すらなくグラハドールへと降り立っていた。着地の瞬間すら何の衝撃もなかったので、着いたことすら言われるまで気付かなかったくらいで、乗り物に乗って長距離を移動したという感覚がほとんどない。


「サラ、着いたぞ。ここが俺の城だ」


「え………」


 先に飛行車から降りたアーサーに差し伸べられた手を取り半日ぶりの地面に降り立ったサラは、あまりの環境の変化に戸惑う。

 まず、まだ初夏だというのに涼しい。暑くなり始めた王都からやってくるととても過ごしやすいと感じるが、冬は極寒になりそうな予感がした。

 そして眼前には城、というより要塞と呼ぶ方がしっくり来るような巨大な建造物が聳え立っている。見上げた最上部までは二十メートルほどあるだろうか。

 城は高台に設けられており、城よりも少しだけ低い高さの城壁が見渡す限りずっと続いていて、その城壁には一定間隔で外側に突き出た塔が設けられていることから、ここから監視や攻撃を行うのだろうと推測された。

 アーサーは辺境伯を拝命しているのだからグラハドールが平和な地という訳はあるまい。


 次に重厚感ある城に目を向けると、全体的に窓が少なく、加工されていない石を使用した造りのせいか、無骨でゴツゴツとした印象を受けた。そして城の壁はどんな外敵からの攻撃にも耐えれそうなほど分厚い。

 最上階には監視塔のようなものもあり、騎士の制服に身を包んだ人達が時折見え隠れしていた。


 降り立った場所は城門のすぐ近くにある少し拓けたスペースで、サラが乗せてもらったのとは別の飛行車が二台置かれている。


「それは飛行車の試作品だ。城の者達は正面の入り口で待っている。サラ、こちらへ」 


「は、はい」


 サラは緊張している様子で、差し出されたアーサーの手をぎこちなく握る。

 

 実はアーサーも少し緊張していた。


 実家での監禁生活で世の中の情報に疎いであろうサラがどこまでこの地について知っているかは定かではないが、実はグラハドールは人々から様々な呼ばれ方をしている。


『アルセリアの鉄壁の護り』、『最強の守護者』、『最後の砦』―――等など。

 これらの意味するところはグラハドールがアルセリア王国防衛の要であるということ。


 グラハドールの北にある国はゴリゴリの軍事国家で、アルセリアの豊かな資源を狙い何度も侵攻を仕掛けてきてはアーサーに返り討ちにされているし、領内にある広大な森には凶暴な魔物が多く生息しており、それらの討伐も辺境伯軍が一手に担っている。


 そもそもこの森―――ラナテス森林はグラハドールの所有ではなかったのだが、あまりにも多くの魔物が湧いて出るので、ラナテスを所有していた元の領主が「自分の手にはもう負えません!」と陛下に泣きついたという経緯を経てグラハドールの手に渡ったといういきさつがある。


 正直、北の軍事国家の動向を探ったり侵攻してきた兵士を退ける任務に加え、魔物討伐という余計な仕事を増やされた形で、ラナテス獲得はグラハドールに何の益もない。

 むしろ広大な森林を得たことで筆頭公爵家を凌ぐ領地を有することとなり、その結果、無駄に高位貴族の敵を作る羽目になった。


 まぁ、ここまではどうでもいいとしてグラハドールにはもう一つ、有名な呼ばれ方がある。


 それは―――『化け物達の巣窟』


 なんともひどい侮蔑の言葉だがこればかりはもう仕方がない。醜いと蔑まれた者達が自然と世界で一番醜いアーサーの元へと集うのだから、必然的に辺境伯軍は醜い者達で溢れかえってしまうことになる。


 しかしここを『化け物達の巣窟』と蔑む者達は、その醜い者達の魔力によって平和を享受しているのだと本当に理解しているのだろうか。



 じつは魔力量との顔の醜さは大いに関係している。


 身に宿る魔力が多い者は、身体の外に自然と豊富な魔力が漏れ出してしまうのだが、それが弱い魔力しか持たぬ者の視覚や精神に多大な影響を与え、その者を恐怖の対象として強烈な負の感情を抱かせてしまう。


 つまり魔力量が並外れて多い者は本来持っている顔とは関係なく、弱い魔力しか持たぬ者にとって一律醜い顔に見えてしまうのだ。


 身体から魔力が漏れ出ている人間を高魔力者と呼ぶのだが、では、高魔力者同士が互いの顔を見た時はどう感じるのか。


 その答えは「相手を醜いと思う」、だ。


 そのため高魔力者にとって、自分の顔を正しく認識出来る者は自分しかいない……本来はそのはずなのだが、ここには最高魔力保持者のアーサーがいる。


 アーサーの魔力量は一般的な高魔力者の百倍以上あるので(もう正確な数値すら分からない)、アーサーから見れば高魔力者だって弱い魔力しか持たない人間と大差はなく、よって高魔力者であっても本来の顔を認識することが出来た。


 差別を受けグラハドールにやって来た高魔力者達は、アーサーにだけは「顔を見て会話をする」という普通の人間のように扱ってもらえることに歓喜した。


 誰もアーサーの顔を見ることなど出来ないというのに―――


 魔力量が多ければ多いほど他者に与える影響は大きくなるので、アーサーは「世界で一番醜い孤独な化け物」と呼ばれた。


 体外に漏れ出るほどの魔力を有する者、高魔力者は世界中探してもわずか数パーセントしかいない。

 その圧倒的少数の高魔力者達は、そこがどれほど危険な地であろうともグラハドール軍の入隊を目指す。


 醜いと蔑まれ続けた者達にとってグラハドールは安息の地。


 それはアーサーにだけは本当の自分を認識してもらえるからか。


 同じように迫害されてきた仲間達がいるからなのか。


 それとも―――自分よりも醜く可哀想な存在に安堵出来るからなのか。


 とにかく、弱い魔力しか持たぬ者にとってここは紛れもなく「化け物達の巣窟」であり、サラがこの地をどう思うのか分からないというのがアーサーが緊張している理由だった。


 世界一醜いアーサーの顔を見ても気絶しないという奇跡を見せたが、さすがのサラも自分以外全員化け物という環境に置かれてはいずれ狂ってしまうかもしれない。

 それでも―――可哀想だとは思うが、アーサーにはサラを手放すつもりはまったくなかった。




 石畳の階段を登り城の正面入り口までやってくると、辺境伯軍に所属する騎士達がアーサーの帰還を整列して待ち構えているのが見えた。


 戦闘中はふいに仲間の顔が目に入り、嘔吐なり気絶なりしてしまえば命に関わるので仮面をつけているのだが、普段は素顔で過ごしている。皆絶妙に仲間の顔から視線を逸らして会話する様子は一見余所余所しく見えるかもしれないが、迫害されてきた者同士の結束はとても固い。


「閣下、お帰りなさいませ」


「「「「「お帰りなさいませ!!」」」」」


 副司令官のブラッドを筆頭に、部下達が次々と頭を下げる。


「ああ、今戻った。変わりはないか?」


「はい。大きな問題はありませんがラナテス森林から小型の魔物が数百出て来ています。森の奥で大型同士の戦闘でも起きたのかもしれません。動向は注視していますが―――」


 副司令官としてアーサー不在の間辺境を守っていたブラッドはスラスラと報告していくが、ここでアーサーの大きな身体に隠れていたサラの存在に初めて気が付く。


「え……、閣下、その、女性は…」


「えぇ!?閣下が女の子連れてる!!」


「嘘だろ!?」

 

「可愛い〜!!ね、君の名前は?」


 ブラッドの困惑した声を皮切りに、出迎えていた部下達がわらわらとアーサーの周囲に集まり出す。

 彼らは生まれてからずっと蔑まれてきたことで多少性格が歪んではいるが、基本的には気のいい奴らなので自分が相手に醜いと思われていると分かっていても臆することなくサラに話し掛ける。



 アーサーは心のどこがで期待していた。


 アーサーの目を見て会話してくれたサラならば、傷つきながらも必死にここ(グラハドール)を目指した彼らを受け入れてくれるのでは、と。



 だが―――



「目が………潰れそうだわ……」


 サラは真っ青な顔で口元を押さえ、そう呟くと気を失ってしまった。

 崩折れたサラをアーサーは難なく受け止める。が、その瞳は昏く冷たい。


「……閣下」 


「彼女の名前はサラ。昨日の夜会で婚姻を結び俺の妻となった」


「っ、妻!?」


 ブラッド達は驚きに息を呑む。しかしどういう経緯でそうなったのかは安易に想像がついた。どうせセインがいつものようにアーサーに結婚をせっつき、ついに女を充てがうという暴挙に出たのだろう。

 

「それにしても婚約をすっ飛ばして婚姻、ですか…」


「この子が閣下の奥様って…大丈夫なんすか?俺達の顔見て一々気絶されんの面倒なんですけど」


 ブラッドが難しい顔で呟くその横で、まだ年若いヴァンが不満げな声を上げる。


 アーサー達は「醜い」と言われ慣れているからといって何を言われても平気なわけではない。

 ましてやグラハドールの城の中では同じ境遇を生きてきた者達しかおらず、ヴァンなどは拒絶の言葉を浴びせられること自体が久しぶりだった。


「目が潰れる、ね。よく言われたわー、それ」


 無邪気にサラの名前を尋ねていたヴァンはそこにはもういない。アーサーの腕の中にいる気を失ってしまったサラを心配する素振りは一切なく、手持ち無沙汰に前髪を弄っている。どうやらサラへの興味は一瞬で無くなったらしい。


「サラが言ったことは俺が謝る。彼女もいきなりグラハドールに連れて来られて混乱しているんだ」


「でしょうね」


 ブラッドは即座に肯定する。普通の女がいきなりこんな場所(化け物達の巣窟)に連れて来られたとしたら混乱どころか錯乱してもおかしくはない。


「それにサラには辺境伯の妻としての役割を求めるつもりはない。俺の部屋に閉じ込めるからお前達と会うことはもうないだろう」


「……!」



 アーサーから漏れ出る魔力が急に重苦しくなり、顔を見たわけでもないのにブラッド達は意識を飛ばしそうになった。 


お読み頂きありがとうございます! どのような評価でも構いませんので☆☆☆☆☆からポイントを入れて下さると作者が喜びます!! よろしくお願い致します(人•͈ᴗ•͈)

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