59 聖女待遇
「この御方は魔王などではない。我々が千年待ち望んだ聖女様だ」
大きな声を出したわけでもないのによく通るセインの言葉が厳かな森の中、静かに響き渡る。
内容を理解した騎士達は困惑した表情を浮かべ剣を揺らしたが、王族二人の顔を見て先ほどの言葉が真実であると理解するやいなやすぐさま剣を鞘に収め、前方にいる者からサッと跪いていく。
波が広がるように視界が開けていく様は圧巻で、強い意思に呑み込まれてしまいそうな、今までの日常が足元から崩れ去って行くような恐怖を感じた。
「辺境伯様…っ」
「大丈夫だ、俺が側にいる。…騎士達が怖いのならばすぐに排除するが?」
「あ、大丈夫です」
数百人はいるであろう王宮の騎士達がアーサーに秒で消される光景がありありと目に浮かんでしまい、サラは悲劇を回避するためにもすぐにお断りを入れる。
しかしなにがあっても通常運転なアーサーにほっこりして少し落ち着くことが出来た。
それにヴァンと目が合うと「聖女ってどういうことですか!?」という顔をしているのが丸わかりで、「高魔力者の人って顔を認識されないと思って油断しているから考えていることが全部顔に出ちゃうのかな」なんて感想が浮かび、クスッと笑えたことでもういつもの自分に戻ることが出来た。
―――聖女だろうが魔王だろうが関係ないわ。私はサラ・グラハドール。世界で一格好いい辺境伯様の妻、ただそれだけ。
これだけはなにがあっても絶対に変わらないという心の拠り所があるのだから、周りからどんな目で見られようとも恐れることはない。
サラは俯いていた顔を上げるとまっすぐ前を見据えた。
***
「聖女様、本日はこちらの部屋でお休み下さい。他国の式典に参加するためアルセリアを立っていた陛下にも連絡を入れましたので、明日の朝には帰国するでしょう。そのためこちらの都合で申し訳ございませんが、聖女様との謁見は昼頃とさせて頂きたいのですが…」
「ぇ゙」
アルセリアの英雄の腕に抱かれながら王族二人と数百名の騎士を引き連れ廟堂から王宮へと戻って来たサラは、最初「捕らえられた魔王」として周囲に見られていたようだが、王宮での騒ぎを聞きつけ集まっていた高位貴族達を前に、サラは聖女であると王族の名のもとに宣誓したことで王宮が揺れるほどの騒ぎとなった。
蔑みから一転、目の色を変えて「聖女様!!」とサラを讃えだした貴族達の変わり身の早さについていけなくなって思わずアーサーの首元に顔を埋めると、セインとノエルがすぐさま彼らを蹴散らしサラ達を今日泊まる部屋へと案内してくれた。
そこまでは良かったのだが案内された部屋がどう考えてもおかしい。
そこは前世でも泊まったことなんかない、テレビなどで見たことがあるだけの超高級ホテルのスイートルームのような部屋で、ベッドルームとリビングルームの他にも複数のバスルームやトイレが設置されていた。護衛が滞在出来るようなコネクティングルームまで付設されており、一体どんな要人が泊まるんだとツッコミを入れたくなる。
おそらく、きらびやかな王宮の中においてもこの部屋は異常なほど豪華絢爛で、元子爵令嬢の辺境伯夫人が使用していい部屋では絶対にないと確信する。
もしかして辺境伯であるアーサーがいるからかとアイコンタクトを送れば、アーサーにはそっと首を振られてしまった。やはりこれは聖女待遇だったようだ。
聞けばここは聖女がいつ降臨しても対応出来るように今の王宮が建てられた時からある“聖女のための特別な部屋”ということらしい。
それだけでも身に余る待遇に萎縮してしまうというのに、明日サラと会うために自国の陛下がわざわざ予定を変更して他国から戻ってくると聞かされれば頭の中が真っ白になるというもの。
しかしサラの「ぇ゙」を不満の意と捉えたセインは表情を曇らせとんでもないことを言い出した。
「明日の昼では遅いでしょうか?ノエル、陛下に馬車ではなく騎乗して戻るようすぐに伝えてくれないか?よく考えてみれば聖女様をお待たせするなどあり得ないことだった」
「分かりました、すぐに連絡を入れます。夜間も休まず走らせましょう」
「や、やめてぇ!!陛下にそんな指示を出すなんてどんなイカれた女なんですか私は!!」
サラは目を剥いて馬鹿なことを言うセインと、通信魔道具をいそいそと取り出したノエルを制止するが、ノエルにはきょとんとした顔で見返されてしまう。
「聖女様はこの国の頂点に立たれる御方なのですから何をしても、何を求めても構わないのですよ。
我々は聖女様に仕えるため千年もの間血を繋いできたに過ぎないのですから」
「っ……、わ、私は………」
聖女信仰が強いとは感じていたがこれほどなのかと、サラは“聖女”という肩書の重責に押しつぶされそうになる。戸惑うサラを見かねたアーサーはサラの肩を抱き寄せ二人の王子に苦言を呈した。
「殿下方。サラは自分が聖女であることをまだ完全には受け入れられていません。過剰に聖女としての権利を押し付けるのは止めて下さい」
「そうか…。確かに今日は色々あり過ぎたからね。
分かりました、私達がいては聖女様も身を休めることは出来ないでしょう。後ほど侍女を送らせますのでそれまでごゆっくりなさってて下さい」
アーサーの言に納得したセインとノエルはサラに一礼すると豪華スイートルームを退室して行く。
サラはここでやっとふーと息をついて肩の力を抜くことができた。それでも自分の身に起こった、激しく回転するジェットコースターのような目まぐるしい変化についていけそうになかったが。
「サラ、大丈夫か?」
「辺境伯様……。はい、貴方がいて下さるのなら」
心配そうにサラを見つめるアーサーの目があまりにも優しくて、胸の中に巣食う不安や真実を告げた後悔などがゆっくりと溶かされていくのを感じる。
またしても二人の世界に突入しかけたところ、ヴァンの遠慮がちな声が聞こえた。
「あの…すみません、俺はどうすれば…?それに奥様が聖女様というのは……?」
そういえばヴァンは屋敷で留守番していたため、サラの身に起こったあれこれを知らない。
アーサーにひっついて出掛けただけのサラが数時間後には聖女と呼ばれてこんなVIP待遇を王族から受けているのだからその戸惑いも大いに共感出来る。
しかし聖女と呼ばれる前には悪魔から魔王と崇められていたと知ればもっと驚くことだろう。
サラは「ヴァン様は一体どんな顔をするのかなぁ」と呑気なことを考えながら、アーサーがヴァンに王宮で起こったことについて説明するのを眺めていた。
「つまり……………奥様は魔王疑惑が拭いきれていないまま王太子殿下に認められた暫定聖女様、ということですか……?」
「確かに…。なんか自分でも聖女様と呼ばれてその気になっていましたが、悪魔に魔王と呼ばれた理由については分からずじまいでしたね…」
アーサーから説明を受けたヴァンが簡潔に話をまとめてくれたが、言われてみればまだ魔王疑惑は払拭されていなかったことに気づく。
ちなみに王家の極秘事項である聖女の条件や真実の眼、異世界の記憶については他言出来ないのでヴァンにも話していない。「ある条件を満たしたのでセインはサラを聖女だと判断したようだ」と説明した。
そのためサラに前世の記憶があることをヴァンは知らない。
ヴァンに説明しているうちに悪魔が残した言葉を思い出し、煮え滾るような怒りが再燃してきたアーサーは苛立ちを吐き捨てる。
「あの悪魔はサラを迎えに来ると言い残して消えた。そんなことは絶対に許さないし次に奴が姿を現したら必ず始末するが……悪魔が使う魔術はやはり少し厄介だな。
本当にあの悪魔が仲間を引き連れてサラを奪いにやって来ると言うのならこちらも守りを固めなければならない。ヴァン、お前もサラの護衛についてくれ」
「っ!はい、分かりました」
ヴァンはちらりとサラを確認するが、どうやらアーサーの言葉の真意には気付いていないようだった。
アーサーがついていながら他の者にもサラの護衛を頼むということは、万が一の時はアーサーが一人で悪魔達の足止めをするからその間にサラを逃がせという意味だ。
アルセリアに数百年ぶりに悪魔が現れたというだけでも現実感はないというのに、アーサーが防戦一方に回る事態などもっと想像出来ない。
しかしアーサーは実際に悪魔と対峙してそれなりの脅威を感じたからこそヴァンも護衛につけたのだ。
ヴァンは気を引き締め直しサラの護衛に取り組むことを決意した。
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