58 小僧 vs おっさん
「え、皆どうしたの?これ」
廟堂を囲むように配置された数百人の騎士達を見て、ノエルは彼らを指差しながら困惑した声をあげる。
「っ!ノエル殿下ぁ!!ご無事でしたか!!」
騎士の集団から一歩前に出て叫んでいるこの男はノエルの筆頭護衛騎士、アドルフだ。
アドルフは五十歳と騎士の中ではやや高齢だがノエルが幼少の頃より側についているので、実の親のように慕っているアドルフをノエルが手放さなかったという経緯があり今も筆頭護衛騎士の地位にいた。
アドルフはここ半年間のノエルが悪魔が化けていたものだったと知り、そのことにまったく気づかなかった自分に怒り、そして深く絶望して腹を斬ろうとしたのだが仲間の騎士達に必死に止められて今に至る。
切腹騒動から少し冷静になったアドルフが大きな爆発音が聞こえ廊下に駆けつけた騎士の同僚に詳しい話を聞けば、ノエルに化けていた悪魔に「魔王」と呼ばれる女が、本物のノエルが眠らされている廟堂に王太子であるセインを連れて行ってしまったという。
これはアルセリア王国を揺るがすかつてないほどの凶事だ。
情けないことに魔王の味方についたグラハドール辺境伯に恐れをなした腑抜け共はセインが連れ去られてしまうのを指をくわえて見送ったらしいが、王族の方々を守るために存在する近衛騎士の名が聞いて呆れる。
アドルフはノエルとセインを救出するため、怯える者には喝を入れ、勇敢な仲間達を集めて廟堂を包囲したのだった。―――と、ここまでは良かったのだが思わぬ敵が廟堂の扉の前に立ちはだかり、二人の救出に難航することとなる。
「っ、グラハドールの犬か…!!そこをどけ、小僧!!」
「断る。誰も通すなという閣下のご命令だ」
「お前は…っ!王太子殿下と王子殿下がこの中に囚われているのだぞ!?王家に反旗を翻すつもりか!!」
ヴァンはやたら声のでかいおっさんを仮面越しに冷めた目で一瞥する。
一体王家がなんだというのか。生まれながらに差別され苦しむ高魔力者に救いの手を差し伸べてくれたのはあの御方ただ一人だというのに。
「俺達が主と仰ぐのは最初から閣下だけだ。王家など関係ない。閣下がこの扉を守れというのならばどんな手を使っても任務を遂行するまで」
そう言うとヴァンは仮面に手を掛け勢いよく投げ捨てた。こういう時に醜い顔は役に立つなと皮肉げな笑みを口元に浮かべながら。
ヴァンはアーサーとサラが王宮に向かうにあたり、屋敷で一人留守番をしていた。
サラの護衛を任されていたというのに「自分の手には負えない」と任務を放棄せざるを得ない自分の弱さが情けなかった。
しかしどこからサラの秘密が、高魔力者の顔が認識出来るという重大な秘密が漏れるか分からない以上、常にアーサーの側にいて守られることが最善だろうと、自分の意地を貫くよりサラの安全を優先した。
サラの過去の境遇を知った今では、ヴァンにとってサラは母親のことを吹っ切るきっかけとなってくれたこともあり、無条件で守るべき存在となっていた。
どれだけ鍛錬を積もうと魔法の腕を磨こうとアーサーには一生敵わないだろうが、またいつか護衛を任されることがあったならばその時は自信を持って「お任せ下さい」と言えるように強くなりたいとヴァンは思った。
そしてヴァンが庭で魔力を練りつつ剣でも振ろうかと屋敷の外に出た時、背筋が凍り鳥肌が立つほどの魔力の放出を感知した。
「っ!?この異常な魔力は…閣下だ!」
王宮にいるはずのアーサーが離れた場所にいるヴァンにも感知出来るほどの魔力を放つなど、緊急事態が発生したとしか考えられない。
ヴァンは王宮を目指してそのまま屋敷を飛び出す。ちんたら馬を走らせるより空を飛んだ方が断然早い。
そしてヴァンは少し苦手な飛行魔法を操り、なんとか王宮まで辿り着く。
「…門番の人数が少ないな」
本来は最低でも三人はいるはずの王宮の門番が今は不安そうな顔をした、いかにも新人な騎士が一人だけ。
ヴァンは空を飛んでいるのでもちろんチェックなど受けずにやすやすと王宮内部へと入り込む。どうやら爆発があったらしく誰かの騒ぎ声と、遠くの方で煙が立ち昇っているのがわずかに見えた。
ヴァンがそこへ向かおうとするとアーサーからの通信が入ったので一度地上に降り立つ。
「―――はい、ヴァンです」
『王宮にいるな?今から廟堂に向かう。俺達が中に入ったら誰も通すな。廟堂の場所は俺の魔力を辿れ』
「了解しました」
短いやり取りの後すぐに通信は切られた。詳細はまったく分からなかったが、ヴァンはとにかくアーサーの魔力を追って廟堂を目指す。
ヴァンは廟堂に行ったことはなかったが、アーサーが五年に一度の鎮魂の儀式で扉を開ける役目についていることは知っていた。
半年前に儀式を済ませたばかりの廟堂に一体何があるというのか。そしてサラは無事だろうか。…いや、絶対にピカピカの無傷だろうが一応この目で無事を確認したい。
逸る気持ちを抑えつつ、ヴァンは与えられた任務を遂行するため再び空を飛んだ。
そしてなんとかアーサー達に追いつき、アーサーとサラとセインが廟堂に入って行くのを見て「奥様が無事で良かった…それにしてもどんな面子なんだ?」と疑問に思いながら、閉じられた扉の前に陣取った。
すると間もなくして大勢の騎士達が現れ囲まれてしまったというわけだった。
「くっ…、顔面を晒すなど卑怯な真似を……!お前に王家への忠誠心がないことは十分理解したが、魔王を見逃せばアルセリアは…、世界はまたしても戦火に見舞われるかもしれんのだぞ!?」
「魔王?なんのことだ」
「何も知らずに我々の邪魔をするとは呆れた奴だ!お前が守るその扉の中には悪魔に『魔王』と呼ばれた女がいる!我々は魔王を討伐しノエル殿下をお助けするために集まったのだ!!理解したならばいますぐそこをどけ!!」
「……?」
情報が多すぎてヴァンには何も分からなかった。
アルセリアに悪魔が現れたというのならばそれは数百年ぶりの悪夢で間違いないが、さすがに魔王などという存在はこの世の終わりの象徴のように描かれるただのフィクションのはずだ。
しかし目の前のうるさいおっさんはサラを討伐対象である魔王だと宣う。
「……それがどうした?俺は絶対にここを動かない。
そして―――俺の前で奥様の命を狙うと堂々と口にしたならば覚悟しろ。少しでも動いた奴はその瞬間動かしたモノを斬り落とす」
「…っ!!このクソ犬がぁ……!!」
「口もだからな。今のは見逃してやるが次に喋ったら刻む。それと廟堂の裏を包囲している騎士達!俺からは見えないといって動こうとしても無駄だ。
建物の周りに薄く流した魔力が揺れると誰が動いたかすぐに分かる」
「っ、〜〜〜〜〜!!!」
アドルフは声すら出せずに握った拳を震わせる。たとえ十六か七かそこいらの若造(顔は見ていないので声や全体の雰囲気で判断している)だったとしても相手はグラハドール所属の高魔力者。
大した魔力を持たない人間が百人いようがたった一人の高魔力者には敵わない。
こうして、涼しげな顔で腕を組みながら騎士達が動かないか監視するヴァンと、まったく動けずに固まるアドルフ達による膠着状態がしばらく続いたのだった。
「ヴァン、ご苦労だったな」
「はっ!ご無事でなによりです」
外に出たアーサーは扉を守っていたヴァンに労いの言葉を掛ける。任務が完了したヴァンはアーサーの後ろに一歩下がった。
「ヴァン様!王宮にいらしてたのですね!」
「はい。奥様のお元気そうな顔を見て安心致しました」
「??そうですか?」
ヴァンがなぜここにいるのか分かっていないサラにはいまいち意味が伝わっていなかったが、完全に包囲されたこの状況で、自分の味方であるヴァンの登場はたいへん心強い。
「―――お前達、剣を納めろ!聖女様に対して無礼だぞ!!」
しかし大勢の騎士達に剣を向けられるという絶対絶命の状況も、セインの鶴の一声で真逆ともいえる変化を齎す。
「この御方は魔王などではない。我々が千年待ち望んだ聖女様だ」
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