57 前世の記憶
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「……私はこの世界で生まれましたが、違う世界で生きていた記憶があります」
サラの背中でアーサーが息を呑む音が聞こえ、目の前にいるセインは驚愕の、そしてノエルは目を輝かせて歓喜の表情を浮かべている。
しばらく固まっていたセインだが我に返るとすぐに跪き、続いてノエルも膝をついて頭を垂れるものだから、サラは覚悟を決めたはずなのにひどく狼狽えてしまう。
「えっ!、あのっ…」
「貴女は間違いなく聖女様だ…。私の無礼な態度をお許し下さい」
「千年振りに現れた聖女様と同じ時代に生きることが出来るなんて奇跡だ…!!聖女様、僕のすべてを貴女に捧げます…!!」
「ノエル殿下、私の妻にそんな変なもの絶対に捧げないで下さい。それにしてもサラ……。今言ったことは本当なのか…?」
アーサーはノエルをバッサリ拒否するとサラを身体ごと自身の方に振り向かせ、頬に手を当てしっかりと目を合わせて問い掛ける。
サラの言う「違う世界で生きた記憶」というのが何なのかアーサーにはよく分からなかったが、サラが夜に魘されたり泣いたりするのはこの記憶のせいだと直感で確信する。
「辺境伯様……。はい…、本当です。
昔イザベラさんに魔王が出てくる絵本を読んでもらったことがあるのですが、そこには魔王は『異界から現れた』と書かれていました。
ただの物語とはいえ、違う世界の記憶のことを話せばただでさえ魔力がないというのに余計悪魔だと思われてしまうと思い、今まで誰にも話すことが出来ませんでした」
「サラ。一人で大きな秘密を抱えることはひどく孤独だっただろう。これからは俺にも孤独を共有してもらえないだろうか?サラが俺にそうしてくれたように」
「辺境伯様…ありがとうございます…」
サラは本当は誰かに前世の話を聞いてほしいとずっと思っていた。
一緒に大切な人を悼んでほしかったし、もう誰にもぶつけることの出来ない怒りに共感してもらいたかった。
アーサーは『俺にそうしてくれたように孤独を共有したい』と言ってくれたが、サラはただ単にアーサーが好きだから側にいただけであり、そう言ってもらえるような大したことは本当にしていないのだ。
だから、こんな自分が彼の優しさに甘えてもいいのだろうかと悩んでしまい、手を伸ばすことが躊躇われる。
しかし世界で一番強くて優しい旦那様が寄り添ってくれるのならば、これ以上に心強いことはない。
サラはアーサーにならどうしても乗り越えられなかった前世の出来事について話せるかもしれないと、この時初めて思った。
「異界から現れし魔王、ですか……。確かにそう表現された書物や絵本もありますが信憑性は低いです。根拠のないただの創造物でしょう。
ですが聖女様にまつわる話はすべて真実です。我々王家が千年もの間脈々と受け継いできたのですから」
「あ……。ノエル殿下、セイン殿下、そろそろ立って頂きたいのですが…」
ノエルが言うように魔王が異界から現れたという部分がフィクションならそれはそれでいいのだが、自分はアーサーの膝に座り王族二人を跪かせているというこの状況はひどく落ち着かない。これでは聖女というより「女王様!」と呼ぶ方がしっくりくる絵面だ。
「では、貴女様が持つ異世界の知識を我々にもお与え下さいますか?」
そう言ってサラを見上げて懇願するセインの眼差しは真剣そのものだ。
千年前に現れた聖女のおかげですでに発展したこの世界でなぜこれほどに異世界の知識が求められるのか、そしてサラの持つ知識がセインの望む“答え”となるのかどうかもまだ分からない。
しかし、サラは自分がこの世界に生まれ変わった理由と存在意義を知りたいと強く思った。
「…分かりました。私が持っている異世界の知識はすべてご教授致します。
ですが先に辺境伯様と二人で話をさせて頂きたいのです」
「アーサーと?それはもちろん構いません。
では本日は王宮にお泊り頂き、明日聖女様と謁見するお時間をあらためて頂戴しても?」
「えっ!?えっと、辺境伯様のご予定が…」
王族であるセインに敬われると恐縮してしまうし、それに敬ってくるわりにはグイグイ来る感じに「絶対に逃さないぞ」という強い意思が込められているような気がしてサラはたじろぐ。
「一日くらい大丈夫だ。ブラッドには連絡を入れておく。グラハドールに帰るのは明日にしよう」
アーサーはサラの頭をひと撫でしてから、セインを牽制するように明日にはグラハドールへサラを連れ帰ることを強調する。
サラは知らないだろうが王家は千年もの間聖女を探し続けてきた。
手掛かりも少ない上に本当に現れるのかどうかも分からない存在を諦めることなく渇望し、聖女が遺したアーティファクトや書物を読み解くべく日夜研究に励んでいたら彼らにとって、聖女とほぼ同じ特徴を持つサラは神にも等しいはずだ。
そんなサラを一日王宮に留めるだけですんなりと手放すだろうか。
セインとは長い付き合いのため、アーサーがどういう人間かよく知っているはずなので愚かな真似はしないと信じているが、もし他の王族が血迷うことがあれば自分の手で千年の歴史に幕を下ろすことも当然のように視野に入れる。
「アーサー……また不敬なこと考えてない?しかも特大のやつ。聖女様の意に削ぐわないことなんか誰もしないから安心して」
「……分かりました。そのお言葉を信じましょう」
国王も聖女に執心だと聞くのでどこまでセインの言葉を信じていいのか分からなかったが、アーサーはとりあえず頷いておいた。
「よし、じゃあ一旦廟堂から出ようか。扉を維持するにもアーサーが魔力を流し続けていることだしね」
セインとノエルがここでやっと立ち上がってくれたことにサラはホッとしたが、アーサーが魔力を流し続けていると知ってまたもや心配になってしまう。
「辺境伯様、扉を維持するにも大量の魔力が必要なのでは?大丈夫ですか?」
「ああ、大丈夫だ。俺の魔力は自分でもどれだけあるのか分からないほど豊富だから、扉の維持程度の魔力量を消費したところで問題はない」
「問題ないどころか、これも本当は規格外なことなのでしょうね…」
鎮魂の儀式の時はもっと長い時間扉を開けておかなければいけないはずで、それをなんてことないようにこなすアーサーにサラはあらためて惚れ惚れとしてしまう。
そんな風に見つめ合う二人の様子にセインはあることに気がつく。
「……もしかして聖女様の真実の眼は、高魔力者の本来の姿すら見ることが出来るのですか?」
「っ!」
「顔、というより目を見て話していますよね?そんなことをすれば魔力に当てられて意識を保つことなど出来ません。
“真実の眼”は偽りを許さない―――それは魔力の影響すら受けないということでは?」
「そうか…!聖女様が僕に化けた悪魔を見破ることが出来たのも“真実の眼”が本来の悪魔の姿を捉えたからなのですね!?」
「うっ、辺境伯様……!」
なし崩し的に色々なことがバレてしまっている気がして、「これは知られてもいい話ですか!?」とサラはアーサーに助けを求める。
「はぁ……。これも誤魔化せないな…。そうですよ、サラは高魔力者の顔を認識することが出来ます」
「っ!やはり…!」
「ですが、このことは絶対に他言しないで下さい。サラが高魔力者を認識出来ると広く知られることになればどうなるか―――想像はつきますよね?」
「っ、確かに…高魔力者達によるし烈な争奪戦が行われるだろうな。私達としても聖女様の身を危険に晒すような真似はしないよ。
ノエルも今聞いたことはここだけに留めておくように。ネメルにも言うんじゃないぞ」
「分かりました、兄さん」
高魔力者の顔を認識出来ることは秘密にしてもらえる方向で調整されたので、これで魔法大戦争と実験体は回避出来たとサラは胸を撫で下ろす。
しかしこれからはアーサーに対する溢れ出る気持ちをもっと抑えなければ、すぐに他の人にもバレてしまいそうだとサラは気を引き締め直した。旦那様が魅力的過ぎると苦労するなぁと思いながら。
そして四人はアーサーの魔力で作られた扉を開けて外へと出る。
ノエルの発見から鑑定だと思っていた能力が本当は真実の眼だと分かったり、王族二人に聖女だと認定されたりと盛りだくさんな出来事があったのに外はまだ明るく、サラは眩しい太陽の光におもわず目を細めてしまう。
「ん?え?ヴァン様?」
目が外の明るさに慣れてくると、扉を開けてすぐの場所にヴァンらしき人物の背中が見えることに気がついた。
そして廟堂を囲むように配置された騎士達にも。その数はおそらく数百人ほど。
騎士達は一斉に剣を構え出したので怖くなったサラはアーサーの首にしがみつく。もちろん今も安定の縦抱っこ中なのだが、大勢の人に見られて恥ずかしいなんて感想が浮かぶような余裕はない。
なぜなら騎士達は嫌悪と若干の怯えを滲ませた表情でサラを睨みつけているからだ。
彼らは間違いなく悪魔に魔王と呼ばれたサラを討伐すべくこの場にいる。
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