56 秘密
「えっ……セイン殿下の秘密ですか……?」
「そうだ。“真実の眼”を以てすればどんな嘘も秘密も隠し事も企みだってすべて白日のもと曝け出される、と言われている。
夫人が本当に“真実の眼”を持つというのならば私の秘密の一つや二つ暴くことくらい簡単だろう?」
セインの提案に、王太子殿下の秘密なんてヤバそうなもの知りたくないサラは困惑した。とんでもない情報を知っちゃったりして後で消されないだろうか。
しかしセインに引く気はないようで、「出来るものならやってみろ」と言わんばかりの余裕ある態度を貫いている。
「………殿下がいいと仰るのなら……分かりました。やってみます」
渋々頷いたサラは心の中で「鑑定!」と唱える。
この力は本当は鑑定ではないのかもしれないが、長年の癖でついつい「鑑定」と言ってしまう。けれどこの力は問題なくいつものようにサラが知りたい真実を教えてくれた。
【セイン・アルセリア 二十歳
アルセリア王国の王太子
神経毒の後遺症で左腕が肩より上にあげにくい】
セインが秘密にしていることに焦点を当てて鑑定したせいなのか、とてもシンプルな結果が出てきた。
「えっと…セイン殿下は毒の後遺症で左腕があげにくいのではないですか…?」
「!!」
「えっ、兄さんそうだったの!?」
「殿下、それは本当ですか?」
アーサーもこの事実を知らなかったようで、軽く目を見開きセインを凝視している。
ノエルやネメルも自分の母親がかつて幼いセインに毒を盛ったことは把握している。第二王子であるノエルを王太子とするための凶行だったことは理解しているが、その上でセインの側に付き王妃としての権威を削ぐと決めたのだ。
双子の貢献もあり立太子したセインは、今では王妃をほぼ幽閉状態にまで持ち込んでいる。
「………参ったな。これは誰にも言ったことはないし、悟らせたこともないというのに」
サラに見事自身の秘密を暴かれたセインは一瞬言葉に詰まったが、気を取り直してゆっくりと口を開く。
王太子になったからとてその地位は盤石とは言えない。いまだ王妃に阿る第二王子派や少数だが第三王子派も存在する中、隙を見せればあっという間に引き摺り落とされる世界で生きるセインにとって、たった一つの瑕疵すら許されはしなかった。
そのため自身の身体の不調を誰にも悟らせることなく隠し通してきた、のだが―――。
「俺のせいですね…。あの時掛けた治癒魔法が不完全だったんだ」
「いや、アーサーは当時まだ十三歳だったというのにあれほど巧みに治癒魔法を扱えたのは凄いことだよ。それに鎮魂の儀式で扉を開けた後だったから疲弊もしていたしね。
どちらにせよあの時癒してもらえなかったら私は確実に死んでいたのだから、片腕が上がらないことくらいなんてことはないさ」
「殿下…」
セインとアーサー二人の間で熱い友情が再確認されているところ申し訳ないと思いつつも、サラの話はまだ終わっていない。
「あと、殿下は七歳の時におねしょしちゃいましたね?ノエル殿下とネメル殿下と就寝前にジュースを飲み過ぎてしまったことが原因のようですが、死ぬほど恥ずかしくて証拠隠滅のため自分でシーツを洗おうとしたけれど生粋の王子様である殿下にそんな芸当が出来るわけもなく寝室を水浸しにする事態となり、結果多くの侍女に知られることとなった」
「ぶっ!」
「えー!?そうなの、兄さん!!」
ノエルは幼き頃より完璧だったセインの痴態に、「後で絶対にネメルと共有しなければ!」と固く決意しながら目を輝かせて喜ぶ。
「他には年頃の女性からの人気がなく、高位貴族のご令嬢達に婚約の打診をしては軒並み遠回しに断られて地味にへこんでいらっしゃいますよね」
「ちょっ!?」
「俺の婚約者を貴族女性の中から探すと大々的に発表したせいでしょう。嫌われて当然では?」
華やかで廃退的な生活を送っていると思っていたセインの意外な心情を知ったアーサーは、妻帯者の余裕で憐れみの視線を送りながらもばっさり切り捨てる。
「そしてセイン殿下はお忙しい公務の傍ら、毎日欠かさず日記をつけておいでですね。ですがこれは日記というよりポエ…」
「本当にちょっと待って!!!えっ、“真実の眼”ってどういう仕組みなの!!?」
顔を真っ赤にして立ち上がったセインはサラの口から放たれる小っ恥ずかしい暴露話を大声を出して遮る。
「確かに私の秘密を暴いてみろとは言ったけども!!そもそも一つでよかったし、チョイスがひどすぎないかな!?もっと晒しても差し支えないやつあったでしょ!?」
「え……私なりに厳選したつもりでしたが、駄目でしたか?」
「殿下、言い掛かりは止めて頂きましょう。サラは貴方の指示に従ったまで。恨むなら詩人なご自身だけになさって下さい」
「アーサー!違うから!!ポエムなんか書いてないからね!?至って普通の日記だから!!」
サラは人様の秘密を覗いてしまうにあたり、話す内容には十分配慮したつもりだったが、ノエルがお腹を抱えて爆笑しているところを見るに、どうやら方向性を間違えていたようだ。
「じゃあこっち系なのかな?十歳の時、宝物庫に忍び込んで―――」
「ストップ!!お願い!もう止めて!?」
サラを必死に止めるセインは半分涙目だ。十歳の時に宝物庫に忍び込んで国宝の品を壊した話は本当にまずい。
「ぷくくっ。まあまあ、兄さん落ち着いてよ。兄さんの恥ずかしい秘密を知れたのは中々の収穫だったけれど、それよりも聖女様の“真実の眼”は本物であるとこれで理解出来たでしょう?」
「私の秘密を『それより』扱い…。お前には失ったものが大きすぎる兄を労る気持ちはないのか?
まあ、いい。確かに夫人の持つ“真実の眼”は本物だ。魔力がないという点も過去の聖女様と同じ…。あとは聖女様だけが使える、魔法とも魔術とも違う特別な力を持っているかどうかと―――」
ここでセインは言葉を切り、アーサーの膝の上にちょこんと座るサラに目をやる。
初めて見た時よりもふっくらしてより女性らしく魅力的になっており、アーサーの溺愛ぶりが窺えて微笑ましい。
しかしサラは銀髪に水色の瞳を持つ、どこからどうみてもアルセリア人だ。聖女が聖女たる所以はその記憶にあるのだから、やはりサラは聖女ではない。
「………念の為確認するけど、夫人が生まれたのはこの世界だよね?」
「っ!」
サラは水色の瞳を瞬かせてセインの言葉の意図について考える。
聖女は肖像画に描かれている和風美人の顔からして前世のサラとそれほど歳の変わらない日本人女性で、おそらく転移者だ。
日本では同じ時代に生きていたと思われるサラと聖女だが、この世界では千年も時間軸がズレた地点にそれぞれ転移と転生を果たしている。
そこらへんは「まぁ、異世界だしな」で片付けるとして、この世界の聖女の条件はおそらく―――「異世界から現れること」。もしくは「異世界の記憶を持っていること」も当てはまる可能性がある。
なぜならこの世界の魔道具は現代日本で使用していた家電にそっくりだからだ。
日本でいうと千年前は平安時代で、この時代に生きる人々に「金属の塊が空を飛ぶどころか宇宙まで行くことが出来るんだよ」と言ったところで誰も信じやしないだろう。千年も経てばあらゆるものが進化し、不可能だって実現可能にすることが出来るということだ。
サラが今生きているこの世界だって最初から栄えていたわけではなく、「魔力があっても使い方が分からない」という時代があったのかもしれない。
そんな時、異世界から聖女が現れ、見たことも聞いたこともない夢のようなアイデアを語り、それを実現させるだけの力を持っていたとしたら―――聖女が神聖視され千年もの間人々の記憶に残っていることにも頷けるというもの。
実際に聖女を妻にした男はアルセリア王国を建国して初代国王となっている。それだけ聖女の持つ知識には価値があったのだ。
サラはどう答えるのが正解なのか悩んでしまう。ここで異世界の記憶があるといえば聖女認定まっしぐらで、はぐらかせば魔王疑惑が残って要注意人物扱いとなってしまう。
どちらも同じくらい嫌でセインの質問に中々答えられずにいたのだが、視線を感じたのでふと顔を上げるとアーサーの世界で一番美しい“赤”と目が合った。
その美しい瞳は「どんなサラでも受け止める」と言ってくれているようで、サラは途端に安心して肩の力が抜けていく。
―――そうだわ。たとえ私が聖女でも魔王でも、辺境伯様の妻であることに変わりはないのだから。
勇気をもらったサラはアーサーに一度微笑みかけてからセインに向き直る。
「………私はこの世界で生まれましたが、違う世界で生きていた記憶があります」
誰にも話したことのなかったこの秘密が、サラの運命をどのように変えてしまうのか―――それはまだ分からない。
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