53 王家の悲願
「わぁ……これが廟堂ですか…!」
サラは先ほど思い出し泣きしてしまった恥ずかしさを吹っ切るように殊更明るい声を出す。
王宮の裏側に広がる森の中へと続く小道をしばらく進むと、拓けた場所に突如として現れるこの真っ白い建物が廟堂だという。
ここへ来るまでの道はしっかりと舗装されており魔道具灯も設備されているので森の中を歩いたという感覚はほとんどないが、緑豊かな自然にまったく溶け込まない“白”の存在は違和感がすごい。
それにしても建造されてから千年経ったとは思えないほどしっかりとした建物で、サラは廟堂と聞いてなんとなく寺社仏閣をイメージしていたが、目の前に聳える廟堂は真っ白な外観の平屋建てで、窓や扉が一つもないただの大きな長方形の箱のような見た目をしている。お墓のようなイメージは一切ないスタイリッシュさだ。
「廟堂の中には歴代の王様達のご遺体が安置されていたり……するのですか…?」
歴代の王の魂が眠ると教えてもらったが具体的にどういう状態で眠っているのだろかとサラは気になる。
魔法がある世界なのだから何百年前のご遺体が綺麗そのまま残っていたり、扉を開けた瞬間王達の霊がふよふよと漂っていてもおかしくはないのではと、オカルトの類が少し苦手なサラは「どちらも嫌だな」とちょっと怯える。
「いや、廟堂の中には聖女に纏わるものしか保管されていない」
「そうそう、何百年も経つうちにいつの間にか聖女様と共に歴代の王達の魂も一緒に眠っているってことになったけど、王達の墓はちゃんと別の場所にあるよ」
「そうなのですね…」
アーサーの言葉に補足されたセインの話にサラは納得する。長い歴史の中で認識や意義が変わってしまうのはよくあることだ。むしろ千年もの間、聖女を信仰する心が失われなかったことの方がすごいと思う。
この世界の聖女は何を成し遂げ、どんな成果を上げ、人々の記憶に残り続けたのだろうか。
そして廟堂に祀られているという“聖女に纏わるもの”とは一体何なのだろうか。
サラはアーサーが白い壁に手を当て魔力を流す様子を固唾を呑んで見守った。
―――ドクンッ!
一陣の風が吹いたかと思えば白い壁が心臓のように脈打つ。
「…っ、」
「辺境伯様…?」
「……、はぁ、はぁ、…大丈夫だ、ありがとう」
無尽蔵の体力を持つアーサーが息を切らすところなど初めてみたサラは、慌ててポケットに仕舞っていたハンカチを取り出し、アーサーの額に滲んだ汗をポンポンと拭う。
アーサーが壁から手を離すと白い壁に規則的な波紋がいくつも広がり、その波は建物の端まで辿り着くと消えるを規則的に繰り返す。
そして最後の一つの波が消える頃―――建物の中心に半円の大きな扉が現れていた。
「すまないな、アーサー。半年前の儀式の時に扉を開けてもらったばかりだというのに」
「…構いません。これはただの取り引きなので」
「ははは!ほんとブレないなぁ〜」
「辺境伯様、お身体は大丈夫なのですか?とても疲れているように見えますが…」
どうやら半年前に鎮魂の儀式が行なわれてその時もアーサーが扉を開けたようだが、五年に一度というサイクルとアーサーの疲弊した様子を鑑みるに、扉を開けるにはかなりの魔力が必要となるのではないかと予想する。
もしかして命を削るような代償を払って役目を果たしているのではと心配になったサラは、アーサーの無事を確かめるかのように大きな肩にそっと触れて瞳を揺らす。
するとアーサーはサラを安心させるかのように口元に笑みを浮かべ、廟堂の扉を開ける仕組みを教えてくれた。
「この扉を開けるには一気に大量の魔力を流す必要があるのだが、その魔力を体内から掻き集める作業と、扉に勢いをつけて流す工程で少し体力をつかうだけだ」
「以前は王都にいる高魔力者を三十人ほど集めてなんとか扉を開けていたけど、それでも扉を開けられない年もザラにあってね。アーサーは八歳の頃から廟堂の扉を開ける役目についているけれど、三十人必要だった扉をたった一人で開けているのだから、本当に桁違いの魔力量だよ」
アーサー達は喋りながらも浮かび上がった扉を開けて廟堂の中に足を踏み入れる。
てっきり室内も無機質に白いのかと思っていたら、意外にもウォールナット調の板が使用された、自然を感じることの出来る穏やかで居心地のよい空間となっている。
小学校の体育館くらいの広さがある部屋の一番奥には祭壇のような大きな棚があり、入り口からはまだよく見えなかったが様々な物が置かれているというのは分かった。そしてその棚の前の床に横たわる人影が―――。
「っ、ノエル!?」
「ノエル殿下!」
セインとアーサーはノエルの元まで駆け寄ると、脈を取ったり名前を呼んだり顔を軽く叩いたりして目覚めを促す。
この緊迫した状況の間もアーサーはサラを自身の腕の中から離さないのだから、アーサーのサラ至上主義は徹底している。
そうこうしているうちにノエルと思しき人物の瞼が細かく震え出せば、やがてゆっくり開かれ何度か瞬きを繰り返した。
本物のノエルは眼鏡をかけているが双子の片割れ、ネメルの顔とそっくりで「さすが選ばれしロイヤル…」とサラは王族三兄弟の顔の良さにこっそり感動した。
「う、うーん……。僕は一体何を………?あれ…?兄さん?どうしたの……?それにその見覚えのある凄い身体は……辺境伯…?」
「ノエル……っ!無事で良かった……!!」
ノエルはセインに強く抱き締められながらズレた眼鏡の位置を直し、心底「意味が分からない」という顔をしている。
アーサーしか扉を開けられない廟堂の中にいたということは、ノエルと悪魔が入れ替わったのはおそらく半年前に行われた鎮魂の儀式の時だと推測される。
儀式の最中も護衛がついていたであろう王族のノエルと悪魔がどのようにして入れ替わったかはまだ分からないが、半年間も仮死状態で放置されていたわりにはガリガリに痩せこけていないし肌艶も良い、それに脱水症状等を起こしている様子も一切見られない。
夜普通に寝て朝目覚めただけ、と言われても信じられるくらいだ。
アーサーはノエルの無事を確認した後立ち上がると、悪魔の手掛かりや魔術の痕跡が残されていないかと棚の周りを調べ出す。
今の魔法技術では人間を半年間も仮死状態にすることなど出来ず、やはり魔術とは魔法と一線を画す脅威的な力であると改めて実感したので、少しでもなにか情報が欲しかった。
まあ、たとえ手掛かりなどなくとも悪魔を殺すに有効とされる手段はすでに確立されている。
サラを「魔王様」と呼び、仲間を連れて必ず迎えに来るなどとほざいていた悪魔を「次こそは必ず魔核ごと貫いてやる」と考え込んでいたアーサーは、サラの言葉に反応が遅れてしまった。
「あれってもしかしなくても『こたつ』だよね……」
「「「っ!?」」」
サラはノエルの無事が確認出来てやっと周囲を見渡す余裕が出てきていた。
部屋の中心にある大きな祭壇のような棚に目を向けると、白いユリの花が生けられた見事な花瓶の横に聖女と思われる人物の巨大な肖像画が飾られている。
「……」
描かれた聖女は明るい茶髪に黒い瞳の和風美人だ。肖像画の他には数点の書物に大量の紙束、あとは見覚えのあり過ぎるものに類似した何かが棚の上にところ狭し並んでいる。
「………」
どれもこれも千年以上の月日が流れたとは思えないほど良好な状態で保存されているので、建物だけではなくこれらにも何かしらの魔法が掛けられているのだろう。
そんな「見覚えのあり過ぎるものに類似した何か」の中で一際サラの目を引いたのは、棚の半分を占めるように展示された足の短い正方形のテーブルだ。
天板、やぐら、テーブルサイズに合わせた厚みのあるキルト布の三つは、なぜかバラバラに分かれて展示されているがあれはどう見ても―――
「あれってもしかしなくても『こたつ』だよね……」
「っ!?ねぇ!君はこれが何か分かるの!?」
「えっ!?そんな急に動かれてお身体は大丈夫なのですか!?あっ、ノエル殿下にご挨拶申し上げ―――」
サラの言葉に反応したノエルが、身体を支えてくれていたセインを押し退け鼻息荒く詰め寄ってくる。
半年間も仮死状態だったとは思えないほど俊敏な動きにまずは身体の心配をすればいいのか、それとも挨拶が先かとサラはわたわたしてしまう。
「そんなのどうでもいいから!!ねぇ!これはどのような崇高な目的があり作られた物なの!?聖女様が愛用されてたそうなのだけど用途がずっと謎のままだったんだ!!」
「えぇ!?崇高!?えっと、こたつは崇高とは程遠いといいますか、一度入ると中々出られず人を堕落させてしまう家電……えっと、冬に暖を取るための魔道具、ですかね?」
「サラ!!それ以上喋るな!」
「!?」
アーサーはサラを抱え直すとノエルとセインから距離を取るように勢いよく後方に飛ぶものだから、サラは舌を噛みそうになり慌てて口を噤む。
「これは……まずいことになったかもしれない」
「え?」
「たとえサラが魔王だったとしても俺の側において監視するとでも言えば見逃されたかもしれないが……“聖女”だけは王家の悲願だ…!」
「辺境伯様!?どういうことですか!?」
サラにはアーサーが何を警戒しているのかさっぱり分からなかったが、サラ以外の人間には事の重大さが理解出来ているようで、特にノエルのギラギラとした視線はサラ一人だけに注がれている。
「君は………、『貴女は、聖女様ですか?』」
「違います!!」
魔王の次は聖女に間違われてしまったサラは目を剥いてノエルの問いを否定した。
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