52 廟堂
「………………わかった。その条件をのむ。だから廟堂の扉を開けてほしい」
しばらく黙り込んでいたセインは重たい口をようやく開けると両手を上げ、アーサーに全面降伏した。
王宮の騎士達が何百人束になったところで彼一人に敵うはずもないのだから、自分を含めた大量虐殺が行われた挙句、サラを連れて悠々とグラハドールに帰還するアーサーの姿が目に浮かぶとなれば、セインには降伏以外に取れる手立てはなかった。
アーサーにとって自分はもう守るべき存在ではなく、大切な人のためならば簡単に切り捨てることが出来る“その他”に成り下がったのだとセインは実感する。
その事に対する少しの寂しさと、アーサーにやっと出来た大切な人が魔王かもしれないという焦燥を抱きながらもすべてを飲み込んでノエルの命を優先すると決めた。
「―――分かりました。それでは廟堂に参りましょうか」
アーサーはセインがそう答えると分かっていたかのように、サラを抱いたままクルッと身を翻すと堂々とした迷いなき足取りで廟堂を目指して歩き出す。
王宮の騎士達は怯えを滲ませた顔でアーサーが通るための道をサササッと開ける。
さすがに「立ち向かえ」とまでは言わないが、誇り高き近衛の騎士ならばせめて王族を脅した相手を睨むくらいの気概はみせてほしいものだ。
セインは「アーサーを相手にしてそれは無理な話か…」と諦めの溜め息を漏らすと早足で彼の後を追った。
歴代の王達の魂が眠る廟堂はとても神聖な場所で、たとえ王族であったとしても簡単に出入りすることは叶わない。廟堂の中に入ることが許されるのは五年に一度行われる鎮魂の儀式で祈りを捧げる時だけだ。
廟堂とは初代国王が妻である聖女を祀るため彼女の死後城の最深部に建てた巨大な建物で、建国から約千年ほど経った現在も当時と変わらぬ姿形を保ち続けているという。
といってもただの木造建築なので本来であればとっくの昔に朽ちているはずなのだが、千年後の今も残されているのは初代国王による強力な結界が張り巡らされているおかげだ。
昔は魔力量の多い人間が人口のほとんどを締めていたと言われているが、その中でも千年経った今も結界魔法が持続していることから、初代国王が稀代の魔法使いだったことは疑いようがない。
魔法の持続時間は込められた魔力量によって決まる。
そのため、初代国王が聖女の墓を守ろうとする“永遠の想い”に憧れる女性が続出し、定期的に行われる二人を題材にした演劇は今でも大盛況だ―――という話を廟堂に向かう道すがら、サラはアーサーに抱っこされながらこっそりと教えてもらっていた。
こっそり、といってもすぐそばを歩くセインには丸聞こえだったが。
「………それにしても夫人は本当に何も知らないんだねぇ」
「サラを見つけ出した張本人である殿下ならば理由をご存じでしょう」
「それが夫人に関する調査は途中で止めさせちゃったから私もそれほど詳しくは知らないんだよね。
アーサーに会わせる前に夫人の正体に気付いていれば人知れず始末することだって出来たというのに…」
やれやれと言わんばかりに首を振るセインの恐ろしい言葉に、サラは慌ててアーサーの首にしがみつく。アーサーはそんなサラを宥めるとセインへと呆れたような視線を送る。
「……殿下。サラで遊ぶのは止めて下さい。これ以上戯れるのならば廟堂の扉は開けませんよ」
「これくらい言わせてくれてもいいじゃないか!悪魔を束ねる魔王の存在を前にして手出しを許されないのだから意地悪の一つや二つ口にしたくなるよ。
まったく…このような重要な事実をアルセリアが隠していたと、万が一他国にバレたら国際問題に発展するというのに」
「え……?」
サラはアーサーの首元に埋めていた顔を恐る恐る上げて、発言の真意を確かめるようにそっとセインの方を窺い見る。今の言い方だとアーサーが廟堂の扉を開けた後もサラを見逃してくれると言っているように聞こえる。
「はぁ…。あのね、夫人。アーサーが君についた時点で夫人の勝利と私達の敗北は決定しているのだよ。
その証拠に魔王かもしれない存在が近くにいるというのに私は護衛を誰一人連れていない」
「確かに……。そうです、ね?」
セインを守るべく集結したはずの大勢の騎士達は今は一人もおらず、廟堂へと向かう道はアーサー達の歩く足音が響く以外はシーンと静まり返っている。
しかし、たとえセインが「引け」と言ったとしても忠誠心溢れる騎士ならば、主の側に危険な魔王(?)がいるのだから「いいえ、お供します!!」ともっと食い下がるべきなのではないだろうか。
「護衛なんかゾロゾロ引き連れたところで無駄だからだよ。アーサーがその気になれば私どころか王都の街を一瞬で闇に葬り去ることが出来るのだから」
「い、一瞬で……?」
サラはごくんと唾を飲み込みつつ、広大な王都の街を一瞬で消すことが出来る旦那様に庇護してもらえる幸運をあらためて噛み締める。規格外の強さを持つアーサーがいなければ、サラは魔王と疑われた時点で殺されていたのだろう。
「王家がサラに手を出さないと約束するのならば、私はこれまでと変わらぬ忠誠を捧げましょう」
「よく言うよ!さっきしれっと私を殺そうとしたくせに。君の忠誠心はとっくに夫人に捧げられているってことはよーく理解した」
「サラの次に尊重すると言っているのですから何も問題はないかと」
さっきは一触即発の緊迫した空気を醸し出していたというのに、今の二人は何事もなく軽口を叩き合っている。身分差だってあるのに本当によく分からない間柄だな、とサラは思った。
「ははは、夫人はまた不思議そうな顔をしているね。私はたとえアーサーに殺されたとしても、『彼にならまぁいいか』と思えるほどの恩があるから大抵のことは許せてしまうんだよ」
セインがサラの分かりやすい表情をよんで疑問に答えてくれた。
「殺されても許せるほどの恩って……辺境伯様は一体何をしたのですか?」
「大したことはしていない。今の王妃に少しずつ毒を盛られて死を待つだけだった殿下を癒し、毒殺未遂の証拠を揃えて逆に王妃を脅して殿下から手を引かせただけだ。
証拠集めに一日もかからず、手間でもなんでもなかったから殿下にいつまでも恩に感じられるのは正直気が引ける」
「だけって……めちゃくちゃ大義なことしてるじゃないですか!しかも短時間で!」
どうやらアーサーはセインの命の恩人だったようだ。
先ほどノエルやネメルとは母親が違うと言っていたが、双子とセインの歳が近いこともあり、王妃は自分の産んだ子どもを王太子にすべく、月日をかけセインの緩やかな排除を試みたのかもしれない。
アーサーはそんな卑劣な企みを一日もかからずあっさり潰してしまったと。
「つまり辺境伯様はセイン殿下にとっての“ヒーロー”なのですね」
「ヒーロー、か。確かにそうかもしれないな。あの時のアーサーは本当にかっこよかったから」
セインは昔を懐かしむかのように目を細めて優しく微笑む。
きっとセインが立太子するまでには一筋縄でいかないような試練がいくつも目の前に立ちはだかったことだろう。
苦しい時、辛い時に手を差し伸べてくれた人の存在は決して色褪せることなくずっと胸に残り続ける。サラにはその気持ちがよく分かった。
サラにとっての“ヒーロー”は“おじいちゃん”だった。
本当に辛くて惨めで悲しくて、なんで生まれてきたのか分からないほどの絶望に襲われていた時、颯爽と現れてはサラを地獄から連れ出して強く生きる術を与えてくれた。
『わしだっていつ死ぬか分からん。若い頃無茶をしたからお前の孫の花嫁姿を拝むくらいが限界かもしれんな』
『ふふふ!それだと世間一般的には長生きの部類に入ると思うけど。というか孫は女の子で確定なんだね』
パラシュートが開かなくても弾丸の雨に降られても未開のジャングルに不時着しても生き延びた祖父ならば、孫どころか曾孫の顔まで見れそうだと思って安心していたのに、結局サラが成人する前に亡くなってしまった。
誰よりも強くてかっこよくて無敵なヒーローでも病には勝てなかった。ヒーローとてただの人間なのだから。
当時のサラはそんなことも忘れて大好きな祖父とずっと一緒にいられるのだと信じて疑わず、ただただ無邪気に笑っていた。
「―――サラ、どうした?」
「あ…」
アーサーは立ち止まると繊細な飴細工に触れるかのような慎重な手つきで、サラの頬を流れる一筋の涙をそっと拭い取る。
寝ながら泣くことはよくあるが、起きているサラが涙を零すのは初めてのことだった。
「いえ、……目にゴミが入ったみたいです。ありがとうございます」
「…そうか」
サラがまだ何かを隠しているのは間違いないが、それを無理に聞き出すつもりはアーサーにはない。
話してもらえないのはサラにとって自分が完全に信頼に値する存在になれていないからだろうと考え、ならば先にすべきことは言葉を尽くし、己を曝け出し、アーサー・グラハドールという人間を知ってもらうことだという結論に至っているからだ。
―――けれど涙を流す時はせめて自分の側で流してほしい。
アーサーはそんな願いにも似た想いを抱きながら、瞬きと共にまた流れ落ちたサラの涙を優しく拭った。
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