51 一触即発
「あぁ、魔王様……!貴女は魔王様なのですね…!?」
「いえ、本当に違います」
サラは即答で否定するも口調まで丁寧なものに変わってしまった悪魔は「もしや記憶が混濁されているのか…?」などと呟き、まったくサラの言い分を信じていない。それどころか出来の悪い生徒に分かるまで教えようとする学校の先生かという熱心さで、サラが魔王であると言葉を尽くしてくる。
「いいえ、貴女様は間違いなく魔王様です。その証拠に誇り高きケルベロスが頭を垂れている。
悪魔と魔物は共闘はすれど服従関係にはありません。彼らが無条件に付き従うのは魔王様ただお一人なのです。
それに我らの上位種である魔王様ならば悪魔の本来の姿を見抜けたとしてもなんらおかしいことはない」
「え、えー…!?」
サラとしてはまったく身に覚えのない話で「そんなこと言われても知りませんけど!?」と盛大にツッコミたくなる。
「サラ!悪魔の言葉に耳を傾ける必要はない!すぐに始末する!!」
すでにサラには三重の結界を張り巡らせているというのに「まだ足りない」と言わんばかりにあと二重結界を追加してから、アーサーは抜いた剣に氷を纏わせ構える。
「ハハハ!!もうお前と戦う意味はねぇーよ。
俺の目的は卑劣な王家に囚われた魔王様の手掛かりを探すことだったんだからな!!」
「!? 王家に囚われたとはどういう意味だ!?それに戦う意味がないというのならばノエルを返せ!!」
ケルベロスの大きな身体を撫でながら不敵に笑う悪魔に対し、痺れを切らしたセインがアーサーの前に飛び出て悲痛な叫びを上げる。アーサーに秒で後ろに追いやられていたが。
「ノエルは歴代の王が眠る廟堂に仮死状態にして寝かせてある。俺がここから無事逃げおおせたら解除してやろう。なあに、仮死状態といっても眠ってるだけみたいなもんだから心配いらねーよ。
だから―――お兄チャンは辺境伯に僕を攻撃しないよう頑張って説得してね?」
悪魔は「お兄チャン」のあたりでノエルの姿に変化して呼び掛けてくるものだから、セインに選択肢など有りはしなかった。
「くっ……、アーサー……。悪魔を…、逃がせ」
「っ!ですが!!」
「これは王太子命令だ!!」
「…っ」
「ハハハ!!やっぱりこの国の王族は最高だ!他のヤツには悪魔は見つけ次第殺せと命じておきながら、いざ身内の命が危険に晒された途端にルールを捻じ曲げやがる!―――ほんっとーに反吐が出るぜ」
元の姿に戻った悪魔はセインへと軽蔑の眼差しを向けた後、足元にある自身の影をとぷんと波打つ黒い沼に変化させ、そのままゆっくりと沈んでいく。
ケルベロスはサラに服従の意を示すかどうかの確認のためだけに呼ばれたようで、悪魔の影に吸い込まれるように一足先に消えていた。
「―――魔王様、体勢を整えましたら必ずお迎えに上がります!貴女様が復活なされたと知れば同胞達も歓喜し涙することでしょう!!」
「なんだと…?」
アーサーの怒りに呼応するかのように足元から冷気が漂うとパキパキと凍り始め、やがてそれは王宮の廊下や壁にまでゆっくりと広がっていく。
「辺境伯!魔王様は必ず我らの元に返してもらうからな!世界に散らばる同胞達が集えば―――お前など敵にもならん!!」
「っ!!」
アーサーがダンッ!!と足を強く踏み鳴らすと床から氷柱のように太く鋭い棘が無数に生まれ、首まで影の沼に沈む悪魔の元まで一気に迫る。
「っ、アーサー!!やめろ!!」
「―――残念、またね」
アーサーに攻撃を止めさせようとするセインの言葉と、こちらを挑発するような悪魔の声は同時だった。
サラが慌てて氷柱の行方を確認すると、どうやら悪魔を貫くことは叶わなかったようで黒い沼も悪魔も消え失せ、ボロボロになった王宮の廊下だけが見えた。
「…ちっ!逃げられた……!!」
白い息を吐きながら怒りに震えるアーサーは、長い睫毛まで精密に作り込まれた氷の彫刻のようで、ひどく冷たく儚く、そして脆く見えた。
「辺境伯様!!」
サラはなぜかアーサーがこのまま崩れ落ちて粉々に砕けてしまいそうな気がして後ろからぎゅっと抱き着く。ハッとしたアーサーは振り向くとすぐにサラを腕の中にしまい込み抱き締めた。
「悪魔め、巫山戯たことを……!!サラは絶対に渡さない!!」
「はい!本当にお願いします!」
サラをどこよりも安全な場所にしまったことでやや冷静になったアーサーは、このあと想定される面倒な事態にどう対処するか素早く決断を下してセインと向き合う。
「…………アーサーは知っていたのか?」
「…何をです?」
「しらばっくれるな!!夫人が悪魔に連なる存在だということをだ!!」
「っ!」
サラはセインの大声にびっくりして身体を強張らせてしまうが、サラの様子に気付いたアーサーが背中を優しく撫でてくれたことで安心して落ち着く。相変わらず旦那様の包容力が凄まじい。
しかし置かれている状況は最悪だ。悪魔とケルベロスは「サラは魔王である」という意味の分からない特大の爆弾を残して去って行ってしまったのだから。
「せめて私が弁解する間くらいは居てほしかった…!」と思ったところですでに後の祭りであり、サラにはもう言葉を尽くしてセインに「自分は魔王ではない」と信じてもらうしか生きる術は残されていなかった。
「……今思えば最初からおかしかったんだ。アーサーの顔を見て吐きもせず意識を保っていられる人間なんて存在するはずがないのだから」
「そ、それは……」
「そもそもなぜ夫人は子爵により森の中に閉じ込められていた?他の四人の花嫁候補はせいぜい家で疎まれていたり下働きのような扱いを受けていたくらいだというのに、まだ年若い娘を一人外に放り出すなんて…一体何があればそんなことになるというんだ」
「うっ……!」
セインはかなり痛いところを突いてくる。このまま核心に迫る追及が続けばサラに魔力がないという真実に辿り着かれてしまいそうだった。
「―――殿下、そこまでにして頂きましょう」
だらだらと冷や汗を流し言い訳の言葉すら出て来ないサラを庇うように、アーサーの有無を言わせない威厳のある声がところどころ崩壊した王宮の廊下に響き渡る。
「サラが魔王?なにを馬鹿げたことを。悪魔の妄言を真に受けるなどどうかしている」
「っ、だが、魔物が頭を垂れたではないか…!」
「悪魔が操っていないとどうして言い切れるのです?悪魔とは人間を惑わす生き物であり、我々を対立させ内部分裂を目論んだと考える方が、サラが魔王だなどと荒唐無稽な話を信じるよりよほど常識的だ」
サラを抱いたアーサーとセインは一定の距離を開けて睨み合う。「睨み合う」とは言っても、もちろんセインはアーサーの顔から視線を逸らしているので雰囲気の話だ。
サラがふと、アーサーの肩越しにネメルの様子を確認すると、どうやら彼は気絶してしまったようで、いつの間にか騎士達に介抱されていた。
「―――?」
そしてサラは剣をかまえた騎士達数十人に囲まれ、退路をすっかり断たれてしまっていることにやっと気付く。
「っ!?辺境伯様…!!」
「サラ、大丈夫だ」
あやすように背中を優しくポンポンされても今回ばかりは動揺を押さえ切れない。だってどうみても騎士達が構える剣はサラに向けられており、セインの号令一つで今にも襲い掛かってきそうなのだから。
いつから騎士達が周囲を固めていたのか分からないが、もし彼らが悪魔とのやり取りやセインの言葉を聞いていたとしたら、サラは間違いなく討伐対象と認定されていることだろう。
「―――殿下、周りの鬱陶しいコバエ共を下げて下さい。廟堂に入りたいのでしょう?今からグラハドール以外の高魔力者を探していたら扉を開けるのは何ヶ月後になりますかね。
その間にノエル殿下は間違いなく―――死ぬ」
「っ、アーサー…!!」
「俺に扉を開けさせたいのならばサラを捕らえる、もしくは危害を加えようとする意思は完全に捨ててもらいます」
「辺境伯様…」
サラに詳しいことは分からなかったが二人のやり取りから察するに、本物のノエルが放置されている廟堂に入るためには魔力が必要で、アーサーの力なしでは数カ月掛かってしまうらしい。
悪魔が約束を守り仮死状態を解いたならば、外からしか開けることの出来ない部屋に閉じ込められたノエルは三日も保たずに死んでしまうだろう。だからアーサーは自分が扉を開ける条件としてサラの身の安全を求めた、と。
本当に頭が良くて優しくて世界で一番頼りになる旦那様だと、サラは感動して瞳を潤ませる。
「……それは夫人が魔王であると認めたと捉えるが?」
「まさか。しかしこの条件を出さなければ殿下はサラを捉えて徹底的に調べるおつもりだったのでしょう?
俺がそんなことを許すと思われていたのならば心外だ。廟堂を開けると提案したのはただの慈悲であり、俺の出した条件に従えないというのなら―――すべてを滅ぼしてグラハドールに戻るまで」
「へ、辺境伯様!?」
「それってセイン殿下を亡き者にすると言っているのと同義ですよね!?」と、サラはアーサーの過激過ぎる発言に慄く。 魔王疑惑の持たれているサラなんかよりよっぽど魔王的な言動なのだが。
頭が良くて優しくて世界で一番頼りになる旦那様は、サラのこととなるとちょっとだけ過激になってしまうようだった。
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