5 辺境の地、グラハドールへ
「え……っ!?これって飛行……」
「飛行車だ。馬車で領地と王都を往復していては何日無駄になるか分からないからな。空を飛ぶ魔道具を優先的に開発したんだ」
出立の準備が整ったと人型魔道具が知らせて来たので、アーサーとサラは玄関を出て裏庭まで移動してきた。
王宮から乗ってきた馬車が待機しているかと思いきや、そこには見たことのない大きな筒状の…金属の箱のようなものがデンと横たわっている。
「空を……?翼もないようですが、この大きな箱がどのようにして空を飛ぶのですか?」
「重力調整と浮力操作のための魔法回路を組み込み、前進移動するための風魔法を動力として飛ばしている。進路や細かい設定はすでにインプットさせてあるから、あとは魔力を通すだけで勝手に領地まで自動で帰ることが出来るんだ。
それにしても翼とはサラは面白いことを考えるな。鳥の翼ではさすがにこいつは飛ばせない」
「あ……そうですよね、翼といえばそっちですよね…」
「?」
横たわった円柱の形をした飛行車は、その全体はよく分からない金属で覆われており、大きさは高位貴族が使用するようなゆったりサイズの馬車本体の二台分ほど。
車体を外から見る限り、身体の大きいアーサーとサラと荷物を載せたところでかなりのスペースが余りそうなほど大きい。
「飛行…車というのは一般的なのですか?」
「……いや、阿呆ほど魔力を食うからこれも世には出回っていない。というか陛下にも報告は上げていないし、これに乗るのは俺以外でサラが初めてだ」
「え…っ。そんな貴重な体験をさせて頂けるなんて……ありがとう、ございます」
下を向きつつもはにかむような笑顔を見せてくれたサラに、アーサーは飛行車を開発した過去の自分を真剣に褒め称えたくなる。時空を越え過去に干渉するなどという神の御業、果たして魔法で実現可能なのだろうか?と、頭の中で魔法理論をものすごい速さで構築していく。
サラの笑顔を初めて見た喜びで、アーサーの思考は一瞬おかしな方向へ舵を切りかけたが、サラがそわそわとしなから飛行車に視線を向けたことで現実へと引き戻される。
「サラ、乗ってみるか?」
「!はい、是非」
アーサーが飛行車に手を翳すと、ツルンとしたボディの一部がぐにゃんと曲がり入り口が出現する。
「わぁ…」と小声で感嘆の声を上げるサラが可愛くて仕方ない。
―――言葉使いや態度等に大きな問題はないのだが、おそらくサラは一般常識のほとんどを知らないのだろう。
そうでなければ「飛行車は一般的か?」という質問は出てこないはずだ。そもそも魔道具についての知識すら少ないのかもしれない。
世の中には娯楽に特化した魔遊具や女性憧れの高級美容具、遠く離れた相手と会話が出来る通信具など、便利な魔道具がたくさん溢れているというのにサラはそれらを知らず、必要最低限の機能しか持ち得ない型落ち魔道具を監禁されていた部屋で使い続けていたのだとしたら………。
これ以上考えるとハルベリー子爵をたっぷり拷問にかけた上でひねり殺したくなってくるので、アーサーはサラが受けていた仕打ちを一旦横に置いておく。
それに……実家からの監禁生活から抜け出せたというのに、辺境に着けばサラを部屋に閉じ込めるつもりでいるアーサーに子爵の所業を責める権利はない。いや、機会があれば子爵が生きていることを後悔するくらい責め立てるつもりではいるが。
自分勝手で物騒なことを考えつつも、アーサーはサラをエスコートし飛行車に乗せた。慣れていないがゆえエスコートの手つきがややぎこちなかったが、サラにバレていないことを祈るしかない。
「広い…!…けど思っていたのとちょっと違いました」
キョロキョロと飛行車の中を眺めるサラの顔は子どものように無邪気だ。
飛行車の天井は高く、長身のアーサーが普通に立てるほどある。内装としては前方にゆったり寝れるほど大きな長椅子が一つあるだけで、後方には纏められた荷物がきっちりと積まれていた。
壁や床は木の板が張られただけの、良く言えばシンプル、悪く言えば殺風景だと感じる車内。
飛行車が最先端な魔道具だと聞いたサラは、よく分からないが勝手にすごい中身を想像していたのだ。
「あー…、これは俺にしか動かせないし誰も乗せたことはなかったから内装にまで気を回したことはなかったな。クッションか…それとも花かお菓子を人型魔道具に持ってこさせよう」
失念していたがサラはまだ十六。可愛いものや華やかなものが好きな年頃だろう、たぶん。
飾りっ気など一切ない無骨な乗り物をサラがどう思うかなどまったく考えていなかったアーサーは、今更ながら改造を試みるため魔力を飛ばして人型魔道具を呼び寄せる。
「あっ、いえ、違うんです、本当に。実用性があって、すごくいいと思います」
「そう、か?」
サラに気を遣わせてしまったが時間が勿体ないので有り難くこのまま出発させてもらうことにする。
「サラ、ここに座って」
一つだけある大きな長椅子に、人一人分の距離を開けてアーサーとサラが腰掛ける。
この椅子はアーサーが仮眠するための椅子なので大きく作ったし、寝心地も追求したので座りやすいはずだ。
「今から飛行車を動かす。揺れはないと思うが、もし気分が悪くなったら教えてくれ」
「…っ、はい」
サラはドキドキしながらその時を待ったが、動かす、と言ったわりにアーサーは腕を組んで椅子に座っているだけで操縦している様子もなく、そして飛行車自体もまったく揺れてないので空を飛んだ感じはしない。
「……?」
「どうした?気分が悪いのか?スピードをもっと落とすか」
挙動不審なサラにすぐ気が付いたアーサーが声を掛ける。
「あ……、え?もう、動いているのですか?」
「すでに上空を安定飛行している。ほら、見てみろ」
アーサーが指をスッと向けると壁はぐにゃんと歪み、外の様子が見れる窓が現れた。窓にはちゃんとガラスまではめ込まれていて、サラはアーサーが何気なく使う高度な魔法に目を丸くする。
恐る恐る窓に近づき外を窺うと、すごい速さで後方へと流れていく雲が見えた。
「え…!いつの間に……!?」
ここはすでに遥か上空で、このスピードだと王都などとっくに抜けていそうだった。
「車体の重力は調整しているが、室内に影響が出ないように一応結界を張ってある。今日は慎重に魔力を流して揺れを感じなくさせたつもりだったが…」
「あっ、気分は悪くないです、むしろいつ飛んだのか分からなかったくらいで……。
あれ…?でも陛下にもご報告してない飛行車をこんなに堂々と飛ばしてもいいのですか?」
どんなにスピードが出ていたとしても、上空に上がる際にはその姿が目撃されているはず。見たこともない金属の塊が空を飛んでいれば、たとえ夜だったとしても嫌でも目につき大騒ぎになっているのでは?とサラは疑問を口にする。
「ああ、それは問題ない。上空に上がる時は光魔法と闇魔法を用いて車体を外から認識出来ないようにしている。この高度まで来れば魔法は解除しているが」
「ス……、凄いですね」
「サラの着眼点も中々いい。人の話をちゃんと聞いた上で疑問を抱けるのは頭の良い証拠だ」
「………なんだか私…辺境伯様に、すごく子ども扱いされている気がします……」
「いや、そんなつもりはないのだ、 が 」
アーサーが誤解を解こうと慌ててサラの方を見やると、こちらをじっと見つめていたサラと目が合った。
「っ!」
今度は逸らされることなくしっかりと目が合い続け、先に限界を迎えたアーサーはおもわず身体ごと顔を背けてしまう。
―――なんだ、今のは……!?
サラの方をもう一度見やると、アーサーが横を向いてしまったからか、窓の外を眺めており、もうこちらを見てはいなかった。
水色の瞳を輝かせて外の景色を見つめるサラは、アーサーの顔を見た衝撃で気分が悪くなっているという感じでもないし顔色も悪くない。
こんな事態はアーサーが物心ついてから初めてのことだった。
「サラは……俺の顔を見ても平気なのか……?」
ボソリと呟かれたアーサーの言葉は聞こえていなかったようで、サラは変わらず窓から外の景色を眺めている。
そんなはずはないと理解しつつも、胸の中にある期待がどんどん膨らみ止められない。
自分が醜く見えることに変わりはないが、もしかしたらサラには受け入れてもらえるのかもしれない―――と。
だが、そんな淡い期待は領地に着いた途端、あっさりと弾けて消え失せた。
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