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私は何もおかしくないですよ!?〜虐げられた令嬢は世界で一番醜い辺境伯に恋をする〜  作者: ひなゆき


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45 “娘”との出会い⑤


 魔力がないとか悪魔だとかは関係なく、イザベラは「サラ」という一人の女の子にすっかり絆されてしまったのだが―――



『イザベラさんは父に黙ってここに来たんですよね?貴女の立場が悪くなってしまうので私にはもう関わらない方がいいですよ。お墓をたてるためとはいえ、今日は会いに来てくれてとても嬉しかったです』


『ここにはもう来ないで下さい。私の事情にイザベラさんを巻き込みたくありません』


『私のことは忘れてくれていいですからね。さようなら、イザベラさん。お元気で!』






 イザベラはふぅ…と溜め息をつくと先ほどからまったくページが進んでいない本を閉じる。

 


 イザベラがサラと森の中で出会ってから三ヶ月が経とうとしていた。


 悪魔と関わった者はどんな理由があろうとも処罰の対象となる。まだ六歳のサラがその事を理解し、イザベラの身を案じて「ここに来るな」と言ったのだ。そのいじらしい気持ちを踏みにじるわけにもいかず、言われるがままのこのこと引き下がって来たわけだが、イザベラは最後に笑顔で手を振るサラの姿がずっと忘れられずにいた。


 季節はもうすぐ冬だ。すきま風が吹き荒ぶあんなボロ小屋で冬を越せるのだろうかと心配で仕方がない。   

 サラは逞しく三回ほど余裕で冬を越しているのだがイザベラはその事実をすっかり忘れている。

 

 このままでいいとは思えないし何とかしてあげたいとも思うがサラに魔力がないという事実は覆らない。そのことが露見すれば悪魔としてサラは殺されてしまうのだから簡単に結論を出すことは難しかった。

 イザベラがサラに会いに行くということは、第三者に見つかる危険性がそれだけ高まるということ。

 現に三ヶ月前、疲れた様子で夜遅くに森から帰宅したイザベラを迎えたメアリーに「どちらまで買い物に行かれていたのですか?」と不思議そうに尋ねられている。



「はぁ………」


 子爵はイザベラがサラと関わることを良しとしないのは明白で、表立って動けないことがとても歯痒い。


 溜め息をつきながら一点をギロリと睨みつけ物憂げに腰掛ける様はどこからどう見ても悪の組織のボスで、そんなイザベラを見慣れているはずのメアリーですらあまりの迫力に「ひっ!?」と悲鳴を上げている。

 ちなみにどうやらすべてを知りつつ傍観していたらしいマイケルにもさりげなく探りを入れてみたのだが、いつもの見事なボケ老人のフリに翻弄されて終わった。彼の考えていることはまったく分からない。



「はぁ…。私は一体どうすればいいのかしら…」


「あのぅ、奥様。何かお悩み事ですか?」


「ええ…。ちょっと、ね」



 イザベラの様子がおかしいことに気が付いたメアリーが心配そうな眼差しを向けてきたので、誰かに話を聞いてほしかったイザベラは内容をぼかして相談してみることにした。


「かなりしっかりしているとはいえ、まだ六歳の女の子がほぼ一人きりの生活していて…。手助けしてあげたいのだけど情けないことに何をすればいいか分からないの。

 私が会いに行くことで迷惑になる可能性すらあって……それだけが理由ではないのだけど本人にも『もう来ないでほしい』と言われているし。…ごめんなさい、こんな説明じゃ分からないわよね」


「いえいえ!奥様のお気持ちはなんとなく分かりました。その女の子を助けてあげるかどうかでお悩みなのですよね?」


「まあ、そうね」


「それなら話は簡単ですよ。たとえ『助けなんかいらない』って言われたとしても、奥様がその子にしてあげたいと思ったことをなさるべきです!」


「………そう思う?」


 気弱なメアリーにしては珍しくはっきり断言した言葉に、心のどこかで肯定してもらいたかったイザベラの気持ちは上向き出す。


「もちろんです!六歳なんてまだまだ母親が恋しい年頃ですし、どんな事情があるのかは知りませんが自分のことを気に掛けてくれる大人がいるだけで救われることって必ずあると思います」


「…………そうね。私にもしてあげられることがきっとあるはずだわ」


「はい!」



 メアリーに後押しされたイザベラはその翌日、人目を忍んで再びサラの住む森へとやって来ていた。

 一人で持てる荷物には限界があるので厳選を重ねた結果、今回は暖かい上着や新しい下着、日持ちのする食料や清潔なタオルなどを持参している。


 寒いと感じるほどの気温だったが大きな荷物を持って一時間も森の中を歩けば暑いくらいだ。イザベラがふうふう言いながらサラの住む小屋までやって来ると、彼女は焚火にあたりながらせっせと何かの作業に勤しんでいた。


「―――サラ!」


「あれ??イザベラさん?どうしたんですか?」


 サラは作業の手を止めてイザベラの元まで走り寄ってくる。前回着ていたワンピースよりも多少暖かそうではあるが、薄いシャツ一枚とズボンにストールを羽織っただけの姿は見るからに寒そうだった。


「……ちょうど良かったわ」


 イザベラは地面に置いた大きな鞄を開けると、長く使えるようにと選んだ大きめのポンチョを取り出しサラの身体に巻き付ける。


「わ……。すごくあったかい……。これを私に?」


「ええ。今年の冬は寒くなりそうだったから。来るなと言われたけれど貴女の事が心配だったの」


「イザベラさん…」


 サラはこちらを睨みつけているとしか思えないイザベラの顔を、六歳とは思えぬ冷静さな瞳で見つめ返して問い掛ける。


「イザベラさん。貴女に私と関わる“覚悟”があるのですか?」


「…っ、」


()()があるので言葉にすることは出来ませんが、こうして私に会いに来るということはイザベラさんの身を危険に晒すということなのですよ」


 サラの言う「あれ」とは従属の誓約のことであり、魔力がないことを誰にも話してはいけないという縛りがあるためそのことに纏わる言葉を口にすることは出来ないけれど、言いたいことは伝わるでしょう?とばかりに目で訴えてくる。


 もし、サラが魔力のない悪魔だと誰かに知られたとしよう。

 そうすれば今サラが羽織っているポンチョ一つすら、サラがどこかから盗んだ物なのか誰かが買い与えた物なのか徹底的に調査されることになる。

 出処がイザベラだと判明すればそれだけで罪に問われ、悪魔を故意に匿ったとすれば最悪死罪もあり得てしまう。



「すべて……すべて承知の上よ」


「…」


「貴女の存在を知りながら見て見ぬふりなんてもう出来ない。だって………サラは………私の義娘ですもの」


 サラにしてみればイザベラは知らないうちに出来た義母であり、まだ心の整理もついていないであろう彼女に「私の義娘だから」と伝えたところで余計な反感を買うだけかもしれない。

 それでもイザベラの覚悟を信じてほしくて敢えて口にした。悩みに悩んだせいでイザベラの顔はとんでもないことになっている。



「ふっ……、ふふっ!あははは!!!イザベラさん、顔怖すぎでしょう!!」


「っ、わ、悪かったわね、生まれつきなのよ!」


「ふふふっ!顔は恐いけどイザベラさんがとても良い人だということは分かりました。そして貴女の覚悟も」


「サラ…」


「イザベラさんの優しさに付け込んでいる自覚はあります。もし私との関係がバレた時は、私に脅されていたと言って下さい」


「そんな…!」


「だから………。たまにでいいので会いに来てくれますか?」


「……っ!」


 こちらを見上げるサラの水色の瞳は不安そうに揺れており、この時初めてサラのことをまだ六歳の女の子なのだと実感出来た。


「もちろんよ…」


 イザベラはしゃがみ込むとそっとサラの身体を抱き締めた。

 見た目以上に細く冷たいサラの身体は力を込めれば折れてしまいそうで、イザベラは文字通りガラス細工に触れるかのように慎重に扱う。

 サラは恐る恐る手を伸ばすイザベラの顔が怖すぎてまた笑いそうになってしまったが、大きな彼女の身体にすっぽりと包まれると目を閉じて素直に抱擁を受け入れた。



 こんなことがあり、二人の交流が始まった。



 イザベラは毎日でも来たかったのだが、サラに「ここへ来るのは最低でも三ヶ月に一回」というルールを設けられてしまい、渋々了承したイザベラはその都度サラに必要な物を持って行こうと決める。


 サラは三歳で森に捨てられたはずなのになぜか色々なことを知っていた。

 大人のイザベラでも何も持たずに森に捨てられたら飲み水すら確保出来ずに三日で息絶える自信があるというのに、『飲み水をどうしているのか、ですか?確保する方法なんていくらでもありますよ!』と笑うサラが逞し過ぎる。

 しかしさすがに一般常識には乏しいらしく、本来であれば子爵令嬢として学ばなければならないマナーについては何も知らなかった。

 そんなサラのためにイザベラは自身が持つ知識を惜しみなく与える。

 限られた時間の中行われる授業でカーテシーを熱心に教えられたことについてサラは「カーテシーなんか絶対に使う機会はない!」と不満そうな顔をしていたが、立派なレディになるためには完璧なカーテシーが欠かせなかったので、お菓子で釣ってなんとか習得させた。


 そしてもっと重要なのは悪魔についての知識を得ることだ。

 二種間に起こった戦争から始まり、悪魔の特徴、残虐さ、もし魔力がないとバレたらどうなるか、魔核を破壊するまで生きたまま切り刻まれるぞと、恐ろしいことも隠すことなく全部伝えた。

 度々隣街まで出歩いては小銭を稼いでくるサラの身が心配だったからだ。


 一方のサラも、成長するにつれ魔道具はどこにでもあって人々のライフラインとして欠かせないツールであることを理解し、そしてそれを扱えない自分の存在が異質であることを痛いほど実感していた。

 幼い内は誰かがやってくれたこと・与えてくれた物は、成長するにつれ自分でやらなくては不自然に思われてしまう。

 例えばよく顔を出していた孤児院ではコップ一杯の水を飲むにも魔力が必要で、今までは誰かが用意してくれていたのだが「サラもお姉ちゃんになってきたのだから自分で入れましょうね」に変わっていく。

 この時は「喉渇いてないから今はいらない」と誤魔化したが、いつまでも通用しないだろう。街でやっていた簡単なアルバイトについても同様だ。


 そんなわけで街に迂闊に出れなくなってしまったサラにとって、イザベラが三ヶ月に一度持って来てくれる物質はとても貴重な物となった。



 そして二人の交流が始まって一年が過ぎた頃イザベラは懐妊する。


 体調が落ち着くまで会いに行くことが出来ず、安定期を過ぎた頃やっと会いに行ったのだが、サラに「妊婦さんが無理しちゃ駄目じゃない!」と怒られてしまった。

 しばらく来られないことを伝えると複雑な気持ちもあるだろうに「元気な赤ちゃんを産んでね!」と明るく笑って手を握ってくれるものだから、イザベラは思わず号泣した。


 その約半年後イザベラは元気な男の子を産んだ。

 サラと似た響きがよくて「サム」と名付けた愛息子はイザベラにそっくりだった。将来的には強面になること間違いなしだったが、弟妹達とは違った可愛いらしさ愛しさが込み上げてきてたまらない気持ちになった。


「……貴方にはとても逞しいお姉ちゃんがいるのよ。いつか会わせてあげたいわ……」


 イザベラは我が子を腕に抱きながら叶うはずのない願いを口にしてサラに会えない寂しさを紛らわせた。



 イザベラが後継ぎであるサムを産んで落ち着いてからは、三ヶ月に一回だった森への訪問が半年に一回のペースに変わってしまった。

 これはサラの希望であり、もう貴女には守るべき存在が出来たのだから危ない橋を渡ってほしくないと、きっぱりと言われてしまったのだ。


 イザベラは「貴女だって私が守るべき大切な存在の一人なのよ」と言いたい気持ちをぐっと堪えて頷くことしか出来なかった。

 サムを危険に晒せないと思ってしまったのも事実だからだ。そんな自分の想いをサラに見透かされたのかと思うと申し訳なかったし恥ずかしかった。




 そして運命のあの日―――セインの指示で訳あり貴族女性を探していた王家の影は、その姿を確認出来ないサラの行方を探るためハルベリーの領地に訪れたところ、コソコソとどこかへ向かおうとするイザベラを偶然見つけたのだった。

 

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