43 “娘”との出会い③
これらの洋服やおもちゃは成長して使わなくなったから片付けたのではない。急に不要となった物を慌てて押し込んだようにしか見えなかった。
「旦那様には子どもがいた…?」
そんな話は聞かされていないし、もし不幸があって今はいないというのならば我が子に纏わる思い出の品をゴミのように扱ったりはしないはずだ。
「三年ほど前に発売されたおもちゃがあることと服のサイズからして……おそらく三歳くらいの女の子が少なくとも二・三年前にはこの屋敷にいたんだわ…」
ぬいぐるみ型魔道具は動くテディベアとして発売当時は大変な人気を誇り、我が家の末のお姫様が毎日「欲しい欲しい!」と駄々を捏ねて心底困らされた記憶があるので間違いない。他に手掛かりはないかと、イザベラはターゲットを狙撃するスナイパーかという鋭い目つきで小屋の中を一瞥する。
イザベラことをあまり知らない使用人がこの顔を見れば、意味も分からず「命だけはお助け下さい!!」と懇願してしまうほどに威圧感たっぷりの表情をしているが、これはただ単に考え事をしている時の顔であって、決して湧き上がる殺人衝動に目を細めているわけではない。
「……マイケルなら何か知っているかも」
マイケルは認知能力に少し問題がある気もするが一応、一応(!)この家の執事を任されている人間だ。三年前に雇われたらしいからその頃まで子爵家にいた子どもについてギリギリ何か知っているかもしれない。
安否の分からない子どもの行方が気になって仕方ないイザベラは、マイケルを探すため屋敷の中へと足早に戻った。
すると、杖をつきながら子爵の書斎へと入って行こうとするマイケルをさっそく見つける。
「マイケル!ちょっといいかしら?…というか何をしているの?旦那様はご不在のはずだけど」
「おや……奥様……。先ほどはありがとうございました……。旦那様に纏めるよう言われておりました資料の中に違う書類が紛れ込んでおりましたのでデスクに置きに参りました……。奥様から旦那様にお渡ししてもらってもよろしいですかな……?」
「えっ?ええ、分かりました、預かっておきます。それより貴方に聞きたいことがあるのよ」
「はい……。何ですかな……?」
「ね、貴方は三年前からここで働いているのよね?その当時この屋敷に三歳くらいの女の子がいたかどうか知っていて?」
周囲を気にしながら声を潜めてマイケルに囁きかけるイザベラは、端から見れば違法薬物の売人にしか見えない。悲しいことに鋭い目つきの極悪ヅラでは内緒話すら闇取引に変換されてしまうのだ。
「はて……。私はいつからここで働かせて頂いていますかな……?二十年前ですかな……?いや、二年前……?二日前でしたかな……?」
「少なくとも私がここに来た一年前には貴方いたわよ。……知らないならいいの」
やはりマイケルはだいぶ記憶力が低下しているようだ。なぜか仕事だけはきっちりやってくれているので今のところ問題はないが、子爵がなぜ彼を重宝しているのか、その理由が謎だった。
イザベラは杖をつきながらゆっくりと立ち去るマイケルを見送りながら、何気なく手にした一枚の書類に視線を向ける。
「……え」
イザベラは紙に書かれた内容から目が離せず、しばらくその場に一人立ち尽くした。
***
「―――旦那様、お疲れのところ失礼致します」
「なんだ」
今は社交シーズンではないため子爵は領地にいる。昼間は街の視察に行っており不在だったが、夜遅くに帰って来たタイミングでイザベラは書斎に訪れていた。
「………この誓約書についてお伺いしたくございます」
決意を固めたイザベラの顔は過去一番迫力があり、子どもが見たらちびって泣き出すほど恐ろしい。書類を整理しながら話を聞いていた子爵はここでやっと顔を上げる。
「誓約書……?っ、それは!!」
いつも無気力な彼にしては珍しく、顔色をサッと変えて素早く椅子から立ち上がり早足でイザベラの元までやって来ると、その手から書類を乱暴に奪い取った。
子爵はブクブクに太ったかと思えば数カ月で体重を一気に落としたりを繰り返していて、今は痩せてるバージョンのためその動きは機敏だ。
最愛の妻を亡くしてから不安定になった精神状態が食欲に大きな影響を与えているようだった。
「どこでこれを手に入れた!?」
落ち窪んだ目を血走らせて唾を散らしながら声を荒げる子爵にイザベラは一瞬怯むも、子爵のさらに上を行く恐ろしい顔でキッと前を向くと毅然とした態度で真っ向から対峙する。
「これはマイケルから預かりました。幸いなことにマイケルは眼鏡の度がまったく合っていないようで、これの内容について把握していないようでしたわ」
「マイケル、が………」
「旦那様。これは従属の誓約ではございませんか?このような違法な魔法を使用することも見過ごせませんが、誓約内容はもっと見過ごせません!!」
「…っ」
「『サラ・ハルベリーは魔力がないことを誰にも他言してはならない』―――これはどういう事ですか?
まさか…………悪魔と契約を交わしたとでも?」
「っ、違う!」
「ではこれは何なのですか!?悪魔と通じた者は一族も処刑の対象となるのですよ!?これは私にも無関係の話ではないはずです!」
「っ……!」
子爵はぐっと言葉につまると糸の切れた人形のように力を失い、ヨロヨロとソファに腰かけ両手で顔を覆った。
「…………サラ・ハルベリーは………アリサの、娘だ」
アリサとはハルベリー子爵の亡くなった前妻の名前だ。しかし表現の仕方がおかしい。
「アリサ様のお子様ということは旦那様のお子様でもあるわけですよね?なぜ自分の子に従属の誓約を……そもそもサラ様に魔力がない、というのは………?」
「あの悪魔が………、三歳の頃だ……。
ぬいぐるみ型魔道具を買い与えたが動かすことが出来なかった。魔力の流し方が分からないのだと思い、色々なことを試してみたがどの魔道具も一つも反応しなかった……っ!早い子どもは一歳頃から魔力の流れを掴むというのに!!」
生まれた時から身体の中に流れる魔力を知り、魔道具を動かす程度の魔力を放出することは決して難しいことではない。魔道具は身近に溢れているのだから生活の中で自然と使い方を覚えていくのが普通だ。
現に七人いるイザベラの弟妹達だって遅くとも一歳半になるまでには家のあちこちにある魔道具を起動出来るようになって、おもちゃ代わりにしては遊んでいた。
だから三歳になっても魔道具を使えないのは確かに異常だ。魔力を持たない“悪魔”であると疑っても仕方がないほどに―――。
「なぜ………旦那様とアリサ様のお子様が、あ、悪魔として生まれたのです?人間が悪魔を産むなんてあり得ないでしょう」
しかし一番の疑問はこれだ。悪魔は人間と同じ見た目をしているがその中身はまったくの別物であり、人間が産む子どもの変異種で悪魔が生まれるということは絶対にない。
「アリサは………きっと悪魔にその身を穢されたんだ。悪魔の能力には人間や魔物を操るというものがある。知らないうちに意識を乗っ取られたアリサは悪魔の子を孕んだ。それ以外に考えられない」
「まさか……!?そんな、こと………」
「では他に何が考えられる!?魔力のない人間など存在しないというのに!魔力がないのは悪魔だけだ!」
「っ!」
「アリサは………自分の娘が悪魔だと知ってから病んでしまった………。私に何度も『ごめんなさい』と謝りながら日々を過ごし、やがて食事も喉を通らなくなり、そしてベッドから起き上がれない日が何日も続き……衰弱して、死んだ……」
子爵は声を震わせながら最愛の妻の最後を語る。
二人は本当に愛し合った夫婦であり、悪魔の誕生がどれほどの絶望を与えたのか想像に難くなかった。
「そ、それで……サラ様をどうしたのですか?」
アリサが悪魔の子どもを産んでしまったことは悲劇以外の何ものでもないが、イザベラはどうしても三歳で悪魔であることが露見してしまった“サラ”という名前の女の子の存在が気になって仕方なかった。
幼い子どもの身体で従属の誓約など掛けられてはショックで死んでしまってもおかしくはない。
「悪魔を名前で呼ぶな!!……あいつは誓約を掛けたあと森に捨てた」
「そんな!!いつの話ですか?」
「アリサが亡くなったすぐ後だ」
「三年も……前………」
イザベラはサラ生存の確率が限りなく低いことに絶望の声を漏らす。子爵の言う森とはハルベリーの領地にあるリゾート開発が頓挫したあの森のことだろう。屋敷からは馬車で一時間ほどの距離にある。
もしサラが生きていれば今は六歳のはず。
しかし成人していてたとしてもいきなり一人で生活することは難しいというのに、サラはたったの三歳で森に捨てられたという。
「たとえ悪魔だったとして……!サラ様が何をしたというのです!三歳の女の子にそこまでする必要があったのですか!?」
「あるに決まっているだろう!!あいつはアリサを殺した!!せめて人間として産まれていればアリサは何も知らず生きていくことが出来たのに、最悪なことにあいつは魔力を持たずして産まれてきやがった!!」
「旦那様……」
興奮しながらサラを罵っていた子爵は、はぁ、はぁと荒い息を何度か吐いた後、スッと真顔に戻り立ち上がる。
「………この話はもう終わりだ。君にも関わる話を黙っていたことは謝罪する。契約違反だと言うのなら離婚にも応じよう」
子爵はそう一方的に告げると執務机に戻り書類仕事を黙々と再開した。その姿は全身でイザベラを拒絶しているかのようだ。
悲しい出来事を忘れるため仕事に打ち込む子爵の姿があまりにも哀れで痛ましくて、イザベラは何も言うことが出来ずに頭を下げるとそのまま書斎を後にした。
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