40 “あの人”
「そんな…、戦争だなんて……」
サラは急に血生臭く飛躍した話に困惑する。
少女漫画を読み耽っていた夢見る乙女ならば、一度は「私のために争わないで!!」というセリフを口にしてみたいなぁと思ったことがあるのではないだろうか。
サラはそんなタイプではなかったが、このセリフが言える女子はさぞかし魅力溢れる高嶺の花のような存在なんだろうなと考えたことはある。
そして今まさにそのセリフを吐く状況になったわけだが、サラは高嶺の花とは言い難かったし、なにより自分が原因で戦争が起きるかもしれないなんて、争いの規模が大きすぎて慄いてしまう。全然乙女憧れのシチュエーションではない。
「高魔力者の顔を認識して普通に接することが出来るというのはそういうことなんだ。どんな犠牲を払ったとしても手に入れる価値がある。
それに国が動く可能性もあるな。サラを実験体にして高魔力者の顔が認識出来る原因を究明しようとするかもしれない」
「ひぇ〜!?」
「そうならないための契約書だ。もしヴァンが誰かにサラのことを漏らせば、ヴァンと話を漏らした相手を始末すれば秘密は守られる」
「絶対にそんなことはしませんが、もし誰かに操られ口を割ってしまったとしたら俺もろとも敵を葬って下さい」
「無論だ」
「『無論だ』じゃないですよ!!
…ここが特殊な美醜逆転の世界だってことは分かったけど、考え方はなんか武士寄りじゃない!?」
真面目な顔で簡単に命を懸けるような発言をするヴァンや、仲間に手を掛けることをまったく厭わないアーサーに、サラはブツブツと呟きながら頭を抱える。
戦争が起こるのは駄目だし実験体にされるのも嫌なのだが、もっと平和的な対応策はないのだろうかと頭を悩ませたところでサラは閃く。
「……そうだわ!私が辺境伯様と離れなければいいのよ」
アーサーはきっと誰よりも強い。グラハドールの城にいる騎士達が寄せる絶対的信頼の厚さや、実際の鍛錬の様子を見てもそれは分かる。
「誰が来ても、何が起きても、辺境伯様ならば守って下さいますよね!ずっとお側において下さいね?」
「…!!、も、勿論だ」
愛しい妻にこのようなセリフを言われて舞い上がらない夫はいない。少なくともアーサーはこの高揚感のまま、鬱陶しい北の軍事国家とそのついでに周辺の国を余裕でニつ三つ取れそうな心地になる。
「ずっとお側に」と言われたからには、とりあえずサラを抱き上げ、誰よりも信用出来る自分の腕の中にしまい込んだ。
「それと。ヴァン」
「は、はい」
アーサーとサラのどこにでもいる普通の夫婦のようなやり取りをぼんやりと眺めていたヴァンは、アーサーに急に声を掛けられたことでハッとして姿勢を正す。
「サラが高魔力者にまつわる常識を知らなかったのは、三歳から領地の森に一人で閉じ込められていたからだ」
「えっ…」
「内容は言えないがその時父親に従属の誓約まで掛けられている。誓約は俺が破棄した」
「そんな…」
「従属の誓約」は五十年ほど前に違法認定された魔法のためヴァンも詳しいことは知らなかったが、誓約を掛けられた者は胸に抜けない棘が刺さったような痛みが常に生じると聞いたことがある。
ヴァンは実の父親にそのような人を人とも思わないような扱いを受けていたサラを思い、胸が締めつけられるように痛んだ。
「………そういえばサラはマナーや文字はどのようにして学んだ?食事の様子は美しいし本も読める。礼儀に関しても問題はない。森にいては手に入れることの出来ない知識のはずだ」
これはアーサーがずっと気になっていたことではあったが、辛い過去を思い出させてしまい涙を流すサラを見るのが怖くて今まで曖昧にしてきた。
しかし自分の顔を認識してくれていると知った今ならば、たとえ悲しみの涙を流させてしまったとしても、化け物には出来なかったが一人の男としてならばサラのどんな辛い過去も受けとめられる気がした。
「あー……、それはですね、ハルベリーで大変お世話になった方がいまして。というか私がグラハドールに来てもう三ヶ月は経ちましたよね…。そろそろあの人に連絡しないとなぁとは思っていたんですけど、連絡することによって迷惑が掛かる可能性もあるかなぁと悩んでまして」
「連絡?誰にだ?」
「義母です」
サラの口から意外な人物の名が挙がったことにアーサーとヴァンは軽く目を見開いた。
***
昼の忙しい時間が終わり、使用人達も各々休憩時間を取っている声が隣の部屋から聞こえる中、一人の女が屋敷の勝手口から人目を忍んでこっそりと出て行こうとしている。
キョロキョロと周囲を窺うその怪しげな様子は、女性にしては高い身長に鋭すぎる目つきと相まって、これから違法な取り引きに向かう裏の世界の女ボスだと言われても納得出来る。控え目に言っても迫力があり過ぎだ。
女の手には大量の荷物が詰め込まれたボストンバッグと、一度だけどんな攻撃からも身を守ってくれる護符型魔道具が握られていた。
ギィ……
女は錆びついた音を立てる古いドアに軽い苛立ちを覚える。美しく華やかに装っているのは正面だけで、下働きの者が出入りする場所は古く汚い。一体何十年前の型落ち魔道具を使って働いているのかと彼らを憐れに思うが、女はもっと悲惨で過酷な環境に身を置いている子を知っている。
最後にあの子に会いに行ったのは確か四ヶ月前だった。いつもは半年に一回ほどのペースで様子を見に行っているのだが今日は特別。なぜなら今日はあの子の―――
「―――イザベラ。どこへ行く?」
「っ!!」
絶対にここにいるはずのない男の声が聞こえ、イザベラは驚いた勢いで手にしていた護符をぐしゃりと握り潰し、ついでにボストンバッグも地面に落としてしまう。
「っ、………旦那様…。な、なぜこちらに…」
追いつめられているのはイザベラのはずなのに、顔面から放たれる圧が強すぎてなぜか男の方が窮地に立たされているかのような錯覚を受ける。
「質問に答えろ。そのような格好でそのような大きな荷物を持ち結界の護符を握り締めてどこに行くつもりなのかと聞いている」
「……っ」
男の言う「そのような格好」とは乗馬服のように動きやすいシャツとズボンに編上げのブーツにストールを羽織っただけの、とても子爵夫人とは思えない機動力を重視したこの格好のことを指しているのだろう。
イザベラは吊り目がちの切れ長の瞳をさらに吊り上げ、唇を噛み締めなんと返答するのが最適なのか必死に考える。はたから見ればイザベラの目は相手をこれでもかと睨みつけているようにしか見えないが、これは本人曰く最大限に困った時の顔らしい。
そういえばあの子にも「それが困った時の顔ってなんの冗談なの〜!」とケタケタと笑われたわね、と思考がズレて、そんな場合ではないのにうっかり現実逃避してしまう。
「―――無駄だぞ」
「え…?」
「あそこに悪魔はもういない」
「っ!?どういうことですか!!サラをどこにやったの!?」
イザベラは益々目を吊り上げ、百七十センチ以上ある高身長を生かして男を威圧的に問い詰める。これは正真正銘怒って相手を睨みつけている時の目だ。困っている時の顔と怒っている時の顔が同じとはある意味ミラクルといえる。
「ふん。俺が知らないとでも思ったのか?後継ぎを産めば好きにすればいいとは言ったが、まさか悪魔と通じるため森に入るとはな」
「っ、そのようなことを仰るのは止めて下さい!!あの子は……、あの子はただの人間です!!」
「煩い!!黙れ!!!それじゃあ俺が間違っていたとでもいうのか!?俺が愛する妻との子どもを殺すつもりで森に捨てたと!?」
「それは……」
「俺は正しいことをしたんだ!!アリサを殺した悪魔には重い罰を与え、死ぬ以上の苦しみを味あわせてやると決めたんだ!!」
「旦那様……」
「なのになぜあいつはまだ生きている!?魔と戦う化け物伯はなぜ悪魔を殺さない!!誓約まで破棄しやがって……!なぜ、なぜ!!!」
「えっ!化け物伯!?」
「あいつは悪魔でなければならないんだ!!そうでなければ、そうでなければ、俺はっ………」
「旦那様!!」
イザベラは焦点の合わない目でヒステリックに叫ぶケリー・ハルベリーの両肩を自慢の握力でがっしりと掴む。
「旦那様!!あの子はどこなの!?化け物伯とはグラハドール辺境伯のことでしょう!?なぜあの方の名前が出てくるのです!!サラをどうしたのよ!!!っ、さっさと吐きなさい!!」
イザベラがハルベリー子爵と結婚して早十一年。
ちょっと荒っぽい本性の片鱗を見せることなくひたすら従順に従ってきたが、我が子に対するケリーの仕打ちにはもう我慢がならなかった。
イザベラが今まで子爵に反抗せず大人しくしていたのは、あの子が「こんなの全然大した事ないよ」と本心からの笑顔を見せてくれていたから。
サラの安否が分からないとなればもう黙って従う意味などない。
例え血の繋がらない娘だったとしても。
彼女が六歳の時に出会ってからずっと家族だと思ってきたのだから。
ここにはもう子爵の顔色を窺い言われるがままだったイザベラはいない。
今ここにいるのは、八人弟妹の長女としてある時は愛情深い母親のように妹達を立派なレディへと育て上げ、ある時は厳しい父親のように悪さばかりする弟達を物理で叱りつけ、そしてまたある時は領地経営が壊滅的に下手過ぎる両親を学園首席の頭脳を持つしっかり者の娘として支えてきた、スーパーお姉ちゃん・イザベラだ。
イザベラはコンプレックスである男性のように大きな手でギリギリと子爵の肩を掴むとハスキーボイスを響かせて宣言する。
「―――旦那様。すべてお話してもらいましょう」
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