4 魔道具
おはようございます。
今日は夕方にも1話更新します☆
明日からは朝に1話だけの更新となります。
毎日更新を目指して頑張ります!
アーサーは王宮を出る前に子爵のサインが入った婚姻届に素早く署名し、そのまま結婚の手続きを済ませるという手際の良さを見せた。
何を思っているのか、サラはその間ずっと下を向いて黙り込んでいる。
すぐに領地へと帰りたかったアーサーは、サラとの婚姻が成立したことだけ確認すると、証明書はグラハドールへ送るよう申し付けすぐさま王宮を後にした。
待たせていた馬車にサラを乗せ、自身も向かいのシートに腰を落ち着けたところで、アーサーはようやく異変に気づく。
「―――サラ、足が」
「えっ、ぁ……」
わずかな血の匂いに気付き素早く視線を走らせると、サラの両足のかかと部分が赤く染まっているのが見えた。アーサーはここで己の失態を悟る。
「俺の、せいだな…。すまない」
早く王宮を出て辺境に帰ることしか頭にはなく、そしてサラの反応を見る勇気もなかったアーサーは、正直どのようにしてここまで来たか覚えていない。
だがサラの靴はサイズが合っていなさそうなヒールの靴で、自分にそれを気遣った記憶はないとくれば怪我の原因は明らかだった。アーサーは自己嫌悪で壁に頭を打ち付けたくなる。
「いえ…。王宮でドレス一式をご用意して頂いたのですが、サイズが合っておらず……最初から靴擦れをしておりました。ですからお気になさらないで下さい」
「!」
サラと会話を交わしたのはこれが初めてだ。
女性と最後に話したのはいつだったか思い出せないほど遥か昔だった上に、すでに好意を寄せつつある人に「最初から怪我をしていた」などと優しい嘘をついて気遣われれば、飛び上がりたいほど嬉しい気持ちになる。それと同時に己の不甲斐なさが浮き彫りとなり情けなくもなったが。
相変わらず視線は合わないし顔色も悪かったけれど、馬車という密室空間にアーサーと二人きりという現実を受け入れてもらえただけでも奇跡に近い。
その上優しい言葉を掛けてくれるなんてサラは天使かなにかだろうか。
サラに目を付けた最初の動機が「目が合っただけ」という猟奇的な理由だったが、今はそこに優しい人柄がプラスされ、アーサーは「絶対に逃さない」と益々監禁願望を募らせる。
「あ、あの…?」
アーサーの目があまりにもギラギラしていたからか、サラが戸惑ったような声を出す。顔は見られていないと思って感情をダダ漏れにする癖は止めた方がよさそうだ。
「、とりあえず治療を」
「!?」
アーサーが手を一振りしただけで、サラの足の怪我は一瞬で癒えた。なぜかサラが目を丸くして驚いている。
「どうした?もう痛くないはずだが」
「あ………。いえ、…あまりにも一瞬で、少し驚いてしまいました……」
歯切れの悪いサラの言葉に、「ああ」と納得する。
「魔力の低い者はあまり魔法を使いたがらないからな。魔法を見たのは初めてか?体内に宿る魔力だけでは大した魔法は使えないからさすがに治癒魔法は無理か…。
だが、サラも魔道具を動かす際わずかな魔力を流しているだろう?毎回無意識にやっているとは思うが、その感覚を意識することで魔法を使うことが上手くなるんだ。次からはそこを意識して魔道具を扱ってみるといい」
「あ……、はい……。ありがとうございます」
魔法のことになると饒舌に語ってしまうのはアーサーの悪い癖だ。サラがまた下を向いてしまったので引かれてしまったのではと不安になるが、一瞬の沈黙の後、またサラがおずおずと話し出したことでホッとする。
「あの……馬車はどちらへ?」
「俺のタウンハウスだ。と言っても滅多に使うことはないから生活環境は整っていない。荷物をまとめたらすぐ領地へと出発する」
「えっと……私も、ですか?」
「勿論だ。サラはもう俺の妻となったのだから。
それともなんだ?王都に未練が?………好いた男でもいるのか?」
アーサーは自分の放った言葉に強烈な怒りを感じ、魔力が大量に吹き出そうになったが必死にコントロールして抑え込む。こんなことは幼少以来だったが、拐うように領地へ連れて行こうとしている分際で、何を勝手に嫉妬し魔力暴走を起こそうとしているのかと呆れるしかない。
「いえ、私は王都に来たのは今日が初めてですし、領地でも……誰かに会うこともなかったので、そういう人はいません…」
「っ、そうだったな」
本当に何をしているのか。サラは領地で監禁されていて王都にも来たことがないとセインが言っていたではないか。
アーサーは傷を抉るようなことを言ってしまったと自分の無神経さを反省する。
「すまない…」
「? いえ……」
その後は微妙な空気が流れたままアーサーのタウンハウスへと到着する。辺境伯という身分に似つかわしくないこじんまりとした屋敷だがその造りは堅牢だ。
カーテンの隙間から屋敷を見上げたサラは、部屋のどこにも灯りがついていないことに首を傾げる。生活環境が整っていないとはいえ、屋敷を管理する者くらいはいるはずなのに、と。
アーサーは馬車から降りる際に手を差し伸べたが、サラは戸惑った様子ながらも受け入れてくれたことでまた安堵した。
二人が玄関扉の前まで来るとドアは自動的に開き、中に入るとブゥーンという音がして眼前にモニターが現れた。サラの水色の瞳は驚愕に見開かれる。
黒いモニターには白い四角で構成された目と口が表示され、その口元が動くとどこからともなく声が聞こえてきた。
『旦那様、お帰りなさいマセ。お食事になさいますカ?お風呂になさいますカ?それともお休みになられますカ?』
「すぐ領地へと立つ。準備をするように伝えろ」
『かしこまりマシタ』
起動した時と同じブゥーンという音がしてモニターは黒一色だけになり、そして空中に浮かんでいたモニター自体も消えた。それと同時に二階の部屋からガサガサと微かな物音もし始める。
サラはポカンとした顔で一連の流れを見ていた。
「いま人型魔道具に出立の準備をさせている。すぐ整うはずだから悪いがここで待っててくれ」
「あ、………はい」
サラの様子が魔道具を初めて見る幼子のようで不思議に思うが、魔道具なんて日常生活のありとあらゆる場所にゴロゴロと転がっているのだから珍しいものでもなんでもない。
「…ああ、ここは最新鋭の魔道具を置いているからか」
アーサーが納得して独りごちた言葉にサラが反応する。
「…最新鋭、ですか?」
「俺は魔道具の開発も行っているから試作品を試験的に使っているんだ。そういえばモニター連動遠隔操作魔道具はまだ一般公開されていなかったな」
「モニター連動遠隔操作魔道具……」
「そうだ。玄関の天井部にセンサーと映像記録装置を取り付けていて、それが人を感知すると、まず過去の映像から家に入って来た人物を特定する。そして人物を特定し終えると行動パターンを学習していた魔道具が最適な選択肢をその人物へと投げかける。今日俺は『すぐに領地へと立つ』と答えたから魔道具は新たな選択肢を学んだことになる。これらのやり取りを知識として蓄え、魔道具に意思を持たせる試みを―――」
「は、はあ……?」
「……、す、すまない。魔道具の仕組みに興味のある女性はいないと聞いたことがある…。つまらない話をしたな」
またやってしまった…とアーサーは穴を掘って埋まりたい気分に陥る。アーサーの魔道具作りは趣味や仕事というより必要に駆られてやっていることなので、その熱量は誰よりも高く熱い。そのため一度話し出すと止まらなくなってしまうのだが、そもそも魔道具はあって当たり前の物なので、誰だって道端に落ちている石ころに興味はないわけで、そういった存在の魔道具について熱心に語られても相手は困ってしまうだけだろう。
「いえ……興味はあります。魔道具を動かすにはそれに触れて魔力を直接流す必要があると聞き……ありますが、辺境伯様は今、どのようにして魔力を流したのですか?」
「! ああ、それは俺は魔力量が多いから、常に身体から魔力が溢れ出ている状態だ。その溢れ出た魔力によって魔道具は作動している。多くの人間は溢れるほどの魔力を有してはいないから、この家にある魔道具は一般向けではないというのが課題だな」
「辺境伯様はこんな大掛かりな魔道具を、溢れ出た魔力だけで動かせるほどのお力をお持ちなのですね……」
サラの声にはアーサーを賞賛するような響きが混じっており誇らしい気持ちになったが、一点どうしても気になる部分が。
「あー……。サラ、俺達は―――」
『旦那様、準備が整いマシタ』
『荷物をお持ちしましタ』
『飛行魔道具でお召し上がり頂く軽食もお作りしておりマス』
「……早いな。そのまま飛行車に積んでくれ」
『『『かしこまりマシタ』』』
そう言ってしずしずと大量の荷物を驚くべき腕力で一気に外へと運び出す人型の魔道具は、八歳くらいの子どもの背丈しかなく、人の形を取ってはいるが顔はない。ただの白い球体が頭の位置に乗っかっているだけのソレは、不気味かと聞かれればかなり不気味だった。
「……あれも魔道具なのですか?」
サラが質問を重ねる度に辿々しさが減っているように感じて、アーサーは嬉々として何でも答えてしまう。
「そうだ。荷運びや料理を作る魔道具は見たことがあると思うが、あれらは安定性を重視してあるため箱型のフォルムが多い。だがこの人型の魔道具は腕のパーツで五十キロの重さの荷物を運べ、それでいて二足歩行を可能とした画期的な魔道具だ。しかしこれを動かすには大量の魔力を消費してしまうから今のところ実用化は不可能だが」
「そうですか……。残念、ですね」
「………んん゛、サラ―――」
『旦那様、荷物をすべて運び終えマシタ』
『整備点検も済ませておりマス』
『いつでも領地へ立てマス』
「………ご苦労」
アーサーは仕事の早い人型魔道具達のせいで、辺境伯ではなく名前で呼んでほしいとサラに伝えることが出来ず、自分で改良を重ねたくせに「空気を読んでもっとゆっくり仕事をしろ!」と理不尽にも解体してやりたくなった。
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