39 ナイフの正しい使い方
抱き合う二人を見たヴァンは、自分の勘違いのせいでサラにきつい態度を取ったり八つ当たりしてしまったことを申し訳なく思ったが、しかし誰が良い意味で「目が潰れる」と発言したなどと気付くというのかとも思った。
それと同時に段々言いようのない想いが込み上げて来て、恩人であるアーサーに対し「こんな汚い感情を抱いてはいけない」と必死に目を逸らそうとするが、一度湧き上がった感情をコントロールするのはどうも難しい。
―――なんで同じ高魔力者なのに閣下だけ幸せになれるんだ…
高魔力者の顔を認識出来る者など世界中探してもきっとサラ一人だけ。そしてこれから先、彼女のような人間が現れる確率は限りなくゼロに等しい。
高魔力に生まれた以上もとから誰かに愛される人生など諦めていたが、自分の本当の顔を見てくれる人が存在するのなら話は別じゃないだろうか。
アーサーには幼少期から面倒を見てもらっており、身分差から口に出して言うことは叶わないが兄のように慕っている。
心から幸せになってほしいと願っているのは嘘じゃないのに、どうしてもこんなことを考えてしまう自分にヴァンは心底嫌悪した。
「あの…、ヴァン様。大丈夫ですか?」
「っ!」
どうやらヴァンは尻もちをついたまましばらくぼんやりしていたようで、いつの間にか心配そうな顔をしたサラが目の前に立っていた。
「あ……、大丈夫、です」
「サラ、馬車に落ちていたぞ」
ヴァンがズボンの汚れを払いながら立ちあがると、まだ少し目元を赤くしたアーサーが馬車内に落ちていた小型ナイフを手にサラの方へとやって来るのが見えた。いつの間にか二人のいちゃいちゃタイムは終了していたようだ。
「あっ、ありがとうございます!」
サラは後ろを向くと素早く太ももに巻いたホルスターにナイフを戻す。
「………なんですか、それ。なんで奥様がナイフなんか…」
ヴァンはアーサーに尋ねたつもりだったが、振り返ったサラがいい笑顔で教えてくれた。
「これはですね、何か武器が欲しいと言うと辺境伯様がわざわざ用意して下さったのです!」
「えっと、だからなぜ世界最強の魔法使いである閣下にガチで守られている奥様に武器が必要なのですか?」
「念の為です!備えあれば憂いなしと言いますからね」
「念の為……?」
サラはこれまで自分の身は自分で守る生活を送っていたので、ハルベリーの森の中では常に自作した武器を身に付けていた。そのため何か一つでも武器と呼べる物が手元にないとソワソワするというか、落ち着かないという微妙な体質になってしまったのだ。
グラハドールのラナテス森林で八日間過ごした時だって、猛毒キノコや握り込んで殴れば殺傷能力が上がりそうな石をちゃんとポケットに入れていた。これくらいは森で暮らす女の子の嗜みだ。
そう得意げに話すとアーサーにはなんとも言えない顔をされてしまったが。
『武器、というが…。ハルベリーではどのような物を使っていたんだ?』
『木の棒に石を括り付けたハンマーとか、竹によく似た植物で作った簡易クロスボウとか、痺れる成分を持つ葉っぱを粉末にした痺れ薬を懐に忍ばせたりとかですね』
『武器というには少し心許ないのだな』
『現実には都合良く森の中に刃物など落ちていないのですよ』
『なるほど…』
こんなやり取りを経て、サラが御守り替わりに身に付ける武器は小型ナイフに決まった。
『ナイフを鞘から抜けば俺に伝わるようにしておいた。どこにいたとしてもすぐに駆けつけるから安心してほしい』
『えっ!それでは武器の形状にした意味がないような…?』
『本当は音声機能と映像機能も付けたかったが自重したんだ』
『盗聴に盗撮…!?そうですね、太ももに付けるならその機能は外して頂けると有難いです』
このやり取りからも分かるように、どうやらアーサーはサラにナイフを使わせる気など最初からなかったようだ。
だから先ほどヴァンに「人間なのか?」と詰め寄られて返答に窮した時、「辺境伯様なんとかして下さい〜」という軽い気持ちで鞘からナイフを抜いてしまったのだが、まさか人形魔道具がヴァンを殺そうとし、アーサーが文字通り空を飛んで駆けつけて来るとは想定していなかった。
「過保護な辺境伯様のことだからヴァン様がちょっと叱られるかもしれないなぁ」とは思っていたが、それがこれほどの惨事になろうとは。救出に来た勢いで屋敷の壁を馬車の扉で破壊するのは、ちょっとやり過ぎではないだろうか。
「ヴァン様、すみません。私が軽率に辺境伯様を呼んでしまったからこんなことに…」
「いえ、俺が変なことを聞いて困らせてしまったせいですから」
「サラ、ヴァンに何を言われた?」
「あ、えっと……。高魔力者の方の常識についてなぜ知らないのかということと、私が皆さんの顔を認識出来ることがおかしいので、……本当に人間なのか?と聞かれました」
「そうか…」
「俺の方こそ失礼なことを言いました。顔を認識されて驚いたからとはいえ人間かどうか尋ねるなんてどうかしていたのです。申し訳ありません」
アーサーはサラのもっと異常な体質、魔力がないことを知っているため、高魔力者の顔が認識出来ることについて「やはり悪魔と人間では物の見え方が違うのだな」とすぐに納得出来たが、何も知らないヴァンにしてみればこのようなあり得ない事態に直面すればサラの正体について疑問を抱いてしまうのも尤もなので叱るのは少し可哀想だ。
「ヴァン。サラが高魔力者の顔を認識出来ることについては俺も今知ったばかりで、まだ理由は分からない。しかし高魔力者の希望の光となるかもしれないこの事象に関しては調べていく必要があるだろう」
「…!、はい」
アーサーの言いたいことに気づいたヴァンはハッとして姿勢を正す。
なぜサラが高魔力者の顔を認識出来るのかという謎が判明すれば、他の低魔力の人間にも適応することが出来るかもしれない。そうなれば誰もが高魔力者の顔を認識出来るようになり「醜い」と差別されることはなくなるはずだ。
「芳しい結果を出せるかはまだ未知数だ。過度な期待はしないように」
「はっ」
アーサーはサラに魔力が一切ないことを鑑みて、高魔力者の顔を正しく認識するために必要なのは両者の間で魔力を完全に遮断することなのでは?という仮説を立てた。これらを実証するには様々なハードルがあるが試してみる価値はある。しかしサラが悪魔であるという、この一点のみが理由で高魔力者の顔を認識出来ていた場合はどうしようもないのでヴァンに期待し過ぎないよう念押しする。
「そしてこのことは重要機密とし他言を禁ずる。城に帰ればこのことを記した誓約書にサインしてもらう」
「分かりました」
「えっ、辺境伯様!?ヴァン様に私が父に掛けられていた『従属の誓約』を使うおつもりですか!?」
「は!?」
大人しく話を聞いていたサラは、自分の秘密を守るためにヴァンが従属の誓約をかけられてしまうのではと、慌ててアーサーに確認を取る。もしそうならば絶対に阻止しなければならない。あれは誓約内容を守っていたとしてもずっと胸が痛いのだ。自分の秘密を守るためにそんな痛い思いをヴァンにしてほしくはなかった。
そしてヴァンもサラが父親に従属の誓約を掛けられていたと聞いて驚愕の表情を浮かべる。従属の誓約とは長年相手を甚振った挙げ句最終的に殺してやろうと固く決意した人間の殺人ツールだ。
―――まさか父親にそのような非道な扱いを受けていたなんて…。
ヴァンの自己中心的な母親だって、疎ましく思っているからといって自分の子どもにそこまで人の道から外れた行いはさすがにしなかったというのに。
この時ヴァンはサラがこちら側の人間であると理解した。そしてサラが言っていた「親の愛情などなくとも人は生きていける」という言葉の意味も。
「俺が言う誓約書とは『従属の誓約』のことではない。相手が約束を違えればもう片方にそのことが伝わるというもので、城勤めの者や商会の取り引きなどで守秘義務の観点から交わされることが多い一般的なものだ」
「あ、そうなのですね。それならいいのですが…。でもそこまでして私の秘密を守ってもらう必要ってあります?」
確かに高魔力者の顔を認識出来るのは珍しいことなのかもしれないが、誓約書を用意してもらうというのは些か大袈裟ではないだろうかとサラは首を傾げる。
「サラは事の重大さが分かっていないんだ。サラの存在は世界中の高魔力者が喉から手が出るほど欲する稀有なもの。もしその存在を広く知られたらならば―――サラを巡って高魔力者達は豊富な魔力を惜しみなく解放して何を犠牲にしても争い続けるだろう」
「え」
「つまりサラを手に入れるための戦争が起きる」
「えぇ!!?」
「安心してほしい。俺は誰にも負けないし、サラを俺から奪おうとする者は骨も残さず消滅させる」
「全然安心出来ませんね!!?」
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