38 孤独の先に待つ幸福
アーサーと向かい合って話していたはずのヴァンが急に膝をついたことでサラはびっくりして声を上げる。
「ヴァン様!?大丈夫ですか!?」
「サラ、ヴァンを気に掛ける必要はない。さあ、何があったか報告しろ」
「ぐっ……、はぁ、はぁ、閣下…!!お、奥様は一体、何者なのですか!?」
「…どういう意味だ」
アーサーはサラに魔力がないという、誰にも知られてはいけない真実に勘付かれたのかと片眉をピクリと上げて鋭く詰問しながら、もしヴァンに知られたとしたら従属の誓約を掛けてでもサラの秘密を遵守すると冷徹な判断を瞬時に下す。
「奥様は……っ、はぁ、はぁ、!っ、俺の顔を、認識しています!!閣下の顔も、ご存知だと…!!」
「――― は?」
あまりに予想外なヴァンの言葉にアーサーの魔力は霧散し、押さえつけるような魔力から解放されたヴァンは体勢を崩して尻もちをついてしまった。
「…………………サラ……どういう、ことだ?」
サラと出会ってからのこれまでを振り返ってみても、サラがアーサーの顔を正しく認識出来ていると感じたことはない。いや、そういえば顔を見ても嘔吐したり嫌悪感を示さなかったことで「悪魔は人間とはものの見え方が違うのでは?」と仮説を立て、一度そのことをサラに確認したことがあったが、やはり普通の人間と変わらず高魔力者の顔は醜く見えているという結論に至った、はずだったが―――
「いえ、私もさっきヴァン様に教えてもらったばかりで、なにがなにやら…。むしろ辺境伯様やヴァン様が他の人には醜く見えてるってことが簡単には信じられないのですが……」
「あんた初めてグラハドールに来た時、俺達の顔を見て『目が潰れる』って言って気絶しただろうが!!」
サラのとぼけた発言にイラッとしたヴァンは、ずっと根に持っていたあのときの発言を責め立てるが肝心のサラの反応は予想外のものだった。
「えぇ?私、そんな恥ずかしいこと言いました??
だってただでさえ男性に免疫のない喪女が、いきなり趣の異なる多種多様な美形に囲まれたりしたらそれはもう視界の暴力ですよね?興奮して脳がシャットダウンしますよね!?」
「はぁ?」
「だから!あの時はあまりに格好いい男の人達に囲まれたショックで目が潰れそうになって気絶しちゃったんです!!」
「「!?」」
ヴァンはもちろん、誰にも自分の顔を認識してもらえず鏡に映る自分の姿すら信じられなくなっていたアーサーにとって、初めて言われた「格好いい」という言葉はサラが思っている以上に大きな衝撃を与えた。
「サラ………。本当に…俺の顔が分かる、のか……?」
「はい。……分かりますよ」
いつものようにアーサーの片腕に乗せられているサラは、少し下にある愛しい人の頬にそっと両手を添え、目を合わせると言葉を尽くしてありったけの想いを伝える。
「辺境伯様はとても整った精悍なお顔立ちをされてますよね。赤い瞳は美しい宝石のようでおもわず魅入ってしまう不思議な魅力があります。私と違って高い鼻筋は羨ましい限りですし、シミ一つないすべすべしたお肌はずっと触っていたくなります。
少しカサついた形の良い唇はお忙しい辺境伯様らしいなぁと思いますが、これからの季節保湿はした方がいいと思いますよ」
「……」
「今まで辺境伯様の孤独にまったく気が付かなくてごめんなさい。まさかこんな美醜逆転パターンがあるなんて思いもしなかったといいますか……いえ、なんでもありません」
この世界の真実をようやく知ったサラはモゴモゴと言い訳を口にする。悪役令嬢ものでも乙女ゲームでも無双系でもなければ、まさかのちょっと特殊な美醜逆転の世界だったとは。一人だったら確実に「そんなのわかるかぁ!」とツッコミを入れていただろう。
「もし、この世界で私しか辺境伯様の本当の顔を認識出来ないというのなら、命が尽きるその日まで私が側にいて貴方の存在を証明し続けます。だから……もう泣かないで……」
「サラ……」
サラはアーサーの頬を流れ落ちた一筋の涙を指で優しく拭い取る。
誰にも自分の顔を正しく認識してもらえない世界に生きるということがどれほどの孤独を齎すのか。
経験はおろか想像すらしたことのないサラには軽率に慰めの言葉を口にすることは出来ないけれど、二人のこれからの未来に違えることのない誓いを約束することは出来る。
「サラ…、サラ……!!」
アーサーはサラの細い腰を引き寄せきつく抱き締めた。サラもアーサーの頭を胸に抱き優しく撫でる。
「俺は、もう………何があってもサラを手放すことは出来ない。……それでも、いいだろうか………?」
「当たり前です!手を離されては私の方が困っちゃいます!逆に辺境伯様が私に愛想を尽かしたとしても絶対に引っ付いて離れてあげませんからね!!」
「…っ、ありがとう………」
高魔力者は母親にすら愛されないことが多かった。
漏れ出る魔力にどうあっても忌避感を抱いてしまうのは人間の本能のようなものであり、そのことで母親を責めるのは酷だと言える。
高魔力者が生まれる原因は突然変異であると考えられているため、本当に誰を責めることも出来ない話だった。
しかしアーサーの母親は子どもを愛せない自分を許せずに病んでしまっている。ヴァンの母親のように開き直って子どもにたかろうとする親もいるので、これは本人の資質が大きく影響しているのだろうが。
また、相手に与える影響は魔力量で左右されてしまうため、遠くからチラリと顔を見ただけでもその者の意識を刈り取ってしまう高魔力者はアーサーだけだった。ちなみに他の高魔力者は醜く見えているとはいえ、しっかりと目を合わせない限り相手を気絶させてしまうようなことはない。
こういった理由からアーサーは生まれた時からずっと孤独だった。
乳飲み子だったアーサーに母親から搾乳したミルクを与えたのは高額な金で雇われた領地に住む女達であり、しかしそれも日替わりで入れ替わるという回転率の早さだった。誰もが一人では何も出来ない赤ん坊のアーサーをその腕に抱くことを恐れた。
そしてこれもまた生き残るための本能なのか、高魔力者は肉体的にも精神的にも早熟な者が多く、アーサーも五歳になる頃には己が置かれた状況を理解し、自分のことはいいから病んでしまった母親の側にいてあげてほしいと父親に願い出たほどだ。
しかしアーサーが十歳の頃に「家督を譲りたい」と言われた時は、能力的には問題なくとも幼すぎる当主がグラハドールの護りを担うのはさすがに無理があるだろうと父親を必死に説得した。
それでも長い攻防の末、妻の側にいたいと父親に押し切られた結果、十四で辺境伯の地位を受け継ぐこととなってしまったが。
辺境伯を襲名してからはアルセリア王国にたまに生まれてくる高魔力者の子どもを引き取ってはグラハドールに連れ帰り面倒を見るようになった。高魔力で生まれた子どもは育児放棄される傾向にあると知っているからだ。
幸いなことにアーサーは国防を一手に担うグラハドールの跡取りとして、高魔力者であることは歓迎されたので手厚く育ててもらえた。純粋な武力を求められただけで愛されはしなかったが。
それでも何不自由なく成長出来たことに感謝し、少しでも同じ境遇にいる高魔力者に還元しようと、親に放置され死を待つだけの憐れな子どもや、金だけはあるが孤独に押しつぶされ荒んだ生活を送っている青年など、国中にいる高魔力者を探し出しては声を掛け「グラハドールに来ないか?」と誘った。
声を掛けた者達は皆アーサーに顔を認識してもらえたことに涙を流しながら喜び、グラハドールで生きることを選んだ。
誰もがアーサーの圧倒的魔力量に恐れをなし目を逸らしてきたが、一人でも多くの高魔力者が少しでも孤独から解放されるのならばそれで良かった。
自分の「孤独」はとっくの昔に諦めていたから。
アーサーはやがて自分が孤独であることすら忘れ、一心に目の前に立ちはだかる敵を倒しては国の平和に尽くしてきた。英雄の名は意図して手に入れたのではなく、これくらいしかやることがなかった結果の副産物とも言える。
しかし「アルセリアの守護者」「最後の砦」と呼ばれることに悪い気はしなかった。「世界で一番醜い化け物」以外にも、自分を認識してもらえることに意義を見いだしていたのかもしれない。
孤独を忘れて国や他の高魔力者達のために尽力するアーサーの前に、夜空に輝く一等星を思わせる強烈な光を放ちながら彗星のごとく現れたサラは、まさに唯一無二のアーサーが生きるための希望の光となった。
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