36 勘違いゆえにすれ違う
「………あんたのことを親だと思ったことは一度もない」
「はぁ?何言ってるのよ、私がどれだけ苦労してあんたを育てたか分かってるの?そもそも誰のおかげで今の仕事にありつけたと思ってるのよ!!私がその魔力量で産んでやったからでしょうが!!」
「…っ、」
サラは扉の隙間から黙って様子を窺っていたが、いつしか人集りになっていた人々は違うようで、ヴァンの母親の肩を持っては「金くらい払え!」「お母さんはこれまで精神的苦痛に耐えて来たんだぞ」「慰謝料だと思ってケチなこと言わずに親孝行しなさい!」などと野次を飛ばしている。
周囲を味方につけたと瞬時に察した女はフンッと鼻を鳴らすと大きな胸をはって得意げに喋り出す。
「あんたって本当に昔から何も変わってないのねぇ。反抗的な態度で私の気を引こうとしてるのかもしれないけれど、それが通用するのは幼児までよ?」
「……っ」
「フフッ、まぁいいわ。私は今機嫌が良いの。だからあんたの望む言葉を言ってあげる。
―――『私が産んだ可愛いヴァン。ずっとずっと愛しているわ』
ね? これで満足したでしょう?満足したならさっさと愛しいお母様のためにお金を用意してくれないかしら?」
「…っ!」
ヴァンは仮面をつけているため表情までは分からなかったが、俯きながら握り込んだ拳を震わせている。
周りの人々は「良いお母さんじゃないか」「高魔力の子どもを愛せる親なんて滅多にいないぞ」などと口々に囃し立てた。
「母親がこれだけ言葉を尽くしているというのに……。やはり化け物は見た目だけじゃなく心まで醜いんだな」
「っ!!」
多くの野次馬の中から誰が言った言葉なのかは分からないが、はっきりと聞こえたこの一言にヴァンは激昂する。
「っ、煩い!!!金が欲しいならくれてやるよ!!これを持ってさっさと消えろ!!」
ヴァンは騎士の制服の胸元に手を入れると重そうな小袋を取り出し女の足元に投げつけた。
ジャリンッ!と音がして地面に落ちた小袋から金貨が数枚転がり出る。女はすぐさましゃがみ込むと素早く金貨を拾って小袋の中身を確認し出した。
「こんな大金を持ち歩くなんて、やっぱり稼いでるのねぇ〜!!けれどこんなんじゃまだまだ足りないわ!
私の住んでる場所は変わってないから辺境に帰ったらまとまったお金を振り込んでよね!!ちょっと!!聞いてるの!?」
ヴァンは女に背中を向けるとぎゃあぎゃあと喚き立てる罵声を振り切るように馬車へと足早に戻る。
すると少し開いた扉の隙間からこちらを窺っていたであろうサラに気付く。
「あ…」
「…なに見てるんだ」
「えっ、あ、ごめんなさ…」
「どけ!」
ヴァンはサラを押し退け馬車に乗り込むとドサッと椅子に座り、魔力を乱暴に流して魔道具を起動させた。馬はブルブルッと首を振るとゆっくりと歩を進める。
馬車の前に飛び出した女は大金を手に入れたことで一先ず満足したのか、金貨の入った小袋にチュッと唇を当てると手を振って走り去る馬車を笑顔で見送った。
「……」
「……」
再び走り出した馬車の車内には、先ほどとは比べものにならないほどの重たく張り詰めた空気が流れている。気まずいだけだったさっきまでとは違い、何かのきっかけで弾けそうな怒りが充満した一触即発の空気だった。
「……あんたも俺がろくでなしの息子だと思ってるんだろう」
「え?」
「あの女は俺が金になると分かっていたから嫌悪しながらも乳を飲ませ死なせないようにしただけだ。
母親らしいことなんか何一つしてもらったことはないというのに、それでも産んでもらったことに感謝しろと!?」
「え、その」
「高魔力で生まれたのは俺のせいじゃない!!なぜ赤の他人の野次馬どもにまで責められなきゃならないんだ!!高魔力者を利用するくせに見下し、醜いから悪だと罵る、そんな腐った思想の奴らに心まで醜いと言われる筋合いはない!!」
「う、うん??」
「あんたもだ!」
「えぇ!?」
「あんただってあちら側の人間のくせに閣下に取り入って一体なにを企んでやがる!?閣下以外に先輩や同期を何人も誑かしているようだが、醜い人間達にちやほやされていい気になったところでしょせんグラハドールは化け物達の巣窟だ!あんな場所のお姫様になって満足か!?」
「えぇ!?ご自身の所属する組織に対して『化け物達の巣窟』って辛辣過ぎません!?」
これまで黙って、というか口を挟む余地がまったくなかったので結果的に黙って話を聞いていると、サラはいつの間にかアーサーや騎士達を手玉に取って何かを企む悪女として罵倒されていた。
それにしても自分の顔が抜群に良いからって、他人を醜い扱いするのは人としてどうかと思う。そもそもグラハドールの城にはイケメンしかいないのだから、ヴァンが何を醜いと定義づけしているのかよく分からない。
「あの〜…、色々と言いたいことはありますが一つ教えて下さい。ヴァン様は成人されてますか?」
「………………してる、けど」
突然の質問にヴァンは一瞬押し黙ったが、ちょっとの間をおいて律儀に答える。途中からこんなのは完全に八つ当たりだと気付いていたが、元から持つサラへの不快感から素直に謝ることが出来ずにいた。
「それならば親子の縁を切ってしまえばいいのでは?
こっちでは確か男性は十五歳で成人ですよね。ヴァン様が言われるがままにお金を渡して何の手も打たないから自称母親を名乗る女がいつまでもヒルの吸盤みたいに一度吸い付いたら離れなくなってるんだと思いますけど」
「なっ…」
「あんなこと言われて悔しくないのですか?心の籠もっていない『愛してる』にお金を払う価値はないでしょう。それとも本当にママの気を引きたくて反抗的な態度を取っただけだったんですか?」
「…っ、なんだと…!!」
「貴方のその甘い態度があの女性を付け上がらせているのです。義務を放棄して権利だけを主張する親なんて私なら願い下げだわ」
「…っ!」
「血の繋がりがそんなに大事ですか?自分の子どもを金づる呼ばわりする母親でも?私にはまったく理解出来ない感情ですが、どれだけ馬鹿にされてもお金を渡して母親との繋がりを残したのはヴァン様です。その決断を他人の私がとやかく言うつもりはありませんが、自分で決めたことなのですからこちらに当たらないでもらえますか?非常に鬱陶しいです」
「っ、お前に何が分かる!!」
八つ当たりを自覚して少しトーンダウンしていた感情がサラと話している内にどんどんと荒ぶって来る。
高魔力に生まれなければ絶対に理解出来ない葛藤や苦しみを、あちら側の人間であるサラに無神経に切り捨てられたことがヴァンにはどうしても我慢ならなかった。
「ヴァン様のことなんか何も知りませんよ。ですが親の愛情などなくとも人は生きていけるということはよーく知ってます」
「!」
「本当に母親からはミルクしか与えてもらっていないというのなら、ヴァン様にも血の繋がり以上に大切な人がきっといるのでは?」
「…………いる。閣下や、トムじいさんだ。俺は三歳の頃グラハドールに預けられたから…」
「辺境伯様にトムおじさまですか。なんて頼もしい布陣なの!?それなのにお母様に拘るのはお二人に何か不満でも?」
「不満なんかない!けれど…閣下達のそれは愛情じゃない。高魔力者同士の馴れ合い、ただの同情だ!高魔力者である俺達が自分から親を切り捨てたらもう誰にも愛してはもらえないというのに簡単に手放せるわけがないだろう!!」
「情は情でしょうが。他人から貰えるだけ文句言うな!
というかなんなの?さっきから高魔力者、高魔力者って。高魔力者が愛されないなんてどうして決めつけるのよ。私にはあなたが一番高魔力者を差別しているように見えるわ」
「……っ!」
ここで馬車はゆっくりと速度を落とし、やがて止まった。どうやらアーサーの屋敷に到着したようだ。
扉を開けてくれないと外に出られないサラは、俯いて黙り込んでしまったヴァンを見て、後先考えず思ったことをそのまま口にしてしまったことを軽く後悔する。
サラが「自分で外に出ようとしないことを怪しまれるだろうか」とハラハラしていると、やがてヴァンが据わった目をして話し出す。
「………そこまで言うのならお前は俺の顔を見ても平気なんだよな?」
「はぁ??」
「俺達の苦しみもつらさも何も知らないくせに勝手なことを言うな!!お前なんか泡吹いて気絶してぶっ倒れてろ!!」
ヴァンは故意に顔を晒してサラを混沌させたとしてアーサーに罪に問われたとしても構わないと思った。
サラが座るシートに膝を乗せ、壁とサラを挟むように手をついたヴァンは自らの仮面をバッと剥ぎ取る。いわゆる馬車内で壁ドン状態だ。
サラの水色の瞳とヴァンのダークブラウンの瞳が近距離でぶつかり合う。
「……」
「……」
「……??え、本当に何がしたいの?『俺の顔格好いいだろ!』とでも言いたいわけ?」
「……………は?」
「はいはい、確かにカッコ可愛いですよ!口元のホクロなんか色気すらあって羨ましいですね!
でもね、私の好みはワンコ系じゃないのよ!私は辺境伯様みたいにちょっとワイルドな雰囲気漂う野生的な顔立ちの男性が好みなの!!」
「…………………はぁ!?」
サラは胸を張って堂々と自分の好みのタイプを暴露するが重要なのはそこではなく、サラが自分やアーサーの顔を認識しているという事実にヴァンはしばらく固まったあと素っ頓狂な声をあげた。
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