35 歪な家族
「それにしてもほんっとうにベタ惚れだよねぇ。夫人の何が良くてアーサーをそこまで変えたの?やっぱり側に置くと情が湧くのかな?」
セインはサラの後ろ姿を見えなくなるまで見送るアーサーに、からかうような声で質問する。意外と上手くやっていそうな二人の新婚生活に興味津々のようだ。
アーサーはセインにちらりと視線を向けてから椅子に腰掛けると、少し躊躇ってから口を開く。
「―――分かりません」
「え?」
「ですからこの感情が何を指すのか未だによく分からないのです」
アーサーはサラに執着している自覚は十分あり、性格や生き様も含めて愛しいと感じているし、なによりサラの心を手に入れたいと渇望してはいるが、この気持ちを異性に抱く「愛」と表現していいのか答えを出せずにいた。
セインは飲みかけていた紅茶を噴きそうになって慌ててティーカップをテーブルへと戻す。
「いやいやいや!アーサー、君はもう二十八だよね?なのに自分の気持ちすら分からないの!?」
「色恋に年齢など関係ないでしょう」
「関係あるよ!…と言いたいところだけど育った環境にも影響されるかぁ。君の家はちょっと特殊だったし男女間に発生する感情の機微について疎いのも仕方がないこと…なのか?」
セインはブツブツと呟きながら首を傾げる。
アーサーの父親である前辺境伯はアーサーが十四歳になると家督を譲り、妻を連れて療養という名目で南の地方へと移住してからはもう何年もグラハドールに帰って来ていない。
アーサーの母親は高魔力者が体外に放つ魔力に忌避感を抱いてしまい、我が子を愛することが出来ない自分を責めて心を病んでしまった。そしてアーサーよりも妻を愛していた前辺境伯は、まだ成人すらしていない息子にすべてを押し付け、何よりも妻を優先する行動を取ったというわけだ。
「アーサーは本来ならば人間が一度は触れるはずの愛を知らない。だから夫人への想いに名前を付けられないと。なんだか拗らせてるねぇ〜」
「…面白がっているでしょう」
「まさか!これでも前辺境伯のやり方には腹が立っているんだよ。高魔力者に対する畏怖の感情というのは実の親でも乗り越えられないものなのか、とね」
セインは血の繋がった子どもならば、お腹を痛めて産んだ子どもならば、たとえ高魔力だったとしても親として愛せるのでは?と言いたいのだろう。
アーサーとて父親の仕打ちを理不尽に思った時期もあったが、サラのこれまでを知った後では自分の境遇は恵まれていたとすら思えるので、今では父親に対して思うことは何もない。むしろ早々にすべての権限を譲渡してもらえたことで色々な改革がしやくすなったので悪いことばかりではなかったとすら思える。
―――そういえば『悪魔』はどのようにして生まれるのだろうか。
ハルベリー子爵は人間であり、「人間×人間」の子どもは「人間」だ。
ではサラの母親が悪魔だったとでもいうのだろうか。
「人間×悪魔」の子どもが悪魔となる確率は単純に二分の一と考えていいのか、そもそも異種族間で子が成せるのかすら分からない。
『知の賢者』と呼ばれるセインならば悪魔について詳しいことを知っているかもしれないが、迂闊なことを尋ねてサラが悪魔だと疑念を抱かれては元も子もない。もしくは王家に残されている悪魔に関する資料を自然な形でなんとか目にすることは出来ないだろうかとアーサーは考えるが、セインが話出したことで一旦思考を中断する。
「まぁ、夫人への気持ちに名前を付けるのに急ぐ必要はないよ。こういうのは他人が教えることではないからね。アーサーなりのやり方で愛とは何なのかを知ればいい」
「そう、ですね」
「さて、早くサラ夫人の元へ帰るためにも商談の話を進めようか。一体どんな魔法を使えば魔物肉があれほど美味しくなるんだい?最初は私が魔物肉を口にすることに難色を示していた従者も、毒味として一口食べるなり目の色を変えて『美味しい!』と絶賛してね。その後毒味が続出したおかげで私が食べれたのはほんの一欠片だよ、まったく」
「殿下にお送りしたのは確か赤猪のしおこうじ漬け肉でしたね。魔物肉に抵抗がある者にも食べて貰いやすいのではと考え、領内でも試験的に販売してみたのですがやはり受けは良かったです」
これもサラのアドバイスによるものだった。いきなり見たことも聞いたこともない魔物肉を出されても躊躇してしまうが、赤猪ならば普通の猪と似通った部分が多いので最初のハードルが下がるのでは?と助言をくれた。アーサーにはないサラの柔軟な発想にはいつもとても助けられている。
「なるほどね。確かにワイバーンの肉を出されたらさすがの私もちょっと躊躇ったかもしれないな」
「魔物の肉を激的に変化させた『しおこうじ』の製造方法や開発のきっかけについては黙秘とさせて頂きます」
「まぁ、それはそうか」
これから大々的に売り出そうという商品の根幹に纏わる部分を他者に教える者はいないだろう。アーサーの言葉にセインは納得してあっさりと引き下がった。
「それで、この事業に殿下も加わりたいと?」
「いや、私個人というより王家で関わりたい」
「……」
思ったよりも話が大事になりそうだ。もちろん想定の範囲内ではあったが、アーサーは「話が長くなりそうだ」と溜め息をついてからティーカップに手を伸ばした。
***
再び王宮の侍女達に手早くドレスを脱がしてもらい、アーサーからのプレゼントであるドレスは王都にあるタウンハウスに送るよう手配してもらった後、サラとヴァンは屋敷へと帰るべく馬車に揺られていた。
馬車内の二人はずっと無言で気まずい沈黙が流れていたが、アーサーが帰って来たらどんなお菓子を買いに行こうかと考えていたサラは途中から気にすることを止めた。
しかし、実は沈黙よりも気になっていることはある。それはヴァンが仮面を着けていることだ。
ヴァンは王都に着いてから仮面をつけて顔全体を隠しているため表情はおろか制服に付いているネームプレートがなければヴァンだと認識することすら難しくなっているのだが、アーサーも初対面のセインですらヴァンの仮面に言及しなかったため、サラは「なぜ仮面を着けているのですか?」と質問していいものか迷っていた。
ヴァンは柔らかそうな茶髪にダークブラウンのややタレ目がちな瞳を持つ甘いマスクの男の子で、サラと歳はそこまで離れていないように見える。
美人の多いグラハドール城の中では可愛いと評される系統の顔立ちで、もう少し愛想が良ければ「アルセリア王国民の弟」とか呼ばれて騒がれていたかもしれないポテンシャルは十分にある。
それにしても仮面をつけてまで頑なに顔を隠す理由は、王都にヴァンのストーカーでもいるからなのだろうか。
悲しいことに「顔全体を覆う仮面をつけていても迸るイケメンオーラはまったく隠せていませんよ」と、無駄な努力であることを教えてあげるべきか否かサラが一人悩んでいると、馬がヒヒーンと鳴いたかと思えば馬車が急停止したため、前のめりになって体勢を崩してしまう。
「っ!?、大丈夫ですか!?」
「は、はい!一体どうしたのでしょうか…?」
「様子を見て来ます、ここにいて下さい」
短いやり取りの後、緊迫した声色のヴァンは扉にサッと魔力を流すと外へと出て行ってしまった。
馬車の扉の鍵まで魔力が必要なのかと目を剥いたサラは、慌てて足を挟んで扉が完全に閉まるのを阻止する。外で何かあって、ヴァンに「一人で馬車から降りて来て下さい!」と言われても魔力がないので出られないところだった。
ついでにサラは扉の隙間からこっそりと顔を出して外の様子を確認する。すると、一人の女性が馬車の前に飛び出して来たことで魔道具の安全装置が働き、馬車が急停止したようだとヴァンと女性の話し声で分かってきた。
「ヴァン!!やっぱり、あんたヴァンでしょう!?」
「っ!あんたは……!まさかわざと飛び出してきたのか!?貴族の馬車を止めることがどれほど危険な行為か分からないのか!!」
「ふんっ。お貴族様が乗っていないのは確認済みよ。城で働く彼氏の一人から『ヴァンって名前の仮面をつけた男が平民の女と城から出て行くところを見た』って連絡が来たからどうせ化け物屋敷に行くんだろうと思ってここで張ってたってわけ」
「正気か……?中に乗っている御方が怪我でもしていたらあんたの首は飛んでたんだぞ!?」
「はあ?質素なワンピース姿のみすぼらしい女って聞いたけど?どうせ化け物のために金で買った使い捨ての性奴隷でしょ?」
「っ!、今すぐその腐った口を閉じろ!!」
サラは細く開けた馬車の扉の隙間から観察しつつ「これは修羅場なのだろうか?」と考える。
どうやら知り合いらしい金髪豊満美女と仮面をつけたヴァンが道の往来で言い合っているせいで、「なんだなんだ」と周囲の店からもわらわらと人が出て来て遠巻きに二人の痴話喧嘩(?)を見物し始めていた。
「ねぇ、ヴァン。辺境の仕事は給料がいいんでしょう?いつになったら仕送りしてくれるの?
手紙を出しても返事一つ寄越しもしないから私がこんな危険な真似をするハメになったんだからね!お詫びも込めた金額を振り込みなさいよ」
「―――は?」
「『は?』じゃないのよ。子どもなら産んでもらった恩を金で返せって言ってるの!」
「っ!?」
サラは覗き見しながら「あれってヴァン様のお母様なの!?どう見てもお姉さんなんですけど!!」と目を丸くして驚いた。
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