34 王太子殿下と辺境伯
ドレスに着替えたサラはアーサーにエスコートされながら、こじんまりとしながらも軽く百種類はありそうな花々に囲まれた豪華絢爛な庭園にやって来た。
ちなみにヴァンは控え室でお留守番をしている。
王宮の喧騒から離れた位置にある見事な庭園には色とりどりのお菓子が並べられたテーブルがセッティングされており、そしてそこには王様が座るような椅子に腰掛け一人優雅にティーカップを傾けているセインがいた。
護衛や侍女が一人も見当たらず「不用心では?」と心配になったが、どうやらここは王族専用のプライベートエリアのようだった。
アーサー達がやって来ることに気付いたセインはカップを置くと、ミュージカルスターのような大袈裟な動きで両手を広げると立ち上がる。
「やあやあ!久しぶりだね二人とも。遠い所をよく来てくれた!」
「サラ・グラハドールでございます。この度は殿下主催の茶会にお招き頂き光栄にございます」
サラは慌てて挨拶を述べると、すでにうろ覚えとなってしまったカーテシーを披露する。何度かあの人に教えてもらったはいいが、如何せん森の中では披露する場が一度もなく、記憶の彼方から呼び起こす必要があった。
「やあ!サラ嬢…、いや、サラ夫人!見違えたね!
以前より少しふっくらとして健康的な見た目になったんじゃない?アーサーのことだから部屋に監禁してさらに病ませているのではと心配していたけれど、意外と元気そうで良かったよ!」
「はぁ…?ありがとうございます?」
「殿下、余計なことは言わないで下さい」
「ははは!アーサーはまだ本性を隠しているのかい?それで三ヶ月も持つというのは凄いじゃないか!」
セインはアーサーがサラを連れ帰った時の様子から絶対に彼女を監禁して閉じ込めるだろうと予想し、今回王太子命令を出してでもサラを外に連れ出してあげようと画策したのだが、意外にもある程度の自由は与えていたようで良い意味で予想を裏切られた。
本当はサラを閉じ込めて誰にも見せたくないであろうに、その猟奇的な衝動をちゃんと隠し通せているようだと感心する。
一方のサラは、セインとアーサーの間でよく分からない会話が交わされているなと思いつつも「必殺・曖昧な微笑み」でやり過ごす。アーサーからは「最初の挨拶が済めばあとは喋らなくていい」と言われているので、雲の上の存在である王太子との面会だとしても気は楽だった。
「とりあえず座りなよ。サラ夫人との仲がどこまで進展したのか聞きたいし、魔物肉があれほど美味しくなった秘密も知りたい」
セインから着席の許しが出ると、アーサーは椅子を引いてサラを先に座らせる。
「エスコートのエの字も知らなかったアーサーが成長している」と、セインは内心で拍手を送るがその表情は完全にニヤニヤしており喧嘩を売っているようにしか見えない。
「……なんです?」
「いや〜、結婚なんかしないと豪語していたアーサーがここまで変わるなんてと思ってね」
「辺境の地を長く空けるわけには参りませんので無駄な話をする気はありません。要件は手短にお願いします」
「アーサーは本当につれないなぁー。はいはい、商談の話をすればいいんでしょう?」
サラは「不敬で叱られないかな?」とハラハラしながら会話を聞いていたが、どうやら二人は身分を超えた親しい間柄のようで、一見冷たく聞こえるアーサーの言葉にも、セインはこれが通常運転とばかりにまったく意に介していない。
「せめて美味しいお菓子を食べている間は仕事の話はやめようよ〜。これらは全部夫人のために用意したんだし。ねぇ?夫人だってつまらない話を聞きながらティータイムなんて嫌だよね?」
「殿下、サラに気安く話し掛けないで下さい」
「え…。ちょっとひどくない?」
こんなやり取りが行なわれている中、サラはアーサーが取り分けてくれたケーキやタルトやムースに舌鼓を打つ。
グラハドールの城でも甘い物は食べさせてもらっているのだが素朴な味わいのスコーンやビスケットなどが出てくることが多く、このように洗練された洋菓子を食べるのは本当に久しぶりのことだったので、ついつい感動から目がキラキラと輝いてしまう。
もちろんグラハドールのちょっとモソモソしたお菓子だって、噛めば噛むほど味わいが出て来て大好きだ。
「ははは、夫人のお気に召したようだね。王都で人気があるパティスリーのフルーツタルトを取り寄せたのだが、そんなに喜んでもらえるなら土産用にもう少し用意するべきだったかな」
「お気遣いなく。俺がサラに買って帰りますから」
「本当に夫人と会話させる気ないよね?」
「まったく…」とセインは頬杖をつきながらサラに新たな焼菓子を差し出すアーサーを見て、フッと柔らかな笑みを浮かべる。
「……アーサー、君は今幸せ?」
「はい。世界中の誰よりも」
「そう。―――それならよかった」
セインは珍しく皮肉の混じらない言葉で本音を零す。
アーサーはセインにとって命の恩人であり、憧れの英雄であり、歳上だが手のかかる弟のような存在であり、心から幸せになってほしいと願った人だった。
アーサーは「サラの様子を見るため」と言っていたが本当はそうではなくて、アーサーがサラと結婚したことで幸せかどうか確認したかっただけなのではと、赴きの異なるイケメン二人のやり取りを盗み見ながらサラは考える。男同士の熱き友情ほど尊いものはない。
サラはうわの空で「実は殿下は辺境伯様のことが好きなのでは…!?」と腐った妄想を膨らませかけていたところ、急にセインが顔をこちらに向けたことで気まずさのあまり露骨に驚く。
「サラ夫人」
「っ!はぃっ!?」
「本当は君ともちゃんと話してみたかったけれどアーサーのガードが鬱陶しいからまた今度ね!
私はサラ夫人にも幸せになってほしいと思っている。いつかアーサーを受け入れてくれると嬉しいよ」
「……?はい」
サラは「彼の子どもを産んでもいいと思っているくらい受け入れてますけど??」と内心では思いつつも、口に出して言うのはさすがに憚られるのでとりあえず言葉を濁して返しておいた。
「さて。今からつまらない仕事の話をするからその間夫人は王都観光でもして来てはどうかな?必要なら護衛もつけてあげるよ」
「いえ、うちから護衛を一人連れて来ているので結構です。―――サラ、今通信魔道具でヴァンを呼んだ。少し時間が掛かるかもしれないから先に屋敷に戻っていてくれるか?」
「分かりました!私は大丈夫ですよ、ヴァン様もいて下さいますし」
今日中にアーサーが屋敷に戻って来てくれるのであれば魔力なしとバレる事態にはそうそう陥らないだろうと笑顔で了承するが、顔を見てはいけないと言われているので俯いているからか、アーサーからはどことなく不安そうな雰囲気が漂っている。
「―――失礼致します」
そうこうしている間に庭園の入り口に一礼するヴァンの姿が見えた。
「アーサーがグラハドールから供を連れて来るなんて珍しいね。君、こっちにおいで」
「はっ。―――セイン殿下にご挨拶申し上げます。ヴァン・スカルロットと申します。『アルセリアの知の賢者』たる殿下にお会い出来て光栄です」
「ヴァンだね〜よろしく。いやぁ、初々しいねぇ。そう固くならずともいいよ」
セインは抑揚に頷くとヴァンにも気軽に声を掛ける。セインは高魔力者を差別することなく接することで知られており、アーサーの嫁を貴族女性から探そうとしたことで一般からの受けはあまり良くないが、高魔力者からは絶大な支持を得ている。
また、世界の歴史に造詣が深くその豊富な知識を讃えて『アルセリアの知の賢者』と呼ばれ、他国の学者達にも一目を置かれた存在だった。サラの『暴食の女神』とは大違いだ。
「ヴァン、サラを連れて先に屋敷へと戻っていてくれ。馬車につけた魔道具の扱い方は分かるな?」
「はい、お任せ下さい」
サラはアーサーに手を取られ椅子から立ちあがる。
「すぐに帰るから屋敷で待っていてほしい。グラハドールに戻る前にどこかで甘い物でも買って帰ろう。何かあればアレで知らせてくれ」
「っ!はいっ。
セイン王太子殿下。本日はありがとうございました。御前を失礼致します」
再び精度の怪しいカーテシーを披露してからサラはヴァンに連れられ庭園をあとにした。
アーサーは名残惜しそうにヴァンと共に立ち去るサラを、その姿が見えなくなるまでずっと見送っていた。
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