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3 監禁するしかない


「えぇ!?アーサー、ついにその気になってくれたの!?なんてめでたいんだ!!」 


 二人の目が合ったことなど知らないセインが、アーサーの気が変わらない内に!とばかりに大きな声を出したことで会場中の注目が一気に集まる。


 王族専用の休憩スペースのテーブルには王太子と化け物辺境伯と見たことのない女が五人。うち四人が泡を吹いて倒れているとなれば、どうしても面白おかしく好奇な目で見られてしまう。


 何事かと遠巻きに様子を窺う野次馬達に向かってセインは声高々に報告する。


「皆のもの、よく聞け!!此度アーサー・グラハドール辺境伯とサラ・ハルベリー子爵令嬢の婚姻が相成った!!

 これほどの慶事は久しぶりではないか!?いやぁ本当にめでたい!二人の門出を祝し盛大な拍手を!!」



 王太子に拍手を強要された会場にいる者達は愛想笑いを浮かべながら必死に手を打ち鳴らすが、その胸中はいかようなものか。


 王太子が化け物辺境伯の嫁探しに力を入れていることを知っている若い貴族女性達は、サラという生贄が差し出されたことで心底安堵し満面の笑みで拍手を贈っているし、これ以上アーサーに権力を与えたくない貴族家の人間達は二人の婚姻を苦々しく思いながらやる気なく手をパチパチと打ち鳴らす。気の早い魔術研究所のオタク共はアーサーの子にもその桁外れな魔力は受け継がれるのか?という話題で大いに盛り上がっていた。


 そんな周囲の様々な思惑をよそに、サラは青を通り越した白い顔でただただ固まることしか出来ず、そんなサラを見て可哀想だとは思ったが、もう辺境の地へ彼女を連れ帰ることしか考えられないのだから諦めてもらうしかない。


 そこへ―――でっぷりと太った中年の男が転がるようにセインの眼前へと躍り出てきた。


「ん?お前は?」


「はっ!お初にお目にかかります、わたくしはケリー・ハルベリーと申します…っ!そこの、あ、…………サラの、父親です…っ!」 


「おお、そなたがハルベリー子爵か。なんだ?娘の結婚のお祝いでも伝えに来たのか?」


 ハルベリーと聞いたアーサーの周囲の温度が一気に下がり、吐く息が白く染まる。

 サラは急激な温度変化に驚き、腕をさすりながらキョロキョロとしている。その仕草はとても愛らしかったが今は見惚れている場合ではない。


「―――ハルベリー子爵」


 アーサーが一歩足を踏み出したことで床に薄く張った氷の層がパキリと割れる。


「ひ、ひぃぃぁぁ………」


 アーサーは名を呼んだけだというのに、子爵は頭を抱え地面に蹲ってしまった。なんとも情けない男だがアーサーにとっては好都合。


「セイン王太子殿下のお導きで貴殿の娘と婚姻を結ぶ運びとなった。―――もちろん異論はないな?」


「ぅ……ぁ………」


 アーサーの威圧が込められた言葉に、息も絶え絶えとなった子爵を見かねたセインが呆れたように助け舟を出す。


「アーサー、その暴力的なまでの魔力をいったん引っ込めてくれる?これでは落ち着いて話も出来ないよ。

 子爵のサインが必要な書類もあるんだから意識を残しておかないと後々面倒なんだからね」


「……そういうことなら」


 このデブがサラを虐げていたのかと思えばこのまま威圧で圧迫死させてやろうかとも考えたが、サインが必要ならば仕方がない。 

 アーサーは渋々魔力を乗せた威圧を解除した。


「っ、はぁ!はぁ!はぁ………!!」


 急に押しつぶされそうな圧迫感から解放された子爵は新鮮な空気を肺に取り込もうと、何度も何度も浅い呼吸を繰り返す。ただ、セインは子爵の体調が戻るまで待つつもりはないようで、にっこり笑顔で追い打ちを掛けていく。


「で?お祝いの言葉は?」


「はぁ、はぁ、お、恐れながら、申し上げます…!!

 この女はっ、いえ、サラ、は領地に閉じ…領地で静養していたはずです!!なぜ王都で、しかも夜会に参加しているのか……まずそこからご説明頂きたいのですが…!」


「それなら簡単だよ。サラ嬢の戸籍は存在するのに王都で一度もその姿が確認されたことはない。かと言って領地の治癒院への通院歴がなかったことから療養中というわけでもない。とくれば、何か複雑な事情でもあるのかな〜って考えちゃうでしょ?丁度そういう子を探してたから影に命令して領地から連れ出したってわけ。

 なんかびっくりした顔してるけど…あは、バレないとでも思った?」


「……っ!!」 


 他の者には聞こえぬようセインは蹲る子爵の元まで赴き、前かがみになり耳元で囁く。


「自分の娘をわざわざ森の中に作った離れに監禁、なんて悪趣味なことよく出来るね?社会的にも物理的にも死にたくなければおとなしくサインしよっか?

 ほら、英雄のお嫁さんの実家が監禁趣味のあるヤバい一族だなんてバレると体裁が悪いからさ」


「ひっ………」


 セインに何事かを囁かれた子爵はその後めっきりと大人しくなり、警備にあたっていた騎士により別室へと連れて行かれた。


 いくらセインが声を潜めようともサラの身体はどう見ても細く、栄養が足りていないのは明らか。虐待されていたことは疑いようのない事実であり、セインがそのことを直接ハルベリー子爵に指摘したことで彼の社会的地位はすでに終わった。

 王太子に悪い意味で目を付けられた人間に誰が近寄るものか。


「子爵を呼ぶ手間が省けて助かったよ。

 サラ嬢、今頃君の父親は婚姻を承諾する書類にサインをしている頃だ。そしてその書類にアーサーがサインをすれば、君は晴れてグラハドール辺境伯の妻となる」


「わ、わたしっ……」


「アーサー、サラ嬢は王都に留まったところでどうせ居場所はない。このまま辺境まで連れ帰るといいよ」


「御意」  


「…っ、」


 サラが自身の置かれている状況の目まぐるしい変化に困惑していることは重々承知していたが、アーサー達はおかまいなしに話を進める。



 ―――一刻も早く辺境に連れ帰り、絶対に逃げられぬよう閉じ込めなければ。



 自分でも出会ったばかりの、しかも十二も離れた少女に、このような歪んだ感情を抱くなどおかしいということは分かっている。アーサーが抱く「閉じ込めたい」と願う心は、サラにしてみれば父親の虐待と何ら変わりはないだろう。



 ―――それでも。



 それでも、彼女とほんの一瞬目が合った時の、不快も嫌悪も浮かばない透き通った水色の瞳が忘れられない。


 同じ監禁でも子爵家とは比べものにならないほどの環境を用意するし、自分と結婚し辺境まで来てくれるのならばそれ以上は望まない。閨事どころか口づけすらしなくていい。


 こうして、アーサーがいくら心の中でサラを慮ったとしても、サラにしてみればアーサーは自分を恐ろしい辺境へと連れ去る化け物としか見れないだろう。それはよく分かっている。

 だが、これはセインも言っていたように契約なのだ。サラがどれだけ嫌がろうとも、泣き叫ぼうとも、必ず辺境の地へと連れ帰ると決めている。


 ついに心まで化け物に成り下がったかと仄暗い気持ちで口元に笑みを浮かべるアーサーに、セインからご機嫌な声がかかった。


「―――書類が整ったようだよ。アーサーがサインすればサラ嬢は晴れて君の奥さんだ」


「…感謝申し上げます」


「ははは!アーサーにお礼を言われる日が来るとはね!礼はいいから早く子どもの顔を見せておくれ」


「お約束致しかねます」


「まったく、アーサーは本当に奥手だなぁ!」


 まぁ、女性を選んだだけでも大きな前進だ!と陽気に笑うセインに一礼すると、アーサーはサラの腕を取り夜会会場を後にすべく歩き出した。

 腕に触れた時サラは身体を一瞬硬直させたが、振り払われることはなく安堵する。


 女性と関わる機会のなかったアーサーは、腕を引かれたサラが半分駆け足でアーサーの歩幅に必死になって着いて行こうとしてることに気付いていない。

 そんな二人の後ろ姿を見送るセインの目は困った子どもを見つめる母親のようだ。


「本当に…アーサーは駄目だなぁ。女の子をエスコートもせずに走らせるって…ぷぷっ、面白い!


 ね、そういえばサラ嬢って何でこのメンバーに選ばれたの?」


 セインは契約を結んでくれそうな憐れな女を出来るだけ集めろと命じただけで、その内情までは把握していなかった。側に控える護衛騎士がサッと現れサッと消えた影から手渡された書類をパラパラとめくり、サラの項目を探す。


「サラ・ハルベリーは影が期限ギリギリで見つけてきた五人目だったようで、詳しい報告はまだ上がってきておりません。実母が幼い頃に亡くなっており、すぐにやってきた義母と子爵の間には跡継ぎがもうけられています。急ぎで追加の調査をさせますか?」


「ふーん、よくある後妻による義娘いじめってところかな。あの調子ならアーサーはすぐに辺境へ帰ると思うし、サラ嬢の追加の調査はいらないって言っておいてー」


「御意」


 セインが会場に目をやると、アーサー達の姿はすでになかった。アーサーが通る道は自然と割れるので歩きやすそうだなと、ナチュラルに失礼なことを考える。


「アーサー、頑張ってね」


 そう呟くセインの声には面白がる響きが混じっていたが、その瞳はどこまでも真剣だった。

 

 

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