29 “魔”の支配者
サラは今アーサーに縦抱っこされながらジャックの足の手術に使う鎮静効果のある植物と、ついでに塩麹作りに必要なモーモを採集するためラナテスの森の中を探索している。
昨日は十五分と言いながら十分もしない内にアーサーが帰ってきたことで「本当にジャック様と話せたのかな?」と疑問に思ったが、なんと手術の概念がないこの世界で足を切って棘を取り出すことをあっさり了承してもらったらしい。
「ジャック様ってすごいですねぇ。私が言うのもあれですが、よく了承してくださったなっていうか…。よほど辺境伯様のことを信頼なさっているのですね!」
「っ…、ああ…」
アーサーの返事が歯切れ悪かった気もしたが、おそらく照れ隠しなのだろう。
とにかく手術に同意してもらえたのだから善は急げとばかりに、翌日の昼には再びラナテスの森に入り手術に必要な植物を探すことになった。
「―――それにしても、本当に魔物が寄って来ないな」
「ですね??」
「サラが操っていたりは…」
「ぅえっ!?わ、私は何もしてませんからね!?」
「…」
「えっ、なんか疑われてます!?」
アーサーからの物言いたげな視線がサラのほっぺにグサグサと突き刺さる。
前からちょいちょい気になっていたのだが、どうやらアーサーにはサラが悪魔であると当然のように思われているようだった。
「もうっ、そこまでおっしゃるのなら今ここで『サラ悪魔説』を払拭してご覧にいれましょう!」
「サラ?」
「すぅ〜〜〜…、おーーーい!!魔物達よ!モーモの実を集めてここに持ってきてぇーーー!!!」
サラは思いっ切り息を吸うと森に響き渡る声量で魔物達に命令を下した。話の通じない魔物にこんなことを言ったところで何かが起こるわけはないので、サラはこれで自分が魔物を操れないと証明出来ると考えたのだ。
しかしアーサーは一瞬驚いた顔をしたのち、すぐにサラを抱え直すと剣を抜いて辺りを警戒し出す。どちらかと言うと魔法より剣を振るう方が性に合っているため、こういう時咄嗟に構えるのは剣だっだ。
「ふふっ。大丈夫ですよ、私には魔物を操る力なんてないのですから。これで私が悪魔ではないと分かって―――」
「っ、サラ!!」
アーサーはサラの周りに強固な結界を張り巡らせると同時に、剣に氷を纏わせ魔物の襲撃に備えた。
森が―――サラの言葉に反応して異常なほどにざわめき立っている。
「え?、え??」
サラも遅ればせながら揺れる木々や震える大地、遠くに聞こえる魔物達の遠吠えや咆哮に気づき、不安になってアーサーの首元にギュッとしがみつく。
そして―――サラの掛け声からしばらくして目の前の低い草木がガサガサと揺れた。
「っ!!」
まず草を割ってヒョコッと顔を出したのは額にドリルのような角を持つ一角ウサギ。
アーサーの迸る魔力に怯みつつも、口に咥えたモーモの実を恐る恐るサラの足元にコロンと落としてはサッと草むらの中へと消えていく。
「え」
最初に現れた一頭から間を置かずして一角ウサギ達がわらわらと湧き出てはコロンコロンコロン!!とモーモを落としていくものだからサラの足元にはあっという間にモーモの小山が出来た。
「………」
そして次にやってきたのは本来十頭前後の群れで行動するグレーウルフ。ドドドと足音を響かせ現れたソレらは十頭どころではなく確実に五十頭はいる。
グレーウルフは身体が大きいのでモーモを余裕で三個は咥えており、それをサラの足元にどんどんと積み上げていくものだから一角ウサギが作り出したモーモの小山は雪崩を起こした。
「え…………もう、いらな―――ひっ!?」
次にやって来たのはレッドボア。猪の魔物なので猪突猛進、森のあちこちからレッドボアが一直線にこちらへ駆けて来るドガガガガッ!!!という足音が聞こえ、恐怖のあまり乾いた悲鳴が漏れる。
草木を踏み荒らし現れたレッドボア達は、決してサラを傷付けることのないよう目前でキキーーッと急停止するとその勢いのまま口からモーモを振り落としていく。
モーモの山はとっくに崩壊しており、今はアーサーのふくらはぎ付近まで埋まるモーモの海が誕生していた。
アーサーは途中から魔物達に敵意はないと判断して剣を鞘へと収めている。サラに張った結界だけは念の為残しているが。
これまで魔物は死ぬと分かっていても絶対的強者に立ち向かう残念な頭脳しか持ち得ていないと思われていたが、揺るぎない支配者に従う忠誠心を有していることは新たな発見となった。
「……サラ、もう止めてくれ」
「えっ!?、あ、はい!!えーと、モーモはもういりません!!ストップぅ!!ストップでぇ!!!」
サラが大声で叫ぶと森のざわめきが一瞬で止んだ。
先ほどとは打って変わって耳が痛くなりそうなほどの静寂が訪れ、「今見た光景は夢だったのでは?」と本気で思いかけるも、アーサーの足元を埋め尽くす大量のモーモが現実逃避を許さない。
「……サラはおそらく無意識の内に魔術を扱っているのではないだろうか?悪魔でなければ魔物を操ることは出来ない」
「えぇっ!?無意識というか…!これは何かの間違いです!!私、本当にやってないんです!!!」
サラは慌てて否定するが魔物達によって運ばれた大量のモーモが転がっていれば説得力は皆無だ。しかしどれだけ嘘くさくても本当に魔術なんか使えないので、浮気を疑われた旦那が妻に縋り付いて許しを請う時に吐くようなセリフを口にすることしか出来ない。
「―――俺はサラが悪魔でもかまわないのだから隠さなくてもいい」
「うっ…」
悪魔と知りつつも隠匿し側に置くのは命懸けの行為であり、つまり先ほどの言葉は盛大な愛の告白と捉えてもおかしくないわけで、サラはついつい嬉しさのあまりやってもいない罪(?)を認めてしまいそうになる。
「とにかく、これからは魔物に対し迂闊に指示を出してはいけない。魔物を操った時点で悪魔だと認定されてしまうぞ」
「は、はい…。分かりました」
悪魔説払拭どころか自分でも知らなかった事実が判明したせいで、アーサーの中で「サラ=悪魔」の方程式は定着してしまった。腑に落ちないながらもサラは今後魔物に命令しないことを了承する。
アーサーは収納拡大魔道鞄に魔物達が集めたすべてのモーモを仕舞うとサラを抱え直し、鎮痛効果のある植物を探すべく歩き出した。
***
あれから何事もなく鎮痛効果のある植物の採集も済ませたアーサーとサラは、夕方になって城へと帰って来た。
「閣下、サラ様!おかえりなさいませ。お目当ての植物は手に入りましたか〜?」
西門には笑顔のジャックが待ち構えており、アーサーから歩きながら手渡された収納拡大魔道鞄を受け取るとあまりの重さに一瞬よろける。
「っ!?おっも!!ちょ、これ重すぎません!?」
「ああ。モーモの実が大量に入っているからな」
「あ、しおこうじ増産するんですね!炎虎の肉めちゃくちゃ美味かったもんな〜!サラ様、しおこうじ作りはまた俺に手伝わせて下さいね?」
「え。手伝って頂るのは有難いのですが、足が治れば任務でお忙しくなるのでは?」
サラは以前アーサーに解体場にいるのは引退した者や怪我などで騎士本来の仕事に就けない者達だと教えてもらったことがある。
そのため、ジャックも足が治れば騎士としての職務に就くことになるだろうと思っていたのだが。
「あ……、そっか。俺の足、治るのか…。なんか一年以上こんな感じだったのでこれが動くようになるとか……想像つかないっすね」
「物事に絶対はないので断言は出来ませんが、ジャック様の足に残った棘は私が責任を持って取り除きますから安心して下さい!」
「「え?」」
サラの言葉にアーサーとジャックの声がきれいにハモる。
「まさかサラがジャックの足の手術をするつもりだったのか?」
「え?もちろん、そうですよ。だって辺境伯様は棘の正確な場所は分からないですよね?」
「それは、そうだが…」
アーサーは立ち止まってサラとコソコソ話していたが、近くにいるジャックの耳にもその内容ははっきりと聞こえている。
「なるほど…。サラ様には俺の足に残ってる棘の位置が分かるんですね。低魔力者でも使おうと思えばしょぼい魔法なら使えますけど、サラ様のそれは一体何の魔法なんですかね〜?」
「さあな。ジャック、詮索はしないという約束だったはずだぞ」
「はいはい、分かってますって。でもサラ様に血を見せるわけにはいきませんから棘のある位置にあらかじめ印を付けてもらって閣下に棘を取り除いてもらうというのはいかがでしょうか?」
「そうだな」
「えー?血を見るくらい全っ然平気ですよ??」
サラのまったく貴族女性らしくない発言は聞かなかったことにされ、翌日ジャックの足の手術を行うことが決められた。
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